96話
午前5時前
訓練を終えた凛の元に美羽達が集まり、談笑しながらダイニングへと戻る。
「紅葉様!私を置いてどこかへ行っちゃうなんて酷いよ!!」
すると、そこで待ち構えていたクロエに思いっきり叫ばれ、全員がビックリする。
クロエは目に涙を溜め、今にも決壊して泣き出しそうな状態。
また、近くには玄と遥、ノアの姿もあり、3人共やや眠たそうにしている。
恐らく、巻き込まれる形でクロエに無理矢理叩き起こされたのだろう。
クロエに事情を聞いたところ、どうやら紅葉が屋敷にいない事を感じ取ったらしい。
彼女は体の一部に紅葉の血が入った影響により、紅葉の居場所が分かるとの特徴を持つ。
なので、クロエ紅葉に傾倒気味…と言うか、依存する傾向が見られる様に。
或いは、進化したら自分の元へ真っ直ぐ来てくれる。
そう信じて疑わなかった部分も彼女の中にあったのかも知れない。
凛達はふくれっ面のクロエの機嫌取りに追われる羽目になり、いつもみたく料理を始めるどころではなくなってしまう。
午前7時過ぎ
「〜♪」
訓練部屋にて、すっかり上機嫌となったクロエの姿がそこにあった。
彼女は訓練用の的と向かい合い、左右の手には輪っか状の武器…チャクラムが握られている。
クロエはひたすらチャクラムを投げては(搭載された自動帰還機能を使い)手元に戻し、その度にきゃっきゃとはしゃいでいる様だった。
それに凛と紅葉は安堵し、互いに見合って苦笑いを浮かべる。
クロエは炎を除く全属性に適性がある事から、既に退魔の杖と言う武器を渡してある。
退魔の杖は名前の通り杖だが、持ち手部分に細工が施されており、仕込み刀としても使用可能。
魔法がメインの彼女は、暁達と同じく刀が扱えるとして喜んだ。
しかし、小太刀と短槍を敵に投げる戦い方のスタイルを持つ旭と小夜を見て、羨ましくなったのか。
自分も魔法以外で飛び道具が欲しい、これまでに何度かそう口にしていた。
また、クロエは先程紅葉達から置いてけぼりを食らい(と本人は思っている)、不満を爆発。
彼女の機嫌は朝食を終えても直らず、凛は(クロエが最終進化を終えてから用意するつもりだった)投擲武器をこれから作ろうかと提案。
これにクロエが食い付き、喜びを全身で表現してみせた。
訓練部屋へ移動後、凛は射撃武器である弓やスリングショット。
それと針、ナイフ、手裏剣、苦無、投げ斧、投げ槍、ブーメラン、チャクラムと言った投擲武器を地面に並べた。
それらを見た美羽達が『おー』と関心を寄せ、クロエは目を輝かせながら手裏剣と苦無を手に取る。
そこから手当り次第に練習を始めるも、弓とスリングショットに関しては全くダメで、クロエは射撃に適性がない事が分かった。
しかし投擲ならそこまで問題なく行え、(初めての為に的から近い場所とは言え)30分もすればそれなりに当てる様になる。
中でもチャクラムが気に入ったらしく、クロエはこれが良いと報告。
凛から後できちんとしたものを作るとの答えに、益々綻んでみせる。
「あらあら♪クロエちゃん、すっかり機嫌が良くなったみたいねぇ。」
「「良かった…。」」
その様子を、翠、金花、銀花が微笑ましく見ていた。
翠は名付けの影響でドライアドから黒鉄級のハマドライアド。
金花と銀花はベラドンナから魔銀級のアルラウネとなり、翠は元となる木の方も大きく成長。
屋敷から少し離して植え替えたはずが、ギリギリぶつからない程度に太く。
高さも70メートル位にまで伸びた。
また翠は現在、本体の周辺一帯を覆う防護壁…『結界術』を展開中だ。
凛から名付けを受ける直前から始めているのだが、これにより凛の領地は現在、(空を飛ぶ個体含め)近隣に潜む魔物程度なら全ての侵入を拒めるまでになっている。
正午前
凛はトルテから連絡を受け、美羽と共に屋敷へと戻る。
そしてリビングへ入ると同時にトルテから出迎えられ、(彼女とは別に)キッチン側のテーブルに大勢のハーピーがいるのが見て取れた。
トルテによると、ハーピー達はここから2000キロ程東に行った所の集落で暮らしていたのだそう。
その情報元と言うか、発見者は死滅の森にいたエクスマキナのロー。
そこからナビ→トルテの順で情報が伝わったらしい。
因みに、ロー以外のエクスマキナとして、オミクロン、パイ、シグマ、タウ、ウプシロン、ファイ、カイ、プサイ、オメガ。
そこにローを含めた10機が新たに創られた。
彼女達は身の丈と同じ大きさの武器を2本、或いは倍位はある大柄の武器を所持。
短時間で戦闘を終わらせる事をコンセプトに、等間隔で死滅の森の外縁部を巡回。
種類の異なるアニマゴーレムを2体ずつ補助に付け、移動しつつ魔物達の間引き等を行って貰っている。
連絡を受けたトルテは早速ハーピー達の元へ向かい、自分達の仲間にならないかと説得。
交渉は決裂し、トルテはハーピー達を纏めるクイーンと戦闘になる。
しかし今のトルテはハーピークイーンではなく、その上位種であるセイレーンクイーンだ。
しかも凛からのサポートをしっかりと受けており、現在は黒鉄級上位の強さ。
なので全く問題なく対処し、勝てないと悟ったハーピークイーンやその一味は、否が応でも付いて来るしかなかった。
顛末を伝え、トルテがにこにことしながら凛と同じテーブルの反対側に座る一方。
彼女の隣に座るハーピークイーン、それと後ろに立つハーピィ達は、一様に青い顔を浮かべながらびくびくとしている。
と言うのも、現在は昼食時。
キッチンもダイニングも大忙しで、ゆったりとした雰囲気なのは凛達がいるテーブル位。
しかもハーピー達はまだ配下になっていないが故に状況が分からない状態。
ただ、キッチンの様子を見て、使われている食材は自分達と同じか、それ以上のランクであると言うのは分かったらしい。
仲間になるのは嘘で、本当はこれから自分達が食材として処理されるのではと思った様だ。
そんなハーピー達の様子を感応越しに知った凛は、なるべく優しい声色でハーピー達に語り掛ける。
「まずはいきなり驚かせた事に対し、謝罪させて頂きます。すみませんでした。」
凛は言葉に対話スキルを乗せ、頭を下げた。
ハーピー達は急に言葉が通じた事に驚き、互いを見合ったり目をぱちくりする。
「トルテからの説明にもあったと思いますが、これから貴方方は僕達の仲間になります。なので細やかではありますが、歓迎の証として昼食をご用意しました。」
凛はキッチンにいるコーラルへ目配せを行い、それを合図にオムレツがテーブルの上に並べられた。
ハーピー達はオムレツに釘付けとなり、コーラルを含めたメイド達に促されるまま椅子に座る。
「こちらは、オムレツと呼ばれる食べ物になります。卵を使った料理と呼ばれるものでして、本当はこの様な感じで召し上がって頂きたいのですが、いきなりだと難しいかと思われます。なので、皆さんのやりたい様にして食べて下さい。」
凛はテーブルに置かれたスプーンをオムレツを掬い、腕を翼に戻したトルテも器用に掬ってみせる。
「では、頂きます。」
「「頂きます♪」」
凛が両手を合わせ、美羽とトルテも凛に倣い、食べ始める。
ハーピークイーン達はそれに唖然とし、しかし幸せそうに食べる凛達を見て羨ましくなったのだろう。
漏れなく全員が滝の様な涎を流し、まるで獲物を見ている様な目付き…と言うか熱い視線をオムレツに向ける。
やがて、1体がオムレツへ齧り付くのを機に、他のハーピー達も食べ始めた。
身を乗り出し、左右の羽で器用に皿を掴み、又はぷるぷると羽を震わせながらスプーンで掬うかのいずれか。
顔や体が汚れようがお構いなしの状態だ。
その内の何体かが手を滑らせて床に皿を落とし、この世の終わり的な表情を浮かべる。
しかしすぐにメイドが床を掃除し、替えのオムレツが到着。
皿を落としたハーピー達は絶望から一転、まるで救世主でも見ているかの様な笑顔をメイドに向ける。
そんな彼女らに、凛達やメイド達はふふっと笑う等してほっこりする。
凛はハーピー達がオムレツを食べ終わるのを見計らい、メイドにプリンを用意するよう指示。
ハーピー達は「今来たものも美味しいに違いない」と期待の眼差しでプリンを凝視し、完食後は揃って至福の表情を浮かべる。
と言うのも、死滅の森に料理の類いは当然なく、全てが生の状態。
甘いものもなくはないが、ここまで美味しいものは生まれて初めて。
それらが重なり、喜びも一入となったのだろう。
その後、トルテがハーピークイーン達にここへ連れて来た理由を話した。
しかしハーピークイーン達はトルテよりも若く、経験が浅い為かあまり良く分かっていない様子だった。
なので分かりやすく、自分達の手伝いをしたら美味しいものを食べさせると伝えると、2つ返事で快諾。
ハーピークイーン含む27体のハーピーが配下に加わる事が決まり、ご機嫌なトルテと共にハーピー達はリビングを後にする。
この日、凛は午前をスクルド。
午後はシルヴィアの両親が住まうと同時に治める場所であり、獣国最南端にある漁業都市アゼルの掃除と改築を行った。
そして明日はちょっとした運命の出会いをする事になるのだが…全く予想すらせずに1日を終えるのだった。




