八十七話 神の鉄槌
サタルドスの部屋へと向かうヘルバトスの足取りはもの凄く重かった。
一体何が原因なのだろうか?ヘルバトスに重く圧し掛かる重圧は一体何なのだろうか?
その答えは、当の本人が一番よく知っていた。
ヘルバトスは、自分の腕を引くメイシアに、
「メイシアちょっといいか・・・?」
静かな声でメイシアに告げるヘルバトス。
ヘルバトスからの大事な話なのだろう。
メイシアは普段の様子を見せずに、静かにヘルバトスの方を窺った。
「ごんちゃんの元へ行かなくていいのか?」
ごんちゃんは、メイシアの親友のモンスターの愛称である。
ごんちゃんとは長い期間あっていないように感じるが、サタルドスを置いて下界に降りたったあの日と変わらない。
親友として、メイシアは一刻も早く会いたがっているに違いない。
そんなヘルバトスの少しばかりの心の気遣いが、すぐさま裏目に出てしまう。
メイシアは、溜息を一つ吐いて、
「はあー、ヘルにいは正直じゃないなー」
「正直?」
何の根拠があってそんなことを言っているのかわからなかった。
無論、メイシアに相手の心を読む能力は備わっていない。
だからこそ、勘が鋭いことにヘルバトスは驚かされた。
顔に出やすいヘルバトスの、その一瞬の表情をメイシアは見逃すはずもなく、メイシアはヘルバトスの腕から手を離した。
「パパの元に一人で行きたいんでしょ?」
「・・・なんでそう思うんだ?」
「そんなに顔に出てれば誰だってわかると思うけど?」
「そんなに出てる?」
「うん」
自分が顔に出やすいタイプか全くでないタイプなど、自分でわかるはずもない。
そして、ヘルバトスは正直にメイシアに話をした。
「じ、実はそうなんだ・・・」
「ふーん?だったら最初からそう言えばいいのに」
「それは・・・」
メイシアに聞かれたくないことだからヘルバトスは、彼女と離れようとしたのだ。
そんなことはメイシアに言えるはずもなく、悪い癖でまた黙り込んでしまう。
するとメイシアはヘルバトスを置いて一人で歩いて行ってしまう。
「私もパパにちゃんと挨拶したいんだからね?」
「ごめん・・・」
「もうー、ヘルにいはしょうがない子ねー?ごんちゃんに会いに行ってくるから、その間はパパの時間をあげる」
この結果が、メイシアなりに導き出した答えなのだろう。
ヘルバトスが一人にして欲しいというぐらいなのだから何かあるに違いない。
メイシアの心の中では気になって気になって仕方がなかったが、大体の見当はついていた。
だから一人の時間を少しでも与えたのだ。
その会話を最後に、メイシアはヘルバトスを置いてごんちゃんの元へと向かって行った。
そして、その場に取り残されたヘルバトスの周りに静寂さが漂う。
メイシアの足音だろうか。
遠くの方で階段をゆっくり降りている。
普段は気にならない音がよく聞こえた。
ヘルバトスの心臓がバクン、バクンと大きな音を立てているのも耳の神経を通して伝わる。
そして、どうしてか呼吸も少ししづらい。
なんでだ・・・・?
ヘルバトスはうるさい心音を黙らせようと、強く胸を強打した。
だが、心音は一向に静かになる気配がなかった。
これは緊張とかそのような類のものなのだろうか?
いや、ヘルバトスは緊張と常に隣り合わせの生活を送っていたため、彼に限って錯覚などあるはずがない。
まるで誰かの心臓みたいだった。
大人しくしろ!頼むから大人しくしてくれ!
呼吸も段々と荒れてくる。
自分の心臓なのにろくにコントロールもできない。
ついには、視界までがぐらつき始めてきた。
そういえば、俺は何をしようとしてたんだっけ・・・?
酸素が脳に行き届かなくなり正常な判断ができなくなったのか、それとも誰かの仕業によって記憶をかき消されたのか。
どちらにせよ、ヘルバトスはやるべきことを見失った。
熱い・・・・頭から熱く・・・!
熱を含んだ何かが、頭からじわじわと全身を蝕んでいく。
恐らく呼吸困難による酸素不足が原因だろう。
これはマジででやばいな・・・
人間の体にも熱耐性の限度がある。
常温動物だからと言って、熱耐性が備わってるとイコールで決して結び付けてはいけない。
許容範囲を超えれば痙攣し、それを上回れば死ぬ。
ヘルバトスの体は痙攣の直前まで来ていた。
視界が歪んでいるせいで、ヘルバトスは誰に支えられることなく、抵抗虚しくある扉の前で倒れ込んだ。
もうだめだ・・・体が麻痺して動かない・・・
ヘルバトスの体全体に麻酔が効いているかのように動かなかった。
唯一動く目で、部屋全体の確認をすると、そこには誰かが眠っていることが分かった。
だが、目に涙が溜まっているのか確認することができない。
涙を拭おうにも、手足はやはり動かなかった。
突然の出来事にどうしていいかわからない。
そんなヘルバトスの目の前に、「死」がゆっくりと近づいていた。
俺は死ぬのか・・・?死ぬ?
死にたくない
楽になりたい
死にたくない
解放されたい
死にたくない
死にたい
死にたくない
死にたい
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
死にたくない
ヘルバトスは自分の臆病さを呪った。
その臆病さが祟りに祟って、この無様な醜態をさらすことになったのだろう。
自分の優しさを呪った。
その優しさのせいで何もできず、ただのクズという結果を残してしまったのだろう。
自分のクズさを呪った。
助けを求めているであろうその人に手を差し伸べることなく、ただ目を背けていたことが神からの執行対象になってしまったのだろう。
神はいつも天から見ている。
そんな都市伝説染みたことをどこかの本で読んだ気がする。
だが、脳が正常に働いていないせいでどこで見たのか思い出せない。
要するにヘルバトスが言いたいのは、この世界の神から天罰が下ったということ。
そして、その神こそ自身の兄であるサタルドスだった。
ヘルバトスは今までサタルドスのことを、まるで神のように敬ってきた。
ヘルバトスの心の中での神は、サタルドスただ一人。
この世界の神から天罰が下ったということは、サタルドスからの罰であるということに他ならない。
普通に考えればそんな話はまずありえないのだが、今のヘルバトスの状態ではそんな普通のことも考えられなかった。
熱のせいで大量に量産された涙を零しながらヘルバトスは、
「お兄ちゃん・・・ごめんなさい・・・こんな情けない奴でごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
いくら後悔をしてもサタルドスは許してはくれなさそうだった。
自分の罪深さを呪うヘルバトスの意識は、熱が追い打ちをかけるにつれて遠のいていく。
そしてヘルバトスは若くにして息を引き取った・・・・
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ここは・・・どこだ・・・?
ヘルバトスが目をうっすらと開くと、視界の先は真っ暗で何もみえない。
そうだ・・・・俺は死んだんだ・・・
自分でも「死」を認識できるほどの最期だった。
呼吸困難に高熱。
そんな苦痛を認識できないで死ぬ人間は絶対にいないと言い切れる。
だとしたら、ここは地獄か天国か・・・?まあ出来損ないの俺は地獄行きだろうな・・・
人に救いの手を差し伸べずに、ただ目を逸らしてきた臆病者に同情の余地はないだろう。
こんな結末でも、自分の弱さを知ったからといって生まれ変わったとしても治せる自信がない。
ヘルバトスは再び目を閉じた。
どうか、このまま生まれ変わらず死ねますように・・・・
これ以上誰かの顔に泥を塗りたくない。
ましてや尊敬する恩人の顔なら尚更だった。
ヘルバトスは恐怖と戦いながら息を五分間ぐらい止め続けた。
だが、死ぬ気配が全くなかった。
そうか・・・もう死んでるから息を止めるだけじゃダメなんだ・・・
ヘルバトスは先ほどまで高鳴っていた自分の心臓に手を置いてみると、心臓は正常に動いていた。
この心臓をどうにかしない限りは、この世界で生き続けるのだろう。
ヘルバトスはもう何も考えずに静かに眠りたかった。
サタルドスを救えなかったこともシハルの魂を取り戻すことも全部忘れて死にたかった。
死人に感情が芽生えることがあるのだろうか。
ヘルバトスの目からは再び涙が零れ始めた。
「誰か・・・!俺を殺してくれよ・・・!もう嫌なんだよ・・・!頼むからさ・・・!もう嫌だよ・・・!約束も何もかも全て忘れて死にたいよ・・・!誰か・・・!頼むからさ・・・!俺を・・・俺を殺してよ・・・!」
サタルドスとの約束とシハルの辛い過去がヘルバトスを「呪い」という形で縛り付けている。
全てを投げ出して死んでしまいたい。
そんな悲痛の声を上げても黒一色の世界に響くことはなかった。
「誰か・・・!誰かいないのかよ・・・!誰でもいいから・・・・!」
泣きじゃくるヘルバトスの前に突如白い魔法陣が現れ、その光の中から一人の女性が姿を現した。
銀髪の長い髪の毛に、サファイアのような青い目。
顔立ちが良くスタイルも良い。
鈴蘭のような髪飾りがとてもお洒落だ。
そんな美女がヘルバトスに近づいていき、その美貌から考えることができない、かけ離れたことを口にした。
それは・・・
「てめえはどうしようもねえクズだな」
その言葉が、顔をぐしゃぐしゃにしたヘルバトスの心に突き刺さった。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます!
そしてブックマークを付けてくださった読者様、本当にありがとうございます!
まだまだ話は続きますので最後まで寄り添っていただけたらと思います!
次の更新は8月7日の0時になります!
今後ともよろしくお願いします!




