八十五話 初対面
ゼランと別行動を取ったヘルバトス達は、さっそくサタルドスとシハルの元へと向かっていた。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
原因は何なのか。
サタルドスとシハルは無事なのか。
ヘルバトスの脳内は不安という負の感情でいっぱいだった。
それもそうだ。
仮にエルフミーラら暗黒騎士が消されていたとするなら、次に狙われるターゲットは、間違いなく暗黒騎士の仲間に限定される。
そうなればヘルバトスもメイシアも例外ではなかった。
サタルドスに助けを求めるかのように、足取りが一段と早くなる。
メイシアがヘルバトスに何かを伝えていたが、ヘルバトスの脳内は不安で封鎖されていた。
何も聞こえないし考えたくもない。
そして部屋の前まで来たヘルバトスは扉を勢いよく開いた。
結論から言うと、そこはサタルドスの部屋ではなかった。
綺麗な紫色の髪色をした美女。
見たことのないその容姿から、ヘルバトスはこの人物がシハルであることがすぐにわかった。
「この人がシハルさん・・・」
ヘルバトスが今まで見てきた女性の中で一番美しく、サタルドスに釣り合っている女性と思えた。
その美しい美貌に眼を離せないでいると、シハルがゆっくり目を開いた。
「あれ?ここは・・・?」
「あ、おはようございます」
「あ、おはよう・・・君は一体・・・?」
シハルがヘルバトス達を見て疑問に思うのも無理はない。
シハルが目を閉じた時にはまだヘルバトスはサタルドスの仲間になっていなかったのだから。
そんなシハルにヘルバトスは、
「俺はサタルドスの弟分みたいなものです」
「あら、随分と可愛い弟分ね。サタルドスとは大違いだね」
クスクスと笑うシハルは、まるで女神のようだった。
だが、そんな形相を見られたのはここまでだった。
今までヘルバトスの背中に隠れていたメイシアがひょっこり顔を出し、
「メイシアはメイシア。パパの娘だよー」
「パパ?ってまさかだと思うけど、サタルドスのことじゃないよね・・・?」
深刻そうな顔をするシハルから、目を逸らしてしまうヘルバトスとニッコリしたまま何も喋らないシハル。
そしてシハルが俯き、次に顔を上げた時には般若像のような形相で、
「サタルドスはどこかな?会って話がしたいんだけど?」
「え、いや・・・その・・・」
その形相を見たヘルバトスはシハルとろくに会話もできなくなってしまう。
そのヘルバトスの行いが裏目に出たのだろう。
シハルはベッドから抜け、ヘルバトスの元へとずかずか向かていく。
「どーこーかーなー?」
あまりの恐怖にヘルバトスは正直にサタルドスの居場所を伝えてしまった。
するとシハルは、すぐさまその場所へと向かって行った。
まあ、隣の部屋なのだが・・・
「サタルドス!一体どういうこと!」
シハルが怒り任せに勢いよく扉を開けると、そこには無論寝ているサタルドスの姿が。
サタルドスは六純天使の力で自分自身の体を上手く動かせない状況。
寝ているだけではそんなことは分かるはずもない。
それに加えて、忘れ去られているだろうがシハルは天然馬鹿なところがある。
そんなシハルがこの状況を見て、違和感に気づくことはまずありえなかった。
「ちょっと!サタルドス!どういうことか説明しなさい!」
肩を掴み、容赦なく体を揺らす。
だが、サタルドスの反応がない。
そこでシハルは違和感に気が付いた。
「サタルドス・・・?サタルドス!サタルドス!」
先ほどにも増して肩を上下に揺らす。
だが、当然のように反応がない。
「まさか!?」
シハルはサタルドスの胸に耳を当て、心音を確かめる。
ドクン・・・・・・・・ドクン・・・・・・・
心音は聞き取れるが、何かがおかしい。
シハルは自身の胸に手を当て心音を確かめる。
ドクン・・・・ドクン・・・・ドクン・・・・
明らかにサタルドスの心音はゆっくり刻まれていた。
シハルのが正常だとするなら、サタルドスの心音速度は異常である。
すぐさま確認しなくてはならなかった。
シハルの後をつけるように入室したヘルバトスにシハルは問いただした。
「ヘルバトス君だったっけ・・・?サタルドスの身に何か起こっているの?」
心配そうな顔をするシハルにまたしてもヘルバトスは何も言えなかった。
シハルはメイシアの視線を向けるも、メイシアに難しいことはよくわかっていなかった。
「ねえ、ヘルバトス君。教えて・・・サタルドスは一体どうなってしまったの・・・?」
心配そうな顔は一転して悲しい顔へと変わっていった。
さすがに何も知らないのはあまりに残酷すぎる。
ヘルバトスはエルフミーラとゼランから聞いた情報をシハルに告げた。
理由はわからないが、サタルドスが六純天使に呪いをかけられ不自由になってしまったこと。
恐らくはシハルと何か関係しているのだろう。
でなければサタルドスがそんなリスクを負うとは考えにくいからだ。
事を正直に飲み込んでくれれば話は早い。
だが、嘘くさい内容なら簡単に信じるやつはいないだろう。
シハルもヘルバトスの言うことを信じようとしなかった。
「嘘、絶対に嘘。ヘルバトス君・・・本当のことを話して・・・?」
「だから全て本当の話ですよ・・・」
「そんなはずがない。サタルドスが負けるなんてそんな事・・・お願い、本当のことを話して?」
自分の中で、何かを決めつけている人に何を言っても伝わることはない。
シハルは最終手段を取った。
「エルフミーラは?彼女なら本当のことを話してくれるはず!」
エルフミーラを呼びに行こうとするシハルの腕を、ヘルバトスは無意識に掴んでいた。
そして、ヘルバトスはシハルに今置かれている状況を話した。
「すみません・・・エルフミーラさんが今どこにいるかわからないんです・・・」
「え、どういうこと?」
「だから・・・行方不明なんです」
エルフミーラだけではない。ジェールナもグウィルドもサキュラバーニも行方不明なことをシハルに伝えた。
こんな話、今まで眠っていた人に分かるはずもない。
シハルは襲い掛かる勢いで激怒した。
「ふざけないで!一体どこまで私を騙し続ければ気が済むの!」
「騙してません!全部本当なんです!」
「おねえちゃん、本当なんだよ?本当にどこにいるかわからないんだよ?」
ヘルバトスとメイシアがシハルを落ち着かせようとするが、激怒したシハルにもはや声は届かない。
そして二人の肌にすぐさま鳥肌が立った。
シハルの周りから禍々しくも邪悪なオーラが漂い始め、額からは角と思われるものが。
「シ、シハルさん!?」
シハルが鬼人族であることを知らされていないヘルバトスは、彼女の姿を見て腰を抜かして驚く。
メイシアはというと、そんなヘルバトスの後ろにひっそり身を潜める。
「シハルさん!シハルさん!」
「おねえちゃん!」
二人が懸命に彼女の名前を呼びかけるも、シハルにはどうやら声は届いていないらしい。
「私から・・・・サタルドスを・・・奪うな・・・・サタルドスは・・・・私のものだ・・・・」
息を荒げ、ゆっくりとヘルバトスに近づくシハル。
そしてシハルはヘルバトス達に攻撃しようとした時だった。
シハルは仰向けになって何の前触れもなく、倒れ込んだ。
この一瞬で何が起こったのか全く理解できていない。
未だに腰を抜かしているヘルバトスの背後で男の声がした。
「危なかったな。お前ら」
「ゼランさん!」
腰を抜かしていたことを忘れて、ヘルバトスはゼランに飛びつく。
「まさか鬼人の力がここまでだったとはな。エルフミーラから聞いた話だけでは力量は計り知れないと言うことか」
「鬼人?」
ヘルバトスには分かるはずもなかった。
シハルの話をサタルドスに直接聞きたいと先延ばしにしたからだ。
ヘルバトスが知らないことは当然、メイシアも知る由もない。
ゼランは、倒れ込むシハルをサタルドスと同じベッドに寝かせ、
「俺が「嫉妬」の能力で力を吸い取ったからよかったけど、いなかったらサタルドス以外皆殺しになってたぞ?」
確かに、あの時の殺気は凄まじいものだった。
あの力に対抗できるのは恐らくそう多くはない。
だが、どうやってあれほどの力を手に入れたのか。
鬼人はあれほどまでの力を手に入れているものなのか。
奴隷上がりのヘルバトスには、種族に関する情報が著しく乏しかった。
「シハルのサタルドスに対する気持ちは、操り人形だとしても侮っていいものではない。これからはシハルの前で不要な発言はやめとけよ?」
「あ、あの・・・」
「どうした?」
ゼランの言葉の中に気がかりな情報が含まれていた。
さっきも言ったが、ヘルバトスはシハルの情報を何一つ知らない。
だから、一層その単語に違和感を覚えてしまう。
「シハルさんの事、教えてもらってもいいですか?」
「そういえば、内容まで教えてなかったな。俺は別に構わないが、良いのか?内容ぐらい直接サタルドスに聞かなくて?」
「状況が状況です。自分の甘っちょろい考えはそこらに捨ててきました」
「そうか」
「メイシアも聞きたーい」
「エルフミーラだけの情報に過ぎないが、二人がそこまで言うなら全てを打ち明けよう。だが、先に話すべきなのは他の暗黒騎士達についてが最優先だ」
ゼランはここに来る前に一度下界に赴き、ヘカベル消失についての手掛かりを探っていた。
ヘルバトス達はゼランにサタルドスとシハルの容態を見てくるように言われただけで、ゼランが下界へ降りたことを知らない。
そのヘルバトス達に、内緒で行われた調査の結果を公言するためにゼランは、
「ここで話すことではないから一度会議室へと移動するぞ。俺が先頭になって案内するからついてきてくれ」
「分かりました」
「はーい!」
ゼランの背中を追いかけるように、ヘルバトスとメイシアはサタルドスとシハルが眠る部屋を後にした。
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