五十二話 卵の孵化
風呂場を目指してどのくらいの時間が経過しただろうか。
ニ十分?三十分?それとも一時間?
よくわからなかった。
だが一つだけ言えるのは、未だ風呂場についていないということだ。
明らかにおかしい。
だってそうだろ?
風呂場が完備されたビジネスホテルに泊まったとしても、風呂場までに三十分かけて行くか?
絶対に行かないはずだ。
この状況は何かあるに違いない。
その異様な状況に、サタルドスはエルフミーラにとうとう聞いてしまった。
「おい、まだ着かないのか?」
「んー、あともう少しかなー」
なんでこんなに時間かけて風呂場までいかなきゃいけないのか?
一体どの部屋を考えて風呂場を作ったんだよ。
俺が寝ていたあの部屋からはあまりにも遠すぎる。
それにこの建物の構造は一体どうなってんだ?
数々の謎がサタルドス脳内に過る。
そして、ようやく目的地に到着した。
「さあ、着いたよ」
「俺、一応怪我人なの忘れてるよな?」
「あ、忘れてた」
そんなことだろうと思ったよ。
大体、怪我人に三十分以上歩かせるとか鬼か。
まあそんな体でシハルの記憶を取り返しに行こうとしたんだがな。
「さっそく卵の孵化を頼む」
さっさと孵化させて、さっさと「災い」について語り合おうじゃないか。
決して「災い」について語りたいわけじゃない。
早く、シハルの記憶を取り返しに行きたい。
落ち着いて見えるだろうが、本当は落ち着いてなどいなかった。
だが、そんなサタルドスを妨害する輩が現れたのだ。
「ちょっと待って。誰か入ってる」
「おいおい、まじかよ」
確かに、よく耳を済ませれば誰かの鼻歌が聞こえる。
その鼻歌は男性とは思えない高い音色を奏でていた。
恐らく女性だろう。
だとしたら、ジェールナかサキュラバーニだろうか。
どっちだって構わない。
早く出てきてくれ!
「一体いつになったら出てくるんだ?」
「そうだねー。ジェールナだったら一時間かな?サキュラバーニだったら二時間くらい?」
「エルフミーラ、なんか平然と言ってるけど、なんで知ってんの?気持ち悪い通り越して怖いんだが」
なぜエルフミーラがジェールナ達の入浴時間を知っているのか。
彼女たちが風呂に入ってる時に時間を確認してるとかか?
というか、それ以外にないだろう。
いや、怖すぎか。
恐怖を抱く、サタルドスの気持ちを汲み取れないエルフミーラは変なことを言い出した。
「あら?それって遠回しに私の入浴時間聞いてるの?」
「いや、どこを読み取ったらそんな答えになるのかな?」
そんなくだらない会話をしていると、風呂場の先客が姿を現した。
その先客の姿をみて驚愕した。
眼鏡をかけた中年の男性。
これと言って特徴はなく、平凡な格好をしていた。
・・・・・・誰?
だが、その正体を知らないのは俺だけだった。
「こんにちは」
「こんにちは、ごめんね?お風呂使ってて」
「いえいえ、大丈夫ですよー」
日常挨拶程度の会話をするエルフミーラ。
どうやらこの男性を知っているようだ。
今すぐにでも聞き出したいところだが、正直男性の前で聞くのは失礼というかなんというか・・・。
とりあえず、男性が姿を消してからの方がよかった。
「それじゃあ、今後ともよろしくね」
「ええ、それじゃあ」
エルフミーラが男性と別れの挨拶をし、男性が姿を消したところで尋ねた。
「エルフミーラ、今の男は?」
「ああ、ここの清掃員の人だよ?」
いや、よくわからないんだが。
ここは魔界だよな?
なんでそんなところに清掃員がいるんだよ。
色々つっこみ要素はあったものの、話が長くなりそうだった。
魔界には清掃員がいるということだけ頭に叩き込んでおけばいい。
そして、話は本題へと入っていった。
「それで卵はどうやって孵化させるんだ?」
「こっちに来て」
エルフミーラはそう言うと、風呂場の方に足を踏み入れた。
続いてサタルドスが踏み入れると、その先に広がっていた光景は紛れもない、銭湯の脱衣所そのものだった。
「これ銭湯の脱衣所じゃねーか」
「え?銭湯?」
聞いたことのない単語にエルフミーラが反応を見せた。
めんどくさいことになった。
とりあえず、サタルドスは何でもないとエルフミーラに伝え、何か言い返してくると思いきや、彼女は「ふーん」と一言だけ発してこの話は終わった。
そんなことよりも・・・・
「とりあえず、俺はどうすればいいんだ?」
「そうだね・・・とりあえず卵を出してみて?」
エルフミーラの言う通りにサタルドスは装備ステータスの「道具」から卵を取り出した。
どう見たってニワトリの卵にしか見えないんだが、本当にモンスターが生まれてくるのか?
少なからず、騙されているんではないかと疑いが生まれたが、この際どうでもよかった。
自分に脅威になる存在ではないのだから。
「それでこの後は?」
「お風呂のお湯につけるんだけど、適切温度があるからちょっと待ってて。調べてくるから」
そう言い残したエルフミーラは浴場の方へと消えて行った。
いや、お湯につけて孵化させるって子供用のおもちゃで確かそんなのがあったような・・・
そんなふざけた孵化の方法があっても良いのだろうかと思ったが、エルフミーラの行動を見る限り、ふざけているようには見えなかった。
そしてそれからしばらく経った頃、エルフミーラが戻ってきた。
「もう大丈夫なのか?」
「温度は大丈夫。あとは卵を浴槽に入れて孵化するのを待つだけ」
「そうか」
果たして俺は、モンスターを従えられるのだろうか。
その際は斬り捨てても問題ないよな?
そんなことを考えながらも、サタルドスは浴槽を向かおうとしたら、エルフミーラが脱衣所を出ようとしていた。
「エルフミーラ、どこに行くんだ?」
「え、外に出ようと」
「孵化の瞬間は一緒に居ないのか?」
「ええ、モンスターも人間と同様、最初に見た人物を親だと思うので」
「二人ではいれないということか」
どうやら刷り込みという技術を使うらしい。
ということは鳥類か哺乳類しか生まれてこないということか?
そんなことよりも早く孵化させないと。
時間が惜しい。
「私は外で待ってるので、終わったら呼んでね?」
「ああ、わかった」
エルフミーラはそう言うと脱衣所から出て行った。
さて・・・やるか・・・
サタルドスは浴場へ入って行き、さっそく風呂の中に卵を入れた。
後は孵化を待つだけだ。
「そういえば、浴場の間に脱衣所があるよな?あの清掃員、どんだけでかい鼻歌を歌ってるんだよ」
清掃員の清々しい鼻歌が羨ましい。
俺だって鼻歌を歌えるぐらいの余裕が欲しい。
だが、今の俺にはそんな余裕はない。
余裕がないから仲間を守ることも助けることもできない。
余裕がないから周りが見えておらず、迷惑しかかけない。
心に余裕があると、人間的にも余裕がでてくるって本当なのかもな。
もしかしたら、あの清掃員を見習わないといけないのかもしれない。
余裕を持てるようにするにはどうしたらいいんだ?
力か?それとも先の未来を予測して行動することか?んーーーーーーーー。
サタルドスが考え始めてどのくらいの時間が経過しただろうか?
サタルドスは卵の存在を忘れて、自分の世界へともぐりこんでいた。
そのせいだろう。
いつの間にか孵化していたことに気づかず、腰を抜かしてしまいそうになったのは。
いや、恐らくそれだけではない。
サタルドスが目にした時にはモンスターはすぐそこにいた。
そして・・・・
「パパー、何考えてるのー?」




