五十話 シハルの記憶
「シハルが記憶障害?」
やはり記憶障害だったか。
前々からおかしいと思っていたんだ。
名前を忘れているところとか、どう考えても普通じゃなかった。
だが、気がかりなのはそこじゃない。
伝播?
一体どういうことだ?
それにエルフミーラはどこでシハルが記憶障害だと知ったのか。
この件はしっかりエルフミーラ問いたださないといけなかった。
「エルフミーラ、お前はどこでその情報を手に入れた?」
「そうだねー」
エルフミーラはそう言いながら、ベッドに横たわるシハルの頬を優しく撫でる。
そして彼女の口からは、犯罪に近い内容が含まれていた。
「シハルの記憶を見たの」
「・・・は?」
最初はエルフミーラの言っていることが理解できなかった。
理解できなかった原因としては、人の記憶を簡単に覗くことはできないから。
それに、彼女は何もおかしくないようにその内容を告げたのが原因だろう。
理解に苦しんだものの、その内容を理解するのには時間はかからなかった。
「お前!一体どうやって見たんだ!」
人の記憶を見ることは、あまりにも理に反している。
だが、サタルドスは忘れていた。
ここが、なんでもありだと言う異世界だということを。
「どうやってって「強欲」の力で見ただけだよ?」
強欲の力はとても優秀な力だな。
それと比べて、サタルドスの「憤怒」は敵の怒りを自分の力に変えると言う能力。
そもそも、相手が冷静沈着なやつだったら効果をなさない。
使える能力ならやはり万能の方が良いに決まっている。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
エルフミーラがシハルの記憶を覗いたのなら、シハルの過去が少しでもわかるかもしれない。
「それで、シハルの記憶はどうだったんだ?」
「それが・・・」
そう言ったまま黙り込むエルフミーラ。
それほど言いづらい過去がシハルにはあったのか?
シハルからはある程度の過去は聞いている。
だが、それはある程度だ。
詳しい内容などは全く聞いていなかった。
シハルと向き合うにはシハルの過去を知らなければならない。
しかし、エルフミーラから告げられたのはサタルドスの予想を遥かに超える内容だった。
「シハルの記憶は空っぽだったの」
「空っぽ・・・?」
空っぽってあれか?中身が入っていないことを意味するあの単語か?
おいおい待てよ。それじゃあ今までの俺とのやり取りは?過ごしてきた日々は?約束は?
全て記憶に残っていないって言うのかよ。
納得できない・・・・
納得できるはずなかった。
「どういうことだ!」
「私にもわからないけど恐らく、何者かが鬼人族であるシハルの記憶を隔離し、無意識状態にして操ってるんだと思う。そして、その行いが悪影響を及ぼして、現状に至っているかと」
「おいまて、鬼人ってどういうことだ?シハルは人間じゃないのか?」
サタルドスはシハルが鬼人族だということを知らない。
言い方を変えると、シハルのその鬼のような姿は目にしたが、記憶が消されていたのだ。
「シハルは鬼人族。かつて勇者をも追い込んだ究極の悪の化身、それが鬼人族なの。それに鬼人族は意識的に対象の記憶を消すことができる」
「それじゃあ記憶操作ができて、かつ記憶がない、無意識のシハルは・・・」
その答えの先は考えたくもない。
だが、エルフミーラはそれを許さなかった。
「記憶の消去を乱発する操り人形ってことになるね・・・考えたくもないけど・・・」
本当に考えたくもない。
たまに何かを忘れている気がしていたのも、実は知らないうちにシハルが能力を無意識に使っていたから忘れてしまっていたのだ。
それだけじゃない。
今までサタルドスに見せた笑顔も怒った顔も悲しそうな顔も全部、偽物だったからだ。
なんの感情も含まれていないただの一部の動きに過ぎない。
誰かの感情が流れ込んできているだけだ。
そんなシハルは嫌だ!感情のまま生きるシハルが見たい!
だが、どこにシハルの体をコントロールしてるであろう記憶があるのかわからない。
それこそ、奴らの都合で全て捨て去られた可能性だってある。
「俺は・・・一体どうすれば・・・」
自分の無能さに怒りが増してくる。
これじゃあ、小馬鹿にしてきたあの兵士達と一緒だ。
そんなサタルドスに手を差し伸べたのは、エルフミーラだった。
「シハルをもとに戻す可能性はあります」
「それって!」
可能性があるなら早く教えてくれ!
このままでは心が持ちそうにないんだ!
弱体化するサタルドスにエルフミーラは彼に進みゆく道を照らした。
「シハルにはまだどこかに意識が存在していたんです」
「え、でもさっき無意識で記憶は空っぽって・・・」
「はい、それとは別にあります」
エルフミーラの言っていることが全く理解できない。
記憶は空っぽで無意識のシハルに実はどこかに意識は存在していた?
明らかに矛盾しているではないか。
だが、エルフミーラの顔色を伺ったところ、嘘はついているように見えなかった。
「どういうことだ?」
「こないだ会食会したじゃない?その日にシハルに「強欲」の能力を使ったの」
「なんでそんなことを」
「シハルがどのくらいサタルドスを好きか調べたの」
「それで結果は?」
「見事に欲が取れた。これは何者かがシハルを通じて与えた欲じゃない。それに力が流れ込んできたのだから間違いないの。確かにあの時には意識はあった。ただ・・・」
エルフミーラが突如顔を赤くしてモジモジし始めたのだ。
一体何なんだ?
サタルドスには相手の記憶の中に潜ることもできないし、読み取ることもできない。
そして、顔を赤く染めたエルフミーラは恥ずかしそうにこう言った。
「あまりにも強大なラブパワーに負けてしまってな・・・」
「あー、大体いつ使ったかわかったわ」
恐らく、エルフミーラが料理の準備をしに行く前だろう。
そのタイミングでエルフミーラが「強欲」の力を使い、シハルから力は得たものの、その強大なラブパワーに精神をやられたということか。
それなら、なかなか帰ってこなかったことに納得がいく。
「全く、何してんだよ」
「うぅー、だってー」
座り込んでいじけるエルフミーラが少し子供に見えてしまった。
だが、子供っぽいエルフミーラにまたしても救われたのだ。
斬り殺さなくてよかったと思う。
「ありがとうな?そしてごめんな?エルフミーラ」
「え、いきなりどうしたの?」
「なんでもねーよ。それより、シハルを操っているやつから記憶を取り返せば元に戻るんだよな?」
「ええ、それとシハルの意識と融合させれば、恐らくは」
「そうか、それじゃあ取り返しに行ってくる」
談笑しているように見えてもサタルドスの心の内では怒りがみなぎっていた。
よくもシハルを・・・絶対に殺してやる!
そう意気込むサタルドスにエルフミーラが指示を出した。
「ちょいちょい、どこ行くの?」
「どこって、シハルの記憶を取り返しに行くんだ」
「どこにあるかもわからないのに?」
ここが俺の悪いところだ。
感情に任せて周りを見ようとしない。
治したいと思っても治せないものだな。
「何か良い案でもあるのか?」
するとエルフミーラはいつものスマイルを見せてこう言った。
「次の「災い」が始まるから、サタルドスにはその時にフィールドに出てもらいます」




