四十八話 シハルの本性
「シ・・・ハル・・・」
ようやく、振り絞ってでたサタルドスの声はシハルには届かなかった。
それに、こんなに怒ったシハルの顔は初めて見た。
まるで鬼のような形相。
それになんだ?
彼女の体に何か禍々しいオーラが漂っている。
このオーラは魔人族の物ではないと断言できる。
サタルドスがシハルを名付けたのと何か関係あるのかと思いきや、そうではなさそうだ。
そして、恐らく人間族の物でもない。
シハルは人間族じゃなかったのか?
シハルはサタルドスと同じ異世界召喚されたんじゃないのか?
日本人だって言ってたよな?
いくらシハルとの過去の会話を掘り起こしても、今この現状を理解できる解釈は見つからなかった。
「もう・・・あなたを・・・許さない・・・」
「ちょっと待って。別に君を殺そうとしてないよ?俺はそこの野郎を・・・」
「黙れ!」
シハルらしくないその言動。
どこかおかしい。
サタルドスが殺されそうになったからって、ここまで人間という生き物は変わる物か?
確かに人間は、自分が考えたことを本能のまま忠実に行動する生き物だ。
だとしても、シハルの口調、態度は本能とはかけ離れていた。
まるで、本性を現したかのようだった。
「落ち着て?な?」
なだめるように言いながらシハルに近づくクツェルだが、
「近寄るな!!!」
シハルはクツェルに威嚇すると、またしてもクツェルは吹き飛ばされた。
シハルの身に一体何が・・・
すると、シハルの身にさらなる異変が。
彼女が纏う、禍々しいオーラが一段と濃くなり、魔人族のサタルドスでさえ呼吸が苦しくなる。
クツェル達はサタルドスよりも苦しい思いをしているのは間違いなかった。
「ガハ!・・・・や、やめてくれ・・・これ以上は・・・」
「や、やめて・・・・」
「シハル・・・・・!」
サタルドス、クツェル、そしてヒトリアがシハルに向けて語り掛けるも、彼女に声は届いていない。
そしてあることに気が付いた。
力が・・・・・吸われている・・・!?
人間の原動力である力がシハルに流れ込んでいるのが分かった。
シハルを止めなければ・・・!
だが、大けがを負っている上に力まで吸い取られた。
サタルドスには立つ力も残っていなかった。
クソ・・・どうすれば・・・!
すると、急に呼吸が楽になった。
シハルに流れ込んでいた力の流動性も失われていた。
よかった・・・
安堵の息を吐いたサタルドスだったが、悪夢はまだ続いた。
「っつ!今度はなんだ!」
呼吸困難の次は、心臓が張り裂けそうな激痛を三人を襲った。
「いってー!なんだこれ!」
「グッ・・・・!」
容赦なく襲い掛かる未知の激痛に、ただ転がるしかないクツェルとヒトリア。
転げ回れるだけまだマシだ。
サタルドスは転げまわることができないんだから。
地べたに這いつくばって激痛に耐えるしかないサタルドス。
シハル・・・もうやめてくれ・・・
サタルドスはシハルの顔を見上げた。
そしてその姿に驚愕した。
シハル・・・お前のそれ・・・!
見間違いだろうか?
いや、見間違うわけがない。
シハルの頭部にある異物。
どう見たって・・・それ・・・
脇腹の激痛に加えて、心臓の激痛。
その二つの激痛に長時間耐えられるわけもなく、サタルドスはそのまま意識を失った。
コロスコロスコロスコロスコロスコロス・・・
なんでサタルドスを傷つけるんだ。
大体お前らは何なんだ。
私達の居場所を奪うつもりなのか。
許せない。
これでサタルドスが死んでしまったらどうするんだ。
許せない。
サタルドスは絶対に殺させない。
殺そうとするやつは許さない。
コロスコロスコロスコロスコロスコロス・・・
シハルの脳内の思考は誰かに阻まれることなく循環し続ける。
誰の声も聞こえない。
聞きたくない。
ただ目の前のこいつらを殺すだけ。
意識は、転げまわるクツェルとヒトリアに向けられていた。
こいつらだけは絶対に許さない。
クツェル達の話は聞きたくない。
そう思っていたが、クツェルが妙なことを言い出したせいで余計な反応を見せてしまった。
「お、おまえ!その角!まさか!鬼人族か!」
「鬼人族?」
一体こいつは何を言い出すんだ?
鬼人?シハルが?
いやいや、シハルは人間だから。
確かに、こいつの目に映るシハルの頭に輝く二本の角が生えているのがわかる。
だからこいつがシハルを鬼人族だと言うのも頷ける。
だが、シハルは人間だ。
それにシハルがどうであれ、そんなことはこいつには全くの無関係の話だ。
シハルは自身に与えられた魔剣を、抵抗もできないクツェルに向けた。
「おい、早く剣を持て。サタルドスの仇は私が取る」
「っていってもな。お前さんのせいで武器もろくに持てねーんだよ」
クツェルは先ほどのシハルの力の吸収によって、武器を握って戦う力が残っていなかった。
なら仕方がない。
死んでもらうか。
抵抗虚しく死を迎えたまえ。
シハルが魔剣をクツェルに向けて振るったその時だった。
「全く、勇者としての尊厳が足りないんじゃないの?」
シハルの一撃を短いリーチの剣で受け止める赤毛の女の子。
こいつは、確か迷宮に出てきた幻影・・・
そうか、こいつも確かサタルドスを殺そうとしてたな?
そうと決まればこの赤毛も殺す。
「クツェル、あんたあの子に何したの?」
「あの子の連れを殺そうとしただけだ」
「完全にそれが原因だよね?何してんの?鬼人を怒らせるとか」
「黙れ!耳障りだ」
奴らの雑談など耳にしたくない。
シハルが耳にしたいのはサタルドスの誉め言葉、そして愛の囁き。
それ以外に必要ない。
そして、こいつらはその全てをシハルから奪おうとした。
絶対に許さない!
「ほら、剣を構えろ赤毛。お前から相手してやる」
「私、無意味な戦いはしない方だから」
無意味?
私との戦いが?
まさか舐められている?
ふざけるな・・・・ふざけるなふざけるなふざけるな!!!
私はサタルドスのパートナーだ・・・無意味な戦いになるわけがない。
「おい、シノトレア。その言い方はないだろ」
「はあー、クツェル。あんたは本当に馬鹿ね」
「何だと!」
「よくあの子の剣を見て見なさい」
シノトレアの言う通りにクツェルはシハルの魔剣を見た。
彗星のように流れるエメラルドのような剣。
そして鬼人族。
その二つのワードに思い当たる節があった。
「まさか!」
「そう、だからとても厄介なことになったのよ」
「厄介ってレベルじゃないだろ」
「そういうこと、だからクツェルは早くここから逃げて」
「何を言ってるんだ!」
シノトレアはクツェルを見下す様に言った。
「武器も持てない勇者は足手纏い。早く逃げて」
「何だと!」
「そこのお嬢ちゃん・・・あれ?どこかで会ったことない?」
「はい、「災い」の時に」
「そっか、それよりクツェルを連れて逃げられる?」
「分かりました」
「おい、人の話聞けよ!」
「それじゃあお願いね?」
「はい!」
こうしてヒトリアは、瞬間移動の魔法でクツェルを連れ去ろうとする。
そんなことはシハルが許すはずもなかった。
「おい、待て!」
魔法の詠唱を唱えるヒトリアに斬りかかろうとするが、シノトレアの妨害で奴らを逃がしてしまった。
ごめんなさい・・・サタルドス・・・・
サタルドスが追い詰めたクツェルをあと一歩のところで逃がしてしまった自分への責任感に押し潰されそうになるシハル。
何か・・・何か代わりになる物は・・・・いた。
目の前にいるじゃないか。
ターゲットは奴だけじゃない。
この女だってそうだ。完全に忘れていた。
こいつの首を持って帰ればサタルドスも喜んでくれるはず。
「おい、お前。剣を構えろ」
「だから、無意味な戦いはしないって言ってるでしょ?」
「じゃあ、抵抗しないでね?」
「え?」
シノトレアはシハルの言葉を理解できなかった。
そして気が付いた時にはすでに目の前にシハルの姿があった。
今までのは本気じゃなかったの・・・?
速すぎる・・・こんな奴に勝てるわけないでしょ・・・
シハルがシノトレアに向けて剣を振るおうとした時だった。
バタン・・・
今のこの状況、何が起こっているのかシノトレアには理解できなかった。
急に人が倒れるなんて誰かの仕業にしか・・・
シハルが元々居た場所に目を向けると、そこには綺麗なお姉さんが立っていた。
「どうも、こんばんは」
「あ、どうも・・・」
不意打ちとは言え、あのシハルを一瞬で気絶させるこのお姉さんはただものじゃない。
一体何者なんだ・・・?
シノトレアはお姉さんに名を尋ねると、お姉さんはにっこりと笑ってこう答えた。
「私の仲間が申し訳ないね」
「私の仲間・・・まさか!」
考え込むために下を向いた一瞬にお姉さんどころか、鬼人のシハル。
そして、サタルドスまでが姿を消していた。
大戦乱が起こったこの場所にシノトレアのただ一人が、静まり返った夜に取り残されたのだった。




