三十八話 迷宮攻略
「ねえ、サタルドスー」
誰かが俺のことを呼んでいる。
誰だ?
ああ、分かった。
恐らくあの馬鹿が呼んでいるんだな。
どうせ、またくだらないことを言い出すんだろう。
放っておくのが、今のこの状況に置いて相応しい対処方法だろう。
「ねぇえー、サタルドスー」
だから何だというんだ。
悪いがあなたのお馬鹿トークに付き合ってあげるほど暇じゃないんだ。
今はこの状況に全神経を集中させなければならないというのに。
「ねぇえええー、サタルドスーーー」
「・・・なんだ?」
あまりのしつこさに、とうとう返事を返してしまった。
一体何の用だと言うんだ。
まあ、大体の見当はついているが・・・
「一つ聞いていい?」
「いや、二つ聞けよ」
「わかった、二つ聞くね?」
そして彼女はその輝く唇からゆっくりと言葉を発した。
聞きたくもなかったその単語を。
「私達、ひょっとして迷子?」
「・・・・・・・・やっぱりそうかな?」
そんな気はしていた。
というか完全な迷子だった。
そう確信付ける根拠。
それは、見たことのある景色を何度も見ているからだ。
いや、景色が似ているだけで、もしかしたら迷子じゃないかもしれない。
そうだ!ブロック塀だから同じに見えるだけだ。俺たちは迷子じゃない。
僅かな希望の光が残っている。
「あともう一つ聞くね?」
「ああ、なんだ?」
彼女の目からルビーの輝きが失われた。
というか、ジト目でこちらを見ていた。
「ここ、さっきも通ったよね?」
「ハハハ、そんなバカな。シハルは相変わらず面白いこと言う子だな」
笑ってごまかそうとするサタルドスにシハルは現実を突きつける。
「ほら、ここみて」
彼女が指さす方に視線を向けてみると、何やら古代文字が?
いや、これは古代文字じゃないな。
これは・・・・正・・・か?
そこには正という文字が三つ並んでいた。
ということは・・・?
「ここをもう十五回通りました」
「いや、なんでこういう時だけ頭働くんだよ」
シハルはいつの間にカウントをしていたんだ?
この正が表す意味合い。
シハルの目の前を歩いてたのは、紛れもないサタルドスだった。
つまり、サタルドスを先頭にここを十五回も飽き足らず歩いてたことになる。
なんだこいつは?
そんなに俺を小馬鹿にしたいのか?
方向音痴だって言いたいのか?
まあ、そんなことよりもここを脱することだけを考えよう。
そのためにも、なぜかこういう窮地にだけ実力を発揮するシハルに相談するしかなかった。
「なあ、シハル?」
「何か?」
「この状況を打開する方法はないか?」
「やっぱり迷子じゃん」
何がやっぱりだ!
てか、十五回も通る前に声をかけろよな?
声かけたのさっきの三回だけじゃないか。
俺だけに責任を押し付けるのは違うんじゃないか?
感情が溢れそうになるが、今は抑えろサタルドス。
ここで反論してはならない。
反論した時点でお前の負けだ。
必死に感情を抑え込み、サタルドスはさらなる質問を持ち掛けた。
「この迷宮何かおかしいと思うんだが・・・」
「え、今更?」
こいつ・・・
もういいや、こいつに何言われても何も考えないようにしよう。
今から俺は無だ。
感情という不純物はそこらへんに捨てた。
これでもう大丈夫。
そしてサタルドスは最初と同じ相談を提示した。
「何か打開する方法はないか?」
「あーーーーーーーーー、ないね」
「いや、ねーのかよ!」
せっかく捨てた感情が地面に跳ね返り戻ってきた。
シハルといる以上感情を切り捨てるということはできないということか。
まあ、そんなことよりも・・・
「どうするかな・・・」
この迷宮を出られない以上、何も始まらないし何もかも終わる。
それこそ許されざる罪だ。
なんとしてもここから脱しなくては。
だが、手段は地道に歩き続けることしかない。
「シハル、まだ歩けるか?」
「もう無理ー」
久しぶり体を動かしたのだから、体力がないのは当たり前だ。
こうなったら仕方がない。
サタルドスはシハルの前で座り込み、背中を差し出した。
このサタルドスの行動に理解が追い付かない人間は恐らくいないだろう。
こんなお馬鹿さんでも理解できるのだから。
「これは俗に言うおんぶというやつですか?」
「半分正解で半分不正解だな。良いから乗れ」
サタルドスの考えていることが全く分からない。
背中を差し出して乗れって、もうおんぶ以外なくない?
とりあえず、サタルドスの背中に乗り込むことに。
「いいか?しっかり捕まってろよ?」
「う、うん・・・・え?」
シハルが驚くのも無理はない。
いきなりサタルドスの背中から漆黒の翼が生えたからだ。
そしてサタルドスは一切シハルに触れていない。
これって・・・もしかして!
「行くぞ!」
「え、ちょ・・・」
シハルが何かを言う前にサタルドスが発進してしまった。
これは・・・やばい・・・
ちゃんと捕まってないと振り落とされる!
そのスピードは車ほどのスピードは出ていなかったが、自転車よりは遥かに早かった。
その風圧に押し負けてしまいそうだ。
「サタルドス!ストップ!ストップ!」
「え?何だって?」
シハルの声が全く聞き取れない。
風の音しか聞こえなかった。
シハルの言っていたことを聞くべくサタルドスは一度止まり、ゆっくりと地面に着地した。
「シハル、何か言った?」
「ねえ?サタルドス・・・」
歩いていないのになぜか過呼吸気味になっている彼女。
なんでだ?
よくわかっていないサタルドスにシハルはこう告げた。
「私・・・やっぱり歩く・・・」
「こっちの方が早いぞ?」
「いや・・・歩く・・・」
「そ、そうか・・・」
シハルの真剣な表情にそれ以上のことは言えなくなってしまう。
お互いにこれほど楽な手段はないというのに。
こうして二人は、歩き続けてから一時間が経過しただろうか。
「ここって・・・」
「そうだね・・・」
二人の目の前には見覚えのある扉が佇んでいた。
その扉は誰かが侵入した形跡を残す様に、開いていた。
間違いない、振り出しに戻った。
「ああー、やっちまったなー」
「やっちまいましたなー」
先を急ごうにも、もう体力は残っておらず足も限界だった。
仕方がないか。
「シハル、またあそこで休むぞ」
「そうだね」
二人が向かったのは、扉の奥に設置された座り心地の良い椅子と認定した、シハルが縛られていた台だった。
二人はカップルのように仲睦まじく座った。
「はあー、この高さがちょうどいい」
「そうだねー」
確かに座り心地は最高だが、そんな悠長に休憩している場合ではない。
早く脱出方法を探さないと。
「なあ、シハル」
「何?」
「何か方法ないか?」
「んー、あ、そういえば・・・」
何かを思い出したように立ち上がり、扉とは反対の方へ歩いて行った。
何を思い出したのか。
しばらくすると、「ガチャン」と大きな音が後ろから聞こえた。
この大きさの空耳なんてあるはずがない。
「何してるんだ?シハル」
「サタルドス・・・」
まさかだと思うが、それはないよな?
彼女は静かな声でこう綴った。
「出口を発見してしまった・・・」
「お前ふざけんなよ!!!」
女の子に暴言を吐くなど自分らしくない。
だが、疲労困憊になるまで歩いた意味がこの一瞬で全てが泡となって消えていったのだ。
暴言も吐きたくなる。
「まあまあ、私のお手柄ってことで・・・」
「最初から思い出しておけばこんなことにはならなかったんだけどな?」
彼女の、自分は悪くないと言わんばかりのその態度を見ているとなぜか疲れが吹っ飛んでいくのを感じた。
もうなんでもいいや。
「とりあえず、外の世界に戻るぞ」
「うん」
二人は無事に迷宮を抜け出す・・・はずだった。




