二十八話 破壊者の誕生
「ほわー・・・・」
剣二は昨日の午後六時くらいに寝たはずなのに、なぜか翌日の正午に起床した。
いくら何でも疲れたからって寝すぎでしょう?
そう自分に言い聞かせながらも隣でスゥスゥ吐息を漏らしているヒトリアを見つめながら横になる。
ヒトリアには散々迷惑かけたし、助けられた。
「ご褒美だ・・・」
剣二は優しく頭を撫でた。
まるで自分の娘であるかのように。
それがよほど気持ちよかったのかヒトリアはニッコリ笑って寝ている。
ヒトリアって意外と可愛いよな。
そう思いながらしばらく撫で続けた。
「そろそろ手がきついな・・・」
寝ながら頭を撫でるのは意外と大変なもので、それに慣れていない剣二はすぐに手が痛くなってしまう。
そろそろ手を退けようとヒトリアの頭から手を放した瞬間、ヒトリアは逃がさんという勢いで剣二の手を掴み自分の頬に手を持っていく。
「ヒトリアって意外とぷにぷになんだな・・・」
ヒトリアの頬が特別ぷにぷになのか、それとも女の子の頬はみんなこんなものなのかわからない。
確認しようがなかった。
「ぷにぷにって太ってるってことですか?」
「そんなこと言ってないだろ?あと起きてたのかよ・・・」
「はい、頭を撫でてくれてるらへんからずっと!」
「最初からじゃねーか」
彼女も起きたことだし、そろそろ飯でも食うか。
昨日の夜も今日の朝も何も食べていなかった。
そういえば昨日の昼も食べてないっけか?
まあ、とりあえず全く食べていないのだ。
「ヒトリア。着替えて飯食いに行くぞ」
「はい。ちょっと待っててくださいね」
そう言い残し、部屋を出て行く。
そして俺はそのタイミングで服を着替える。
いつも通りの日常。
この時まではそう思っていた。
「お待たせしましたー」
着替えが終わり、再び剣二のいる部屋に戻ってくるヒトリア。
なんだか同じ服ばっかり着ているから、今度服でも買ってやるか・・・
まあ、今はお金が全然ないんだが。
「行くぞ」
「はい!」
こうして二人は宿を出た。
だが、なぜだろう。
店が全て閉まっている。
通いなれた店も武器屋も防具屋も全部。
今日は「災い」から解放され、その祝いで全店休業日なのか?
どこを歩いても店は一軒もやっていなかった。
「しかたがない。外で魚でも取って食べるか」
「そうですね」
諦めて外に繋がる門へと向うと、そこには顔をよく知る人物が。
彼は剣二達が到着したと同時に嘲笑するようにこう言った。
「よう坊主。店が閉まってて困っただろ?」
「そうだな。今日は全店休業日なのか?」
「まあ、そんなところだな。それよりここに何の用だ?」
「ああ、ヒトリアと一緒に魚でも取りに行こうかなってな」
普通の会話。
そんな風に聞こえるが実際はそうではない。
クツェルの目は、まるで汚物でも見ているかのような目だった。
何か嫌なことでもあったのだろう。
八つ当たりと言ったところか。
「それじゃあな。行くぞヒトリア」
「は、はい」
「ちょっと待て」
いきなりクツェルに呼び止められた。
何だって言うんだ。こっちは腹が減って仕方がないっていうのに。
「なんだ?要件なら手短に頼む」
「外出に伴い条件がある」
「条件?」
なぜ外出にクツェルの条件が必要なんだ?
まあ、この国ではこいつはお偉い存在だから仕方ないのか?
だが、今まではそんなことはなかったのになんでだ?
数多の疑問が脳に浮かんだが、クツェルの口から発せられた条件は・・・
「嬢ちゃんはここに置いて坊主は二度とこの国に入ってくるな」
・・・・は?
こいつは何て言った?
置いていく?ヒトリアを?
クツェルの考えていることが全く理解できなかった。
八つ当たりにも限度があるだろう。
「どうしたんだよ。クツェル」
「さわるな!」
剣二が手を差し出すと、すかさず手を振り払った。
「おい、どういうことだ?俺が何をした?」
「仕方がない。無知な坊主に教えてやろう」
教えられるも何も剣二は彼を怒らせるようなことは決してしていない。
だから、どうせ何かの勘違いだ。
そう思い、油断していたのが間違いだった。
「お前と関わった奴が「災い」の生贄になると噂が広がっているんだ。だからみんなが店を閉めた。これで意味が分かっただろう?」
いや、分かっただろうと言われてもわかんねーよ。
確かに、生贄になったのは剣二のよく知る人物だ。
だが、「災い」と剣二は全くの無関係。
なんでそういうことになるんだ?
「おい、それは何かの勘違いだ。情報源はまずどこなんだよ」
「広がった噂だと言っただろう。情報元は知らん」
そんな確信の持てない噂に耳を貸す奴だったか?
いや、こいつは違う。
しっかり本人に確認して真実を確かめる奴だ。
こいつは完全な偽物だ。
「お前偽物だな!本物はどこへやった!」
「何言ってんんだ?坊主。俺が正真正銘のクツェルだぞ?」
「嘘だ!」
偽物の声なんか貸すわけにはいかない。
早く本物を助けないと。
「ヒトリア!早くクツェルを探しに行くぞ!」
「は、はい!」
王城に戻ろうとするとまたあの忍びがいきなり現れた。
「あなたはここに居てはいけません。早く、退きを」
「うるせー!早く本物のクツェルを出せ!」
「剣二様!」
荒れ狂う剣二を必死に抑えようとするヒトリア。
そんな光景に嫌気が差したクツェルがいきなり剣二を蹴り飛ばした。
彼の蹴りは強力で、口の中が切れ血が出てきた。
「剣二様!」
「ってー・・・!何すんだ!」
「俺の国で暴れるな、これ以上接触してこの国の生贄者の確率を上げるな」
「だから、俺は関係ない!どうしたんだよお前!お前が本当にクツェルなら人をこんな簡単に疑ったりしないはずだ」
彼は風の便りを鵜吞みにしないやつだ。
きっと誰かにそそのかされたんだ。
噂の根源を絶たなければ。
だが、彼の一言一句はそそのかされていない、本心から言っている物だった。
「いいか坊主。例え噂が嘘か本当かわからない時、最善を尽くす方を選ぶ。それが常識だ。」
「は?」
「ここでいう最善は坊主がここで出て行くことだ」
「だからその噂は嘘だって言ってるだろ!」
「剣二様!」
何が「確認を取るのが重要だ」だ。
めちゃくちゃじゃないか。
こいつの話は支離滅裂しすぎて理解に苦しむ。
「おい、嬢ちゃんを王城へ」
「かしこまりました」
「いや!やめて!」
「ヒトリア!」
「剣二様!」
ヒトリアの抵抗も虚しく、忍びと一緒に姿を消した。
「おい、早くヒトリアを返せ!」
「お前に嬢ちゃんといる権利はない!」
「ヒトリアは俺のパートナーだ!」
「そうか、なら嬢ちゃんは今日から俺のパートナーだ」
ーーああ、そうか・・・
こいつ、最初からヒトリア狙いだったのか・・・
こいつと会った日、モヤモヤした気持ちの正体は恐らくこれだ。
俺は、ヒトリアを狙うやつの目が気に食わなかったんだ。
そうか、最初から分かっていればこんなことにはならなかったのに・・・
「もう坊主にここにいては困る。さっさと消えてくれ」
ーーなんだろう・・・・今にでも怒りが爆発しそうなのに、なんでこんなに落ち着いているのだろう。
ああ、そうか・・・もう全部どうでもいいんだな・・・
ヘカベルでもペランでも俺は誰からも信用されない・・・
そして仲間は連れ去られた。
助けに行きたいが、圧倒的に力が足りない。
昨日のタガーの女も言ってたじゃないか。
実力が足りないって。
まさに今突きつけられているじゃないか。
もともと俺は何もない人間だったんだ。
この『刀』のせいで名声も力も信頼も、何もかも最初からなかったんだ。
一人で舞い上がって馬鹿みたいだ。
こんな人生はもううんざりだ。
俺に不利なようにしかできていないこの世界。
いっそぶっ壊してしまいたいぐらいだ。
そうだ、全部ぶっ壊そう。
どうせ失うのなら壊してしまった方がいい。
力をつけてこの世界を全てぶっ壊す。
それを邪魔する者はモンスターであろうと人間であろうと勇者であろうと全て排除する。
そして・・・
ーーコロス・・・・・・・・・・・・・・・・プツン。
剣二の心と感情を繋げていた神経が切れる音がした。
もう、お前らはこの世界には必要ない。
全てを破壊してやる。
そして、この俺自身が世界を作り変えてやる。
そうか、俺がこの異世界にいる意味はこれだったんだな。
ようやく、やるべきことが見つかった気がした。
「ふ、ふふふ。ハハハハハハ!!!」
「気持ち悪いな。早く出て行けよ」
「ああ、そうするよ」
世界を壊す。邪魔するものは排除する。
それだけを考え、ペランを飛び出した。
この時クツェルどころか、噂を流した本人さえ知る由もなかった。
後に彼が最凶になって戻ってくることを。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
無事に一章を完結させることができました!
これも読者の皆様のおかげです!
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