百三十一話 ヘルバトスは誤解を解きたい
「俺が『氷龍王』だということを少しでも信じてもらえたところで、ドレイニーに聞きたいことがあるんだがいいか?」
ヘルバトスはドレイニーに尋ねたいことがあった。
それは、大賢者テレナシアが亡き今、龍王探しを止めてしまうのかということだ。
ヘルバトスは『氷龍王』の魂が転生した、彼の意思を引き継ぐ者。
死した彼の魂が転生を果たしたとなれば、他の龍王の魂も転生を果たしているのではないかと考えた。
このまま『氷龍王』の魂だけが転生を果たしてたら目覚めが悪いのは間違いない。
なぜなら、『氷龍王』は裏切り者のレッテルを張られた龍王なのだから。
テレナシアがある日言っていたその『裏切り者』という言葉。
いくら説明を必要としなくても容易にわかることだ。
大賢者との対戦の日、龍王たちは死した。
その文字列を見ているだけでは、大賢者が龍王を殺したと感じ取れるが、それでは『裏切り者』のレッテルを張られたことに繋がらない。
そこでヘルバトスは自分の過去を重ね合わせた。
一番しっくりくる『裏切り者』の例は、やはりテレナシアに体を乗っ取られ、残虐に殺し回った例だろう。
その事例でしか、物事がうまく繋がりそうになかった。
どうしても彼らに一言謝りたい。
自分の不甲斐なさに彼らの命を奪ってしまってすまないと、その一言だけ。
ヘルバトスの真意を上手く汲んだドレイニーの答えは、
「確かに大賢者を殺すために龍王たちの力を貸してもらおうと考えてた。だけど、私の野望はそれだけじゃないんだ、だから龍王はまだ探すよ?」
「大賢者は昔の『氷龍王』の手で打たれた。一体ドレイニーはそれ以上の何を求めるんだ?」
「大賢者への復讐よりももっと大事なことだよ?私のもう一つの野望はヘルバトスが抱く野望ともしかしたら同じなんじゃないかな?」
「ドレイニー・・・お前まさか・・・」
頭が岩石のように固いヘルバトスでも理解できた。
そもそも、ヘルバトスが胸に抱く野望が明白だったために、理解が容易にできたと言えるが。
ヘルバトスがドレイニーの真意を探るように問うと、彼女は静かに野望を語った。
「私の野望。それはね、間違えたこの世界を正しい方向へ導くことだよ」
どう考えても、ヘルバトスたちが抱く野望と合致していた。
そうと分かれば話は簡単だ。
「ドレイニー、俺にも龍王探しを手伝わせてくれ。俺は彼らに謝らないことがあるんだ」
「分かった、龍王探しは手伝ってもらうよ。」
「それじゃあ・・・」
「だけど、君たちとは同盟は結ばない」
先に先手を取ったのは、ドレイニーだった。
話の流れ上、手伝う口実をつけて仲間に加えるのは簡易な手口だ。
それをドレイニーはヘルバトスが口に出す前に阻止した。
当然、断られれば理由を聞くしかないわけで、
「どうして?同じ目標に向かう同志だよね?だったら手を組んだ方が円滑に進められるんじゃ・・・」
ヘルバトスの意見はごもっともだ。
同じ目標を志す者が手を取り合えば、それだけ戦力が増強できる。
『六宝剣』の勇者と六純天使と渡り合うには、仲間を多く集めることが必要不可欠だった。
だからこそ、ドレイニーが断った理由が分からないのだ。
不思議そうな顔をするヘルバトスにドレイニーは優しく微笑みかけるが、その目は一切笑っていなかった。
「私がいつ大賢者を許すと言ったかな?私たちは今でも大賢者を憎んでいる。簡単に仲間になることはないと思うよ?」
「まあ普通に考えればそうか・・・わかった、とりあえずは龍王探しに協力するという形で良いかな?」
「ヘルバトスがそれで良いならいいんだけど・・・仲間にならないのに探してもらって迷惑じゃないかな?」
ドレイニーの意見は一理ある。
仲間にならない竜人に、手を差し伸べる必要は普通に考えてない。
仲間でない以上、気に掛ける必要がないからだ。
だが、それはあくまで上級貴族が考えること。
ヘルバトスは、そんな己の利益のために動く人間ではなかったのだ。
お互いに利を得られる関係。ヘルバトスはそのような関係性を望んでいた。
だから、この場におけるヘルバトスの解はすでに決まっている。
「分かっているかもしれないけど、俺はただ龍王たちに一言謝りたいだけなんだ。別に仲間になって欲しいとは思っていないよ?俺のしたことは卑劣極まりないことだと思うから仲間になってくれないと思う。でも、龍王たちがドレイニーの仲間になってくれたら俺も心強いから」
「どうして?どうして龍王たちが私の仲間になったら心強いの?」
「どうしてって、そんなのドレイニーが死なないで済むからに決まってるからじゃないか」
「!?」
ドレイニーの顔が一気に沸騰する。
頬はリンゴのように赤く染め上げ、ヘルバトスの顔をろくにみることができなかった。
そして、ドレイニーは一言言いながら背を向ける。
「この・・・やりちんが・・・」
「や、やりちん!?一体どういうことだよ!?」
「知らない!」
速足でヘルバトスの元から立ち去ろうとするドレイニーに、なぜそんな下品認定されたのか問いただすため、ヘルバトスは彼女の後を追いかけた。
その時ーーーー
ギャアアアアアアア!
何かに轢かれたように汚い声を上げたのは、ミーレシアに襲い掛かった猿だった。
声のボリュームからして、この声に気が付く者はいないだろう。
そう思ってたのだが、ドレイニーは猿の存在に目をくれることなく歩いていく。
--いやいや、嘘だろ!?
猿が攻撃の狙いをドレイニーに定めたところで、攻撃を仕掛ける。
だが、ドレイニーは未だ気が付いていない。
これは、いよいよまずい。
「ドレイニー!」
「ふぇ・・・?」
呆気に取られた声を放つと同時に、気が付けばヘルバトスに片腕で抱かれていた。
「!!!!」
リンゴの頬は更に紅潮し、基礎体温を大きく上回った。
そんなドレイニーに目をやることなく、ヘルバトスは猿に対して攻撃姿勢を見せた。
「さっさとこの場から立ち去れ!」
ヘルバトスはその場で複数回空気中を切り裂くと、『氷龍刀』を腰に据えた。
そう、スキル『氷衝波』を使用したのだ。
猿は『氷衝波』によって切り刻まれ、その姿を消失させた。
「とりあえず、これで大丈夫そうだな・・・」
「・・・・・・じゃない・・・」
「え・・・?」
腕の中で静かに収まるドレイニーが何かを言っているようだったが、小声で何を言っているのかが分からなかった。
ヘルバトスはドレイニーの言葉をしっかり聞こうと、彼女の顔に自身の顔を近づけた。
するとドレイニーはびっくりしたように肩を震わせる。
--下向いてるし、小声だから聞き取れないな・・・
ヘルバトスがさらに顔を近づけようとすると、突如ドレイニーは顔を上げてヘルバトスに言い放った。
「全然大丈夫じゃないだろ!このやりちんがー!」
ドレイニーはヘルバトスの顎に頭突きという一撃を食らわせた。
不意を付かれたヘルバトスは、咄嗟に顎を守ることができずにストレートで受けてしまい、痛みに耐えながらその場に倒れ込んだ。
「痛ってー!一体何すんだ!」
「ふんだ!やりちんがいけないんだ!このやりちん!」
「俺は別にやりちんなんかじゃ・・・」
「いや!ヘルバトスは女心を弄ぶやりちんだ!」
「誤解だ!?」
ヘルバトスに女性経験は一度もない。
生後からつい最近までは奴隷生活を送っていたので、経験が一度もないのは当然だ。
だから、ドレイニーがなぜやりちんだというのか全く意味が分からなかった。
「だってそうでしょう!恥ずかしいことを軽々と口にするし、女の子の柔肌を何の躊躇もなく触るなんて!この女たらし!やりちん龍王!」
「それは色々と誤解を招くからやめてくれ!?」
興奮状態に陥るドレイニーを何とかしないと、あらゆる方面で誤解が生まれそうだった。
--誤解はここで沈めなければ・・・!
これ以上の誤解は極力避けたいヘルバトス。
だが、時はすでに遅かった。
「え・・・うそ・・・やりちん・・・?」
ヘルバトスの体中に絶望が蝕んでいく。
ヘルバトスはゆっくりと声のする方へ目を向けると、そこには死んでいたはずのミーレシアがこちらを覗いている姿が。
ミーレシアの目からは光が消えせており、肩を震わせている。
どう見ても、精神状態が不安定になっている姿ではない。
まるで、恐怖で怯えているような姿だった。
--これは非常にまずい・・・!
ミーレシアの誤解を解こうとヘルバトスが彼女に近づこうとしたその時、彼の行動にドレイニーは黙っていなかった。
「このやりちん!女なら誰でも言い訳!?まさかメイシアちゃんにも手を出したんじゃないでしょうね!?!これ以上の被害者は絶対に出させない!」
「やりちんだ・・・やりちん・・・怖い・・・」
「これ以上、状況をややこしくするな!」
この後、ヘルバトスが二人の誤解を解くのに二時間の時間を有したのだった。
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