九十九話 愛称
パートナーという単語には、大きく分けて二つの意味が存在する。
一つ目は、何かしらの仕事を共同作業する時の相棒のことを指し、
二つ目が、配偶者のことを指す。
ゼクスシードの言う「パートナー」は、恐らく前者だろう。
いきなり配偶者になってくれと言われても、何がどうしてそうなったのかわからないし、それに加えてバルカンは既婚者だ。
それを彼女自身も重々承知の上で、パートナーになってくれと言ってるのだ。
だとしたら前者以外、考えることができない。
そうなれば、バルカンに拒否する理由はどこにもなかった。
バルカンは緊張で口を紡いでいるゼクスシードに笑って答えた。
「別に構わないぞ?」
「ほんと・・・ですか?」
「こんなことで嘘を吐く必要もないだろ?」
ゼクスシードは目をキラキラと輝かせながらバルカンの方を窺っていた。
ゼクスシードの悩んでいた問題は、その様子を見る限りバルカンが仲間になってくれるかどうかであると思われる。
だが、バルカンの悩んでいる問題は決してそこではない。
バルカンが悩んでいたのは、なぜこのタイミングでタッグ形式を採用したかだった。
恐らく、バルカンが不在の間に話し合われた会議で決められたことなのだろう。
だからこそ、その会議の内容を聞かなければならなかった。
バルカンは目を輝かせるゼクスシードに、
「なあ?どうしていきなり「パートナー」の話が出たんだ?」
「あ、それは・・・ですね・・・」
「敬語じゃなくていいよ。それにゼクスシードさんとは気さくに話せる間柄になりたいんだ」
「バルカンさん・・・」
「バルカンで良いよ。俺もゼクスシードって呼んでいいか?」
「それだと名前が長い・・・」
「そうだな、何か愛称とかないのか?」
「アイショウ・・・?」
どうやら、ゼクスシードは愛称という言葉の意味を知らないらしい。
首をかしげるゼクスシードに、バルカンは分かりやすいように例を出しながら説明することに。
「この例を挙げるのは正直気が引けるんだけど・・・会議の前にメネツェアが言っていたこと覚えてる?」
「あ、はい・・・何となく」
「あの「ハッスマン」見たいなのが愛称になるかな?」
「なるほど・・・」
ゼクスシードは自分の愛称でも探しているのだろうか。
指に顎を乗せて考えるゼクスシードにバルカンは、
「俺が決めてもいいんだけど・・・」
「いえ・・・もう決まった」
「はえーな」
そう言うゼクスシードは、眼が潰れるような笑顔で、
「ゼクちゃんで」
「ゼ、ゼクちゃん・・・?」
「うん・・・ゼクちゃん」
「ゼクじゃなくて?」
「ゼクちゃんで・・・」
バルカンの中では羞恥心が芽生えていた。
これが愛称となってしまえば、戦闘中においても何かの作業中にしてもこの名で呼ばなくてはならない。
さすがにこの愛称を呼ぶのは、正直恥ずかしかったのだ。
「ダメ・・・かな・・?」
ゼクスシードが上目遣いでバルカンの様子を窺う。
そんな捨てられた犬のような表情をされては、断りたいことも断れなくなってしまう。
だから、バルカンは断ることなく了承してしまったのだ。
今までに愛称を呼べる間柄がいなかったのか、飛び跳ねるように喜びを表現するゼクスシード。
その様子は「龍王」といえど、普通の女の子に見えた。
微笑ましいその光景を目にするバルカンにゼクスシードは、
「それじゃあバルカンはハッスマンでいいかな?」
「いや、それだけはやめてくれ」
「どうして?」
「ハッスマン」の正式名称は「ハッスル・マン」である。
意味はその名の通り、ハッスルしている男という意味で、メネツェアが毎晩美人嫁とハッスルしているバルカンを妄想して名付けた、ただの空想愛称。
恐らく、その嫁の部分をゼクスシードは耳にしていなかったのだろう。
だから、その「ハッスマン」に込められた意味合いなど知りもしないのだ。
「ハッスマン」の一単語を知る前にその意味合いの所から聞いてほしかった。
それがバルカンの切実な願いだったが、時間を戻すことなどできない。
シンプルに「バルカン」と呼んでくれて良かったのだが、愛称で呼び合うことで緊張せずに気軽に話せるなど、気の持ちようがかなり変わってくる効果があるのは理解している。
だが、「ハッスマン」ではない別の愛称となると、まずは「ハッスマン」の何がいけないのか説明をしなくてはならない。
自身の口から嫁とハッスルしてるからなど、バルカンは口を割いても言えなかったのだ。
不思議そうな顔でバルカンの様子を窺うゼクスシードに、バルカンはある提案をした。
「他の愛称とかないかな?「ハッスマン」だと少し言いづらいでしょ?」
「え、私はそんなことないけど・・・」
「俺が言いづらいんだよねー」
「自分のことを愛称とかで言うことあるの???」
「あるかもしれないだろ?だから言いやすい方が良いかなって?」
「なるほど・・・」
こんなことを言うのはゼクスシードに失礼だが、彼女がかなりの天然で助かった。
妻のエナ程ではないが、ゼクスシードもかなりの天然と言える。
しばらく悩み込むゼクスシードだったが、数分もしない内に何かひらめいた様子だった。
そしてゼクスシードはニコニコとした笑顔で、
「ハッスン何てどう?」
「いや、ハッスマンと差ほど変わってないよ!?」
「そうかな?でも大分言いやすくなったと思うよ・・・?」
「うぅ・・・・」
バルカンは先ほどの失言を取り消したかったが、何もかも手遅れだった。
今この瞬間にも、「ハッスル・マン」の本当の意味をゼクスシードに告げたいところだが、そんなことを話す勇気が持てない。
バルカンに打つ手はなく、了承する他なかった。
「これからよろしくね?ハッスン」
「ああ、よろしくな?ゼクちゃん」
二人の愛称が決まったところでようやく本題に入ることができる。
愛称決めで忘れ去られていたが、バルカンが聞きたかったのは、なぜ「パートナー」という話が挙げられたのかということ。
バルカンは、話の脈絡関係なしにゼクスシードに尋ねた。
「なあ?なんでいきなり「パートナー」制度ができたのか聞かせてくれないか?」
「それは、私もわかんない・・・・」
「え?じゃあなんでゼクちゃんは「パートナー」の話を持ち掛けてきたんだ?」
ゼクスシードの言っていることがイマイチよくわからなかった。
あの老竜人から命を下されたのではないのか?
それとも自分自身のそうしたいという意思なのか?
どちらにせよ、ゼクスシード自身が知らないというのはおかしな話だ。
一体「パートナー」はどこから湧いて出てきたというのか。
そんなバルカンの疑問も、ゼクスシード自身がしっかり解き明かしてくれた。
「国王様がそれだけしか言わなかったの・・・」
「それだけって、パートナーを作れってか?」
「うん・・・バルカンが倒れた後に、あのテレナシアって言う女の人が国王様と何か話てて、その後に国王様がパートナーを作れって一言言って会議は終わったの」
「なるほどな・・・・」
正直、陛下が何を思ってその決断に至ったのか理解ができない。
そもそも、大賢者と思われるテレナシアの依頼は堕天使の討伐だと絵本には描かれていた。
だが、龍王はそれを断った。
だから、龍王達は大賢者によって虐殺された。
バルカンがヘルバトス時代に積み重ねてきた情報だとそういう話になっている。
だが、テレナシアの依頼を了承している。
だとしたら、テレナシアが大賢者だという仮説は成り立たない。
何かが引っ掛かる・・・・・・
何かが引っ掛かるものの、その正体がわからない。
わからない以上、テレナシアを信じようにも信じきれない中途半端な気持ちだけが心に残ってしまう。
そんなバルカンにゼクスシードは今後の方針を話し始めた。
「とりあえずはテレナシアの依頼が分からない以上、下手に動く必要ないと思う」
「それもそうだな。何も言われてないのなら後日提示される可能性が高いしな」
「そうそう。だからそれまではいつも通りお休みで良いと思う」
そうと決まれば、さっそくお互い家に帰る準備を始める。
だが、その最中でバルカンの心の中で一つの疑問が急に浮上してきた。
バルカンは部屋を出て行こうとするゼクスシードに、
「なあ?一ついいか?」
「ん?なに?」
「ゼクちゃんはテレナシアの正体を知ってるか?」
この質問に対して「呪い」が発動しないのは恐らく核心に近づいていないから。
歴史を変えかねない場合のみに「呪い」が発動する。
その「呪い」の引き金になるワードはというと恐らく、「大賢者」だろう。
これだけ「呪い」を発動させれば嫌でも気が付く。
テレナシアが大賢者だとしても、そうでなくても「呪い」は発動しない。
「大賢者」というワードを口にすることが「呪い」に抵触するということなのだ。
それは、先ほどの会議での一件と家での一件で分かったことだった。
だから血がダラダラの件は、ただのバルカンの自爆というわけだ。
大賢者かどうかわからないテレナシアを勝手に大賢者と決めつけていたことが失態に繋がったということ。
そんなバルカンにゼクスシードは悩んだ顔で一言答えた。
「分からない・・・」
「そうか、引き止めて悪かったな」
「うん、それじゃあね?」
「おう、またな」
バルカンのその言葉を聞き届けたゼクスシードは扉の向こうへと消えていく。
一体、テレナシアは何者なんだ・・・?
テレナシアが何者なのか確信を持てない以上、心の不快感は取れそうになかった。
そしてその答えが導き出せないまま、バルカンは家路につくのだった。
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