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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅰ 闇に蠢くもの

「梅壺の大将」の後日談的話となります

 よく晴れたその日。

 薄暗い地下室がよく似合いそうなその男たちが集っていたそこは、彼らにはもっとも似つかわしくない観光客にも人気があるあの交差点を一望できる明るい音楽が流れるカフェだった。

「さて、今日は至急決めなければならない案件ができたためにお集りいただいた」

 会を緊急招集したテーブルを囲む五人の男たちのなかで一番の年長者であるその男が、年齢と険しい表情、そして、なによりもその話の内容にはあまりにも不釣り合いな生クリームたっぷりのイタリア発祥のパン菓子をコーヒーとともに頬張りながらその言葉を口にした。

「ちなみに、その案件はよい方か悪い方か?」

 ひとりの言葉にその男が苦り切った表情で答える。

「悪い。我々の組織の存続に関わるくらいに」

「なるほど。……ところで、ついているぞ」

 男の正面に座る彼が言葉と指で指摘したのは、頬についたクリームのことだった。

 男がそれをふき取るのを待ち、彼がもう一度口を開く。

「……では、身が清められたところで、その内容を聞こうか」

 少しだけ嘲りの成分が含まれる男の言葉にもう一度顔を赤らめた男が口にしたのは、前日男のもとに届いた名古屋に住むあの女性に関する情報だった。


「……つまり、その婆さんは蒐書官と取引でコレクションをそっくり奪われたということか」

「そうだ」

「金は?」

「取引と言っている以上、金は支払われたのだろう」

「では、正当な交渉の結果だろう。加えて言えば、奴らは強引だが金払いはいいはずだ」

「いや。どうやらそうでもなかったらしく、婆さんは支払われた金額に不満があるようだ」

「欲を掻き過ぎているのではないのか?」

「それがそうでもない。情報が正しければ支払われた金額は商品に対して一番高く見積もっても二割。下手をすればそれの半分だ」

「ひどいな」

「だが……」

「何だ。まだ続きがあるのか?」

「それは婆さんが取引で蒐書官を出し抜こうとして逆に言葉の隙を突かれた結果のようだ」

「……なるほど。そういうことか」

 そこまで聞いたところでつまらぬオチを聞かされたかのようにあからさまに落胆した表情を浮かべた彼が口を開く。

「蒐書官に喧嘩を売って命があったうえにいくらかでも金も手に入ったのならありがたいと思うべきだと思うのだが、あなたの言葉だとどうやら婆さんはそう考えていないわけだな」

「そう。そして、婆さんは蒐書官に報復するつもりらしい」

 その瞬間、嘲りの成分が多分に含まれる複数の薄い笑いが漏れる。

「……見ものだな」

「まったくだ」

「それで、婆さんは蒐書官への報復として具体的には何をするつもりなのだ?」

「警察への密告」


「……いかんな。それは」


 その言葉に続いてやってきた長い沈黙の時間の後にようやくその言葉を口にした彼だけではなく、それを聞いた者たち全員が同じ気持ちで渋い顔をつくり彼の言葉に頷く。

 ……どんなに頑張ってもその刃は蒐書官に届かないのはわかってはいるが、それでもその婆さんの報復には同情し応援をしたい気持ちはある。

 ……だが、警察に情報を流すとなれば話は別だ。

 ……なぜなら、それでダメージを受けるのは蒐書官ではなく我々日の当たらない世界で活動する商人たちなのだから。

 心の中で思いを吐露したところで、ひとりの男があることに気づく。

「……ところで、その情報はどこから流れてきたのだ」

「それはどういうことかな?」

「蒐書官どもが邪魔になった婆さんの処理を我々に押しつけているわけではないだろうな」

 ……なるほど。あり得るな。それは。

 彼を含む何人かは心の中で頷いたが、視線を集める年長の男は顔色ひとつ変えることなく面白くない言葉を面白くなさそうに口にする。

「情報は名古屋の木曽氏からのものだからまちがいないだろう。彼によれば抱えている顧客のひとりが婆さんに相談を受けたと木曽氏に情報を持ってきたのだそうだ。それに我々よりも遥かに強大な武力を持ち、きわめて好戦的でこのようなときの処置を日常茶飯事のようにおこなっている蒐書官どもが今回にかぎってそのような回りくどいことをする必要性などないと思うのだが」

「……まあ、それはそうだな」

「同じく」

 男が名を挙げた木曽とは全国にネットワークを持つ彼らの組織の中京地区の差配を任せられているその世界の重鎮のひとりである。

 さすがに重鎮の名を出されてしまっては確たる証拠もなしにその情報を疑うわけにもいかず、その話はそこで途切れてしまうのだが、実はその言葉はほぼ完全に真実を言い当てていたものだった。

 だが、組織の長が恩赦の言葉を口にしてしまったために手出しできず、やむなく別ルートからそれをおこなうことになったという蒐書官側の複雑怪奇な事情に彼らが辿り着けるはずもなく、続いてやってきた誰もが納得する蒐書官に関するきわめて常識的な言葉に全員が同意しあっさりと真実から遠ざかっていく。

「それよりも、それに対して木曽氏は何と答えたのだ」

「全面協力を約束し、それなりの者を向けるのでそれまでは絶対に動くなと」

「さすが。まさに完璧な答えだ」

「さて、どうするか?」

「それはもちろん……」

「まあ、待て。言いたいことはわかるが、結論を出す前に一応確認するがその婆さんを説得するという選択肢もある」

「いや。それはない」

 彼が念のために提示したそれに同意する者がいないのは、それがこの世界の掟というだけではなく、長年この世界で生きてきた彼らの経験からのものでもあったからだ。

 ……つまり、そのような考えを持った者はいずれことを起こす。

 ……だから、この世界の秩序を破る意志があると判断された者はたとえそれが誰であろうとも速やかに排除する。

 それはまさにあの日鮎原が少女に語った言葉を同じものだった。

 さらにそこにあらたな意見が提示される。

「では、蒐書官どもにこの情報を流してこのトラブルの種を蒔いた奴らにケリをつけさせるというのはどうだろう?」

「悪くはない。だが……」

「それで利益を得るのは我々であり奴らにはたいした利はない。それにどのようなルートでそれをおこなおうとも奴らなら我々がそれを流したことに気づく。そのような小細工は我々が奴らに大きな借りをつくるだけのことだ」

「そうだな。そして、その後に毟られるだけ毟られる。さすがにそれは遠慮したい」

 ……これでは大山鳴動して鼠一匹……も出ない。

 彼は心の中で自嘲し、それから口を開く。

「では、たいした代案もないようだし、いつものようにあの者たちに仕事を依頼するということでよろしいか」

 その言葉に全員が沈黙で返す。

 それが是という意味であることはこの会に参加している者全員が知るところであった。


「……おまえたちにまた仕事を頼みたい」

「……なんなりと。それで、今回の裏切り者とはどのような者かな?」

「我々の情報を警察に売ろうとしている名古屋に住む年寄りひとり。ちなみに、その婆さんは蒐書官どもから大金をせしめた直後だ。今回の報酬はそのすべてということにしておこう」

「ほう。それでその婆様が抱える金はいったいいくらなのかな?」

「二十億円と聞いている。多少は目減りしているだろうが足がつかないように大半は今でも自宅にあるはずだ」

「そのすべてを我々で分けてよいと?気前がよいことだが、その理由も聞いておこうか」

「言うまでもない。日頃仕事に見合った報酬を支払っていないのだ。たまにはこのようなこともあってもいいだろう。それに、それを払って我々の懐は痛まない。遠慮せずに受け取ってくれ。それと、相手は見かけ上は素人。必ず警察が動く。たとえどんなことがあっても我々にたどりつくことがないようにやってくれ」

「すべて承知した」


 それから一か月が過ぎたある日。

 神保町の建物の一室に現れたその男に彼女が訊ねる。

「鮎原。あなたに聞きたいことがあったのを思い出しました」

「なんなりと」

 主の言葉に彼女よりふた回りほど年長の男が恭しく答える。

「『梅壺の大将』の件で世話になった女性はその後楽しく暮らしているでしょうか?監視しているのでしょう」

「いいえ。監視はすでに終了しております」

 彼女の問いに対する男の言葉は意外なものだった。

 驚きを隠せない彼女はもう一度口を開く。

「……どういうことですか?」

「賊に押し入られ亡くなりました。ちなみに、監視していた蒐書官は賊の手伝いはしておりません」

「……ただし、妨害もしなかった?」

「そうですね。老婆を保護する義務も必要性もありませんでしたから」

「……その賊は何者なのですか?」

「警察発表がないのでなんとも……」

「わからないと?」

「あいにく追跡を指示していませんので……」

「……なるほど」

 ……先ほど、鮎原は賊の手伝いをしていないと明言した。

 ……それは嘘ではないだろう。

 ……つまり、蒐書官は犯行に加わっていないということだ。

 ……それにもかかわらず、普段なら絶対に指示をする尾行し賊が誰かを確認する作業を今回は怠った。

 ……この男にかぎってそのような手抜きはありえぬことだ。

 ……つまり、それをおこなわなかったのは追跡しなくても賊、もしくはそれを操るものが誰であるかを鮎原は知っていたということに他ならない。

 ……では、それは誰なのか?


 ……優秀な日本の警察が辿り着けないほどのきれいな仕事をする者を抱え、あの女性の関係者でそれをおこなう必要がある組織など、私たちを除けば日本はおろか世界でもひとつしかない。


 ……そして、そうなるとその理由はあの時の言葉ということか。

 ……つまり、そういうことなのですか。

 彼女は一瞬よりも少しだけ間を開けてから再び口を開く。


「……手間をかけさせましたね。鮎原」

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