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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅳ 奇跡の大三角形 

「ロイヤルワディ写本」の後日談的話になります

「……ひどい目にあった」

 東京都千代田区丸の内。

 日本の政治の中心地が一望できるそのホテルの一室で、その男は今日一日に起きたことをふり返っていた。

 いや。

 ふり返りたくはないが、滲み出すように思い出されるというのが、彼の心情に即した表現であろう。

 前日深夜、一足先にエジプトから帰国していた「すべてを癒す場所 第二工房」の責任者である「ギザの女主人」こと如月麗から突如電話があり、時間指定で銀座に来るように指示があったことからそれは始まる。

 もちろん彼はその要件を確認したのだが、彼女の簡素な答えは「もちろん仕事です」というものだった。

 だが、現地に行って初めてわかったその仕事の内容といえば、彼女が購入した商品の荷物持ちその他諸々、つまり雑用だった。

 当然のようにプライドの高い彼はその役目を拒否したのだが、そこで彼女は一年前の出来事を持ち出して彼を脅す。


「あなたは私を口説きました。どんな恥知らずでも顔が真っ赤になって裸足で逃げ出すくらいのあの恥ずかしい言葉で。もし、私に従わないのであれば……」


 屈辱だった。

 たしかにその言葉は一分の狂いのない事実である。

 事実ではあるが……。

「よりによってなかったことにしたいあれをネタに脅すことはないだろう。しかも、今頃になって」

 彼は苦虫を百匹ほど嚙みつぶしたような顔で言葉を続ける。

「だいたい、あの時けんもほろろだっただろうが」

 では、これを機会に彼女との関係を深めようとするのかといえば……。

「それだけは絶対にない」

 もちろんその理由とは、あの時侮蔑の言葉とともに瞬殺された屈辱に加えて、今日の下僕のような扱い。

 彼女に対する熱は完全に冷めていた。

 だが、それよりも大きな理由が彼の心のなかにあった。

 それは……。

「自分の理想に近い、いや、完全に一致した人をついに見つけた」


 彼が求める理想の女性像。

 それは、まず元エジプト学者という彼自身と同じとはいかなくてもある程度の考古学的知識を持ち、古代エジプトへの深い愛情がある人物。

 加えて、それに特化されず幅広い知識があること。

 もちろん、女性としての魅力が十分にあること。

 そして、そのような条件をすべてクリアしたという彼がいう理想の人物とは……。

 天野川夜見子。

 つまり、彼の主である。

 もちろんこれは彼の一方的な想いであり、さらに言えば、もし夜見子に対して主以上の感情を抱いているふたりの上級書籍鑑定官にこのことが知られれば、彼は「不遜な者」として彼女たちの制裁リストの上位に載せられ、速やかに実行に移されることになるのはまちがいないだろう。

 だが、彼が自らの主とおつきあいしたいなどと身分不相応なことを妄想している件については、残念ながら彼女と付き合う数段階前である今このときですでに破綻していると言ってもいいだろう。

 なぜか?

 その言葉を聞いてまず思い浮かぶのが、これから彼が進もうとしている道には、彼ら蒐書官どころか、その主天野川夜見子の、そのまた上位者である立花家と対立関係にある桐花家の当主桐花武臣というトンデモない大物がすでに歩いていることだろうが、これについては必ずしもその理由とはならない。

 もちろんどう贔屓目で見ても彼がライバルである武臣よりも有利と思われるのは年齢が若いことと彼女と同じ陣営にいるというぐらいしかない。

 だが、それでもこと恋愛レースに関しては、そのような傍から見れば圧倒的と思える格差であっても、それを乗り越えることがいかに雑作もないことなのかは、庶民から神話の世界にいたるまでの恋愛史をみればあきらかである。

 では、それよりも大きな理由とは何であるかといえば、実はその決定的な理由は彼女の側にあった。

 彼女は異性にまったく興味がない。

 それどころか、彼女にとっての特別な存在は同性である。

 つまり、そういうことであり、それがその答えである。


 だが、話はそこで終わらない。

 まず、一年前に言い寄った彼を瞬殺し、忘れた頃になってそれをネタにして脅し、買い物につき合わせた如月麗であるが、実をいうと、彼女は最近あることがきっかけになって彼をお気に入りに昇格させ、銀座の一件は彼女なりのお誘いだったのだ。

 だが、不慣れも手伝いその誘い方には少々問題があったうえに、思ってもみなかった彼の抵抗によってつい地が出てしまい、結果彼の目には彼女の行為は単なる嫌がらせにしか見えないという、関係を深めるどころか、もはや終焉の幕引きをしてしまったような予想外の事態に陥っている。

 そして、その彼が急激に熱を上げ始めた主天野川夜見子だが、彼女が異性にはまったく興味がないということは前述のとおりである。

 さらに、彼の想い人である夜見子が特別な存在としている立花家次期当主の少女であるが、驚くべきことに、彼女は立派な彼氏持ちだった。

 そう。

 つまり、この三人の想いはすべて一方通行であり、三角関係すら成立しないという奇跡の構図が出来上がっていたのである。

 ちなみに、誰もがまったく報われないという奇跡の大三角形とでも呼ぶべきその構図を構成する三人であるが、実は少女に年の離れた彼氏がいることを知っている夜見子を除くふたりは自らが置かれた状況をまったく理解してなかった。

 そのため、このあとも恋愛成就のためにふたりは強風が吹き荒れる荒野をあらぬ方向へと突き進むことになるのだが、それがこの絶妙な関係によってできあがった三角形にどのような影響を及ぼすのか?

 もちろんそれは誰にもわからない。

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