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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅲ 麗しの女子会

「ロイヤルワディ写本」の後日談的話となります

 東京都千代田区丸の内。

 多くの新幹線の始発駅となるJR東京駅。

 その丸の内側に建つレンガ造り駅舎から皇居へと延びる行幸通り。

 運が良ければ、着任した大使が天皇に信任状を提出する「信任状捧呈式」と呼ばれる儀式のために皇居に向かう馬車列に出会うことができるその道の先にその場所はあった。

 ガラス張りのレストラン。

 近くの五つ星ホテルが経営するそこで今、若い女性……。

 と、本人たちはそう主張しているようなのだが、その意見をそのまま採用するには少々審議が必要といえる年齢、いわゆるアラフォーと呼ばれる女性たち三人が楽しく食事をしていた。

 そこにさらにもうひとり。

「遅い。大恩人である私たち先輩を待たせるとはいい度胸だ」

「まったくです」

「言っておくけど、ここは日本なのだから三十分遅れはオンタイムなどというエジプト式言い訳は通じないわよ。きついお仕置きを覚悟しなさい」

「……しゅいましぇん」

 アルコールの香りが程よく漂う三人からの厳しい言葉が飛ぶ中、年齢不相応の精いっぱいかわい子ぶった言葉とともに申し訳なさそうに席につく彼女の名は如月麗。

 言うまでもなくエジプトに拠点を構えるあの工房の女主人である。

「遅れた理由は男か?」

「意気地なしの麗ちゃんにかぎってそれはない。寝坊でしょう」

「違いますよ。神保町に挨拶にいったのですが、例のふたり組に絡まれてしまい、それで少々……いえ、大幅に遅れてしまいました」

「素直でよろしい。ところで遅刻の原因をつくったその無礼なふたり組って誰よ?」

「千佳子。あれよ。上級書籍鑑定官とか名乗っている落ちこぼれの女蒐書官」

「なるほど。麗ちゃん。随分変なのに睨まれているのね。それで、どうしたの?」

「もちろん黙らせてきました」

「殴って?」

「違います」

「じゃあ、ロケット弾か」

「もうその話は忘れてください。優しく諭して納得してもらいました」

「つまり、また論破し恫喝してきたの?」

「まあ、そうとも言います」

「本当に鮎原さんは大変だ。引きこもりの小娘だけではなくあんな者たちの面倒までみなければならないのだから」

「……まったくです」


 久々の再会、それにアルコールの力もあり、箍がはずれた四人の話はより深く進む。

 もちろん周辺は護衛が囲み、本人たちも声の大きさにはそれなりに気はつかってはいるのだが。

「麗ちゃんは今回も随分活躍したみたいね」

「たしかに発見されたパピルスの数はありましたがたいしたことはないです」

 彼女は照れながらそう言うものの、これはあきらかに謙遜の域を超えている。

 なにしろ発見された数百の断片を繋ぎ合わせて短期間に読めるものにしたその功績は驚くべきものなのだから。

 もちろんこの場にいる女性たちは彼女とは所属こそ違うもののすべて各工房のトップかナンバーツーであり、そのようなことは十分にわかっていたのだが、あえてそれに触れることはなく流れに身を任せる。

 彼女の言葉は続く。

「それよりも柳泉さんのほうは何か特質すべきことはありましたか?」

「特に。ただ仕事熱心な蒐書官たちのおかげで暇ではないわね。この前も山ほど源氏物語の写本が回ってきたし。でも、楽しそうなことがあったというのであれば、千佳子のほうに訊ねるべきだと思うわよ」

「……『すべてを写す場所』で何かあったのですか?影向さん」

「まあね。ヨーロッパの博物館所蔵の逸品のレプリカを大量につくった。もちろんSクラスのやつ」

「つまり、当地の蒐書官が商品の入れ替えをおこなったということですか?」

「それ以外の理由でそのクラスのレプリカをつくるのはそうそうないわね」

「それはそうですが……」

「まあ、持っている技術のすべてを使うのは実に楽しかった。そして、私たちがこうやって楽しく仕事ができるのも鎌倉の御大と鮎原さんのおかげではあると言える。乾杯」

「そこまで持ち上げるのなら呼んであげたらよかったのに。『すべてを生み出す場所』の支配人箕口隼士氏を。女子会と謳っていない以上男性が参加してもよかったのよ」

「そうですよ。それに、あの方は影向さんのファンではないですか?」

「一応、部下である七瀬が爺様に声をかけたけど断られた。研究が忙しいとかで」

「はい。あっさりと断られました」

「あらら。つまり、すでにフラれていたのかい」

「それにしても簔口さんは本当に好きですね。仕事」

「それはお互い様という気もするけど。少なくても仕事一筋の麗ちゃんには言われたくないと思うわよ」

「まったくだ」


 そして、話はいかにも女子会らしいあの話題へと移行する。

「ところで、麗ちゃん」

 その話を切り出したのは、彼女の直接の先輩で元上司でもある「すべてを癒す場所」第一工房長の柳泉さくらだった。

「結婚式はいつになるのかな?」

「いつになるのかよりも、まず予定そのものがないのですが」

「遅い。遅すぎる。いつまで待たせるのじゃ。新調したパーティードレスが入らなくなったら請求書をまわすわよ」

「まったくそのとおり」

「ですが、相手がいないことには結婚はできませんのでもう少しお待ちを……」

「だから、そこがいかんと言っている。どうせ、結婚が人生のすべてではないとか考えているのでしょうが。そういうことは結婚してから言えと言いたい」

「まったくです。食わず嫌いの麗ちゃんには困ったものです」

「いえいえ、決してそのようなことは考えておらず、本当に相手がいないというだけで」

「では、高望みしすぎだ」

「たしかに自分がトップにいる工房内で結婚相手を見繕うのは少々考えものだけど、エジプトにはそれ以外にも独身の蒐書官も数多くいる。しかも、在エジプトの蒐書官はイギリスに駐在している連中とともにエリートとされている。そんな男どもから選り取り見取り、選び放題という好条件にもかかわらず何を手間取っているのじゃ」

「それに海外の蒐書官は危険手当もあって給料はとんでもなくいいのだから自由に使える経費もあわせれば八桁後半だよ。普通のサラリーマンで八桁後半もらっている人はそうはいないよ」

「まあ、それでも私たちの十分の一くらいだけど。それに結婚した蒐書官はほぼ国内に異動させられるから給料が減る」

「でも、自分より給料のいい人を日本国内で選ぼうとしたらプロ野球で一番貰っている人だけに絞られますよ。千佳子さん」

「ムムム、それはあかん」

「たしかにあかんな。そもそも野球選手では私と話が合わないではないか」

「それに顔がいい男も少ないです」

「ヘルメットを被っているので将来の頭だって不安」

「それは全部非常にあかんやつだ。やはり、結婚相手は収入ではなく外見で選ぶべきだな」

「そのとおり」

「というよりも、皆さんはすでに結婚しているではないですか」

「相変わらず気が利かないな。麗ちゃんは。現実逃避をしたいときもあるのだよ。乙女には」

 ……乙女?元、乙女ではないのですか?

 もし、薄く笑みを浮かべた彼女が呟いたこの言葉が聞こえていたら、先輩たちは声を揃えて「乙女と名乗る年齢に上限はない」と主張しただけではなく、「それを言うのならおまえさんも同類だ」と合唱し、多勢に無勢、彼女は盛大にやり込められていたのだろうが、幸か不幸か、肴役である彼女の内なる声は届かず、何事も起こらないまま先輩たちの陽気な言葉はさらに続く。

「まあ、いい。そういうことで、これから麗ちゃんが好みの男性タイプを発表します。みなさん拍手」手に持っていたワイングラスを一気に空にした「すべてを写す場所」のトップが第二幕の口火を切ると隣の女性ふたりが大きく頷く。

「パ、パワハラですよ。それは」

「いやいや私たちは皆同格。だからパワハラにはあたらない」

「でも、年上ではあるわけですし……」

「四捨五入すればそれも同じじゃ」

「同じじゃ」

「あきらめが肝心じゃ。なんなら、これでさっきの遅刻をチャラにしてやってもよい」

「それとこれとは……」

「同じじゃ」

「そう。同じです」

「……そうですか。では、その言葉を忘れないでくださいね」

「お、おう」

「……これは珍事。まさかの落城」

「まったくです」

 彼女の言葉に三人の先輩が驚いたのは、以前ならどれだけ不利になってもこの手の要求に乗ることなど絶対になかった彼女があっさりと白状することに同意したからなのだが、彼女はそうした理由。

 もちろんアルコールの量がレッドゾーンに入り始めた先輩たちを止める必要があったことも理由のひとつではある。

 だが、一番の理由は別、つまり彼女自身の心境の変化があったことだ。

 少しだけ顔を赤らめた彼女が口を開く。


「それでは聞いていただきましょう。私の理想の男性像を」


 翌日の銀座。

 前日に酔っぱらった彼女が勢い余って理想の男性として実名を挙げてしまったその男はそこにいた。

 彼女の荷物持ちとして。

 もちろん前日に何が起こり、そうなったかなど知るはずもないその男は自らが置かれたこの悲しい状況を盛大にぼやく。

「……昨晩突然の電話で呼び出されたと思ったらこれだ。護衛がふたりもついているのなら彼らに持たせればいいのに」

 彼女によく聞こえるように言ったそれには当然のようにお返しがやってくる。

「清水君。あなたは馬鹿なのですか?いいえ。そのような簡単なこともわからないのですから馬鹿以外の何物でもないですね」

「言ってくれますね。では、伺いましょうか。その簡単という理由とやらを」

「護衛の方に荷物を持たせたら、いざというときに役に立てないでしょう。その点あなたは荷物を持つくらいしかできない無能。無能な暇人を荷物持ちとして利用するのは当然のことです」

「無能とは失礼な。そもそも私があなたの買い物につきあう理由がわかりません。たしかにあなたは組織上私より上席だ。ですが、勤務時間外には職権は及ばない。これはあきらかに職権乱用だ」

「いいえ、今は勤務時間ですし、勤務時間であれば上に立つ者が下の者に職務上必要なことを命令するのは当然持つべき権限ですし、昨晩のうちにあなたを荷物持ちとして使うことを鮎原さんにも新池谷さんにも許可は取っています。つまり、あなたはそれを仕事としておこなう義務がある。それに何度も言いますがあなたが暇人ではないですか。暇人であるあなたに私の荷物持ちという身分不相応な重要な仕事を与えたこの私にあなたは泣いて感謝すべきなのです」

「暇人ではありませんよ」

「いいえ、あなたは暇人です。私が保証します。それに……」

「な、何ですか?」

「一年前にあなたは私を口説きました。忘れもしないどんな恥知らずでも顔が真っ赤になって裸足で逃げ出すくらいのあの恥ずかしい言葉で。今思い出しても聞いている方が恥ずかしくなるあの時の言葉はエジプトに帰ったら何かの拍子に誰かに教えたくなるくらいのレベルです。そういえば、エジプトに戻ったらすぐに新池谷さんに会います。今までは黙っていましたが、もしかしたら、そこで口が滑ってポロっと出てしまうかもしれません。そのようなことが起こってもよければ今すぐ職務放棄しても構いませんが。どうしますか?」

「それは……」

「どうしました?」

「それだけは……ご勘弁を」

「では、私の従者として荷物持ちを続けますか?」

「……はい」

「よろしい。では、仕事をさせてもらえることを感謝しながら仕事に励んでください。それから、昼食場所は護衛の方を含めた全員分の予約を入れてあります。もちろん支払いは清水君です」

「マジですか?こういうときは……」

「男性が出すものです。常識です」


「……厄日だ。今日は絶対に厄日だ」


「麗ちゃん。その男を気に入った理由を教えてくれる?」

「まあ、面食いである私の基準でも合格に入るレベルですし、何よりも彼には特別な才があります」

「特別な才?それを言うのなら、蒐書官は皆持っているでしょう」

「いいえ。彼のものはそのようなものとは別の、完全に異界の能力。彼の才に比べたら蒐書官のそれでさえ普通なものに見えてしまいます。私がつきあう相手に望むものはそのような才なのです」

「なるほど。才ある者は才ある者を愛すということだね」

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