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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅳ 強者の資質

「新字」の後日談的話となります

 東京都国立市にある高級洋菓子店「ソハーグ」前で小さな事件が起こってから二日後の深夜。

 その店から三十キロほど東にある千代田区神田神保町に建てられたビルディングの一室で、三人の男女が配下の者たちによって集められたあの日の出来事を収めた映像を眺めていた。

 ちなみにその三人とは闇画商木村恭次の妻である木村真紀こと嵯峨野真紀が参加できないため、この建物の主と真紀を除くふたりの幹部という顔ぶれとなっている。

「どう思いますか?」

「いいではないですか。本来我々がおこなわなければならないことを肩代わりしてやっていただいたのですから」

 主である女性の問いに年長の男が薄い笑顔とともに答える。

 ……つまり、相手にはたいした意図はないということですか。

 表面には出ない言葉の意味を理解した彼女は頷き、もうひとりの幹部である女性に視線を向ける。

「美奈子さんの意見は?」

「他人の庭先で堂々とやってくれたものだという思いはありますが、これについては私も鮎原と同意見です。ですが、本当によかったのですか?あの者たちに『輝く日の宮』を教えてしまって」

「もちろんですとも」

 やや消極的な疑念を言葉にした北浦美奈子の問いに即座に答えたのは彼女がその声が聞きたかった主ではなく形式上は同格の存在である鮎原だった。

 もちろん気分を害した彼女の言葉はいつも以上に厳しくなる。

「どうせあなたのことです。つまらない策略を考えたのでしょう。そのくだらない話を聞いてあげますからわかるように話してみなさい」

 年長者に対するものとは思えぬその言葉に怒るでもなく何事もなかったかのように男は一度主を眺め、彼女に許可を得ると、丁重にふたりの女性に頭を下げてから説明のために口を開く。

「夜見子様にはすでに説明をしているわけですが、もう一度話をさせていただきます。美奈子さんの懸念通り表面上は敵を懐に引き入れたこの形は相手が一方的に利を得たように見えますが、実はそうでもないのです。もっとも身近なものから説明しますと、あの店主がつくる菓子は間違いなく本物であり、いずれ桐花武臣氏の知るところとなります。もちろん、そうなった場合に彼が起こす行動もおおよそ想像できます。今回の件はその際に彼と無用なトラブルにならぬようにあらかじめ夜見子様から彼にあの店の菓子を贈り物として届け、かの店は我々の保護下にあることを宣言しておいたのです。こうしておけば、ほぼ確実に起こる武臣氏の希望を店主が拒んだときにも彼や彼の店に害が及ぶことはありませんから」

「なるほど」

 その女性が口に出したのはそれだけだった。

 だが……。

 ……よく考え、練り込まれている。

 ……さすがは元橘花幹部会首座。

 女性は心の中で、彼我の実力差を見せつけられた口惜しさを滲ませながら感嘆の言葉をあげた。

 負けを認めるその言葉を口に出すことができず押し黙る女性をしばらく眺めていた男だったが、やがて言葉は続く。

「さて、ここからが美奈子さんの言うところの謀略に属するものとなります。最初は彼の能力の確認です。美奈子さんも桐花家当主が持つ異能は知っていますね」

「もちろんです。顔を合わせ話すことによって相手を無意識化で従わせるとかいう無礼極まりないものでしょう」

「発動条件等はよくわかっていませんし、無礼かどうかもわかりませんが能力の概要はそのようなもののようです。この能力は支配者としての彼にとって非常に便利なものであるはずなのですが、彼はどういうわけか出し惜しみを繰り返している。それは彼と話したおふたりを見ればわかる。特に美奈子さん。あなたの場合など本来なら秘密を守るために使うべきところにもかかわらず、彼は何もせずそのまま帰した。結果として貴重な本は我々のもとにやってきたわけですが、そのことは彼の能力には無制限に使うことを躊躇う何かしらの枷があると考える根拠になっています」

 男の言葉にその女性が頷く。

「なるほど。あなたの言いたいことはわかりました。ですが、それと今回の件はどう関係があるのですか?」

「もし、彼があの菓子のすばらしさに惚れ込み独占したいと考えたらどうすると思いますか?」

「能力を使って店主を操る」

「そういうことです。しかも、店主である紘一郎氏はいたって普通の人間でそのようなことに対する耐性があるわけではない。私が彼なら、我々の契約を反故にして彼の配下に入るように宣言させる。そこまでいかなくても我々と同等の条件を桐花家に与えるように指示します。ですが、そうするためにはしなければならないことがある」

「店主と会わなければならないことですね」

「そういうことです。ところが、紘一郎氏はあの性格だ。顔を合わせ話すことができる機会は容易にはつくれない。だが、その気難しい紘一郎氏も菓子を購入するために来た客とは話す機会がないわけではない」

「つまり、店頭で菓子を購入したときがその狙い目ということですか」

「そういうことです。そして、彼は店に現れた」

「だが、実際には何もなかった。今日までに計三回店を訪れ、いくらでもチャンスがあったにもかかわらず。と、あなたは言いたいのですね。ですが、それは私たちが監視していたからではないのですか?」

「その可能性はゼロではないのですが、その目的で来ているのであれば躊躇わず実行するでしょう。彼はそういう男です」

「ということは、その気は最初からなかった。つまり、あの男は『輝く日の宮』の購入目的で国立市に出向いたということなのですか?」

「能力の発動現場を見たかった私にとっては残念なことですが、そういうことになります。ですが、それとともに、これでハッキリしました。彼の能力にかかる枷は内容や難易度ではなく回数制限。ですから、代替方法があるものにはそう簡単には使えない。しかも、今回はともかく美奈子さんにも使用しなかったところを見ると、もしかしたら、使用回数の限界が迫っているのかもしれません」

「なるほど」

「さらにつけくわえるならば、武臣氏の能力は対象者本人やその周辺人物を傷つけるという行為を要求できないと思われます。これは先日の一件で彼は邪魔者である武久氏に対して蒐書官たちへの先制攻撃はしてはならないと能力を使って指示したわけですが、なぜそのときに能力の効果が確認できる武久氏に対して本人に自死の命令を出さなかったのかという根本的な疑問の答えにもなります。それから、もうひとつ」

「まだあるのですか?」

「こちらは能力というよりも武臣氏の為人ということになりますが、彼はやはり古代から続く名門一族の当主を務めるだけの器を持った人物といえます」

「それは随分評価が高いですね。その理由も聞きましょうか」

「彼は必要な場合にはどれほどの非道な手でも躊躇なく使う男です。ですが、そうでない場合には市井の人以上に社会規範に則った行動をおこなう」

「その根拠は?」

「美奈子さんは、先日のご婦人方のような行動が自分の目の前でおこなわれたらどうしますか?」

「当然実力行使。その無礼者を完全排除したうえに死にたくなるような罰を与えます」

「潔癖症な美奈子さんならまちがいなくそうするでしょうね。ですが、彼はそれをしなかった。それをおこなうだけの力があるにもかかわらず」

「目立つからではないのですか?結局警察を動かして排除したわけですし」

「そうですね。ですが、あれは多少強引ではありますが、あくまで法に則ったものであり私的制裁ではありません。さらに菓子を買うために自ら部下とともに行列に並ぶ行為も同様に彼の資質を示していると思われます。つまり、彼は自分が強者の側の人間であることを自覚している。だが、それと同時にそれをむやみにその力を振りかざすことのないように自制する精神も持っている」

「それについてはあなたも同じでしょう。鮎原」

 それはそれまでふたりの会話を聞いていただけだったふたりの主からのものだった。


「蒐書官は自らに与えられた目的を遂行するために必要であるのなら、この世界に存在するいかなる違法行為もおこなわなければならない。ただし、それ以外については自らが持つ力や権限を行使し不当な利益を貪るような悪しき社会人ではあってはならない。これはあなたの言葉であると私は記憶していますが違いますか?」


「そのとおりです。夜見子様」

「つまり、あなたが蒐書官たちに常々語っている理想の強者が持つべき資質というものを彼は完全な形で持ち合わせているということなのですか?」

「そういうことになります。そして、それは尊敬に値すると同時に最大級に警戒すべき人物でもあるということも示しています。同じ強者でも感情のままに動く者や欲の皮が極限にまで突っ張った者たちとはまったくの別人種である彼のような人間はつまらぬ小細工では絶対に倒せない。当然如何なる場合においても彼を甘く見てはいけない。一瞬でも気を抜いたらその瞬間我々は敗者に甘んじる。そのことを肝に銘じて彼と渡り合わなければなりません」

 そこまで言った彼は、出されてからまったく手をつけていなかった冷たくなったコーヒーをようやく口にした。

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