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アマルナ境界碑ステラT

 エジプト中部にある遺跡アマルナ。

 観光国であるエジプトであるが、名前自体はよく知られているにもかかわらず一般の観光コースから外れた遺跡がいくつもある。

 ここアマルナもそのひとつである。

 古代エジプトに興味を持つ者にとって有名なツタンカーメンの父である異端の王アクエンアテンが建設し短期間で放棄された幻の都アマルナは魅力的な場所であることは間違いない。

 だが、それにもかかわらず、ここを訪れる者が驚くほど少ない理由のひとつはここに辿り着くことが困難とは言わなくても、それに近いものはあるからである。

 さらに、長い時間をかけてやってきても、それに見合うだけの見栄えのする遺跡が残っていないことがやってくる観光客を少なくしている。

 そのような事情で有名ではあるものの、観光客が少ないアマルナなのだが、短期間のパッケージツアーを利用してエジプトを訪れることが多い日本人と限定すればそれはさらに落ち込み、ここを訪れる日本人グループは一年間を通して数えても両手で収まる程度の数しかいない。


 だが、その言葉に抗うかのように、この地を毎日通い続けている風変わりなふたりの日本人がいた。

 もちろん彼らは蒐書官であり、名を西野紘一と河合裕樹という。

 そして、彼らふたりをアマルナに引きつけているものが、境界碑と呼ばれる崖の岩肌にアクエンアテンの宣言が刻まれたステラである。

 現在確認されている境界碑は十五。

 そのひとつステラUは見どころの少ないアマルナ観光の目玉のひとつとなっているのだが、不思議なことに境界碑目当てでアマルナにやってきているはずの彼らは、それに対してさして興味を示すことはなかった。

 なぜか?

 それは彼らがこうしてここに足繁くやってきていたのは、これまで発見されている境界碑とは別の、はっきりいえば、まだ発見されていない新しい境界碑を見つけるためだったからである。


 実はこのふたり、過去にそれまで知られていなかった境界碑を発見していた。

 約百年ぶりに新しく発見された境界碑ステラH。

 呼び名をつけたその研究者が発見したときに基壇以外はそっくり失われていたその境界碑だが、それより一年ほど前、砂に埋もれていたそれをふたりが発見したときには比較的良好な状態で残されていた。

 それがどうしてそのすべてが失われていたのか?

 言うまでもない。

 人知れず切り出されそっくり持ち出されたのだ。


 その当事者であるふたりがその品物を積んだ船の上で交わしていた会話がこれである。

「普通の人がやればこれは盗掘と呼ばれる所業になるわけですよね。西野さん」

「いや。それは違う。誰がやろうが今回の行為は世間では盗掘という。ただし、それだけのことだ。もしかして君は自分がおこなったことに対して自責の念に苛まれているのかな?」

「いいえ、まったく」

「すばらしい。それでこそ誇り高き蒐書官だ。我々蒐書官は夜見子様から指示された書籍を見つけ、それを夜見子様に届けるためにこの世に生を受けた者。万が一そのような世間のつまらぬ常識などで行動が掣肘されるようでは存在する理由がない。さて、蒐書官にその基本を語るつまらぬ能書きはともかく、これで日本に持ち込まれた境界碑はステラFと合わせて二基目となるわけだ」

「はい。まあ、正確を期して言えば、境界碑は書籍ではありませんが。ところで本当にまだありますかね?」

「こればかりは何とも言えないな。夜見子様もわからないと言っているくらいだから。とにかくあるかないかをはっきりさせなければならないだろう。そのためにまた毎日何十キロも歩き回ることになるのだろうな。その日のためにしばらくは英気を養おうではないか」


 ステラHが公式に発見されたときには、日本での休暇を楽しんでいたそのふたりが再びアマルナの地に姿を現したのは今から二か月ほど前のことだった。

 先輩蒐書官が口を開く。

「そういえば、我々が見つけたあれはステラHと命名されたそうだな」

「そのようです」

「前回は予備調査の段階でそのステラHを見つけてしまったわけだが、今回こそが本命だ。心して探すぞ。河合君」

「もちろんです。たしかステラSからアクエンアテン王墓とステラUを経由しステラXに至る空白地帯、その中でも特に可能性が高いのがステラSとアクエンアテン王墓間にあるワディにまだ発見されていない境界碑があるというのが夜見子様の見立てでしたね」

「そのとおりだ。ところでエジプトに入ってからずっと気になっているのだが、君はやたらうれしそうにみえる。それはどのような理由なのかな」

「実は……私は仕事以外にアマルナでの楽しみがあるのです」

「なるほど、そういうことか。では、私も白状しよう。実は私にもあるのだ。アマルナでの楽しみが」

「ちなみに西野さんの楽しみとは何ですか?」

「もちろんタマルヒンディーだ。なにしろあそこにある茶屋のタマルヒンディーはエジプト一の飲み物と言ってもいいくらいの絶品であるからな。君もそうではないのかい」

「やはりわかっていましたか。エジプトを離れていた間もあれの味を忘れたことはありませんでした。早く飲みたいものです」

「まったくだ」


 そして、それからしばらく経ったその日。

 ふたりは砂山からそれを掘り出すことに成功した。 

「見つけたな」

「はい。やはり私たちの捜索方法は間違っていませんね」

「というか、そこは夜見子様のアドバイスどおりというべきだろうな。そのステラは砂に埋もれている。だが、これまで発見された境界碑の状況から、その周辺には必ず多数の土器片があるはず。だから、土器が散乱している場所を探せという夜見子様の言われるとおりだったのだから」

「さすがですね」

「さて、どうしたものかな」

「と、言いますと?」

「まあ、これをそっくり日本に持ち帰るのは当然だが、やはりステラHのようにそれが存在した痕跡くらいは残すべきなのだろうな」

「そうですね。いや、絶対にそうするべきでしょう。そうでなければこれは永久に知られることがありませんし、その結果この境界碑に我々が希望するステラTという名称をつけてもらえなくなりますので」

「そうだな。ところで、この境界碑は我々の希望通り後世ステラTと呼ばれることになると思うかね」

「位置を考えれば十分可能ではないでしょうか?可能性としてはステラWということも考えられますが」

「そうだな。だが、それを考えるのは我々の次にこれを発見した学者となるわけなのだから、我々が思い悩んでいても仕方がないことだ。とにかく、まずは新池谷さんに連絡して回収班を派遣してもらうとにしよう。歴代最高の保存状態で見つかったこの境界碑を日本に運ぶために」

「そうですね。とりあえず未来のステラT。いや、ステラ立花の発見に乾杯」

「乾杯。だが、生ぬるいミネラルウォーターでの乾杯。しかも相手が君というのはまったくもって残念すぎる。町に戻ったらもう一度乾杯し直すとするか」

「では、そのときはタマルヒンデイーでお願いします」

「当然だ」

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