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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅱ 乙女の戦い

「ヴァイキングの航海日誌」の後日談的話となります

内容的には本編で語られなかった話といったものになりますが

 東京都千代田区神田神保町。

 その一角に聳える天野川夜見子の城。

 その一室でふたりの女性が対峙していた。

 ひとりはたった今成田から戻ってきたこの建物の主である彼女の側近上級書籍鑑定官北浦美奈子。

 そして、もうひとりは……。

「お久しぶりです。木村夫人」

 その女性が幾重にも意味がある笑みを浮かべながら口にした「木村夫人」とは、言うまでもなく闇画商木村恭次の妻を指す。

 木村真紀。

 それが彼女の名である。

 ただし、それには「表向きは」という言葉がつく。

 そして、より重要なのはその名を本人が名乗ることは滅多にないということだ。

 もちろんそれらはすべて理由があり、しかもそれはあるひとつの事象に帰結する。

 いうまでもない。

 彼女は目の前にいる女性とともに上級書籍鑑定官という地位をある嵯峨野真紀と同一人物ということだ。

「真紀とお呼びください。北浦さん」

「いえいえ。そうはいきません。私たちはそれほど深い付き合いがありませんのでそのような礼を失することはできません。木村夫人」

「あなたね……」

「アハハハ」

 すべてを知るふたりの主はその会話のあまりのおかしさに笑いを抑えられない。

 涙を流して笑い転げる。

 だが、それを笑えない者ももちろんいる。

「北浦様。彼女の言葉が何か気に入らないことがあったのならお許しください」

 そのかわいそうな人物とは、なんといえない微妙な雰囲気を察知し仲裁を申し出ている夜見子に呼び出されてやってきた闇画商で真紀の夫でもある男である。

 事情がまったくわからない彼にとってこの会話は笑うどころか、その会話ひとつひとつが針の筵なのである。

「心配なさることはありませんよ」

 出てもいない汗を拭きまくるこの男の哀れな姿にさすがの夜見子も見かねて声をかけると、彼女を一方的に言葉の暴力で甚振る美奈子が真っ黒い笑みを浮かべて続く。

「そうです。私はただおふたりがあまりにも仲睦まじいので嫉妬しただけですから。そういうことで本当に悪気などないのですよ。木村夫人」

「だから、真紀と」

「いえいえ。そうはいきません。木村夫人」


 内情を知っている者にとっては笑い話以外のなにものでもふたりのこの会話。

 その原因はふたりの主がある依頼をするために闇画商を自らの城に呼び寄せたことから始まる。

 夜見子はその際に妻である真紀も同席させるようにつけ加えていたのだが、形式上の夫である木村恭次からそれを聞いた彼女はもちろん即座に断った。


 ……冗談ではない。

 ……隣にいる美奈子や鮎原に笑いものにされるなどまっぴら御免です。


 いわば、当然の反応であり、普段ならこれで終了となるところである。

 ところが……。

「天野川女史からは依頼する仕事の関係で必ず君を連れてくるようにと念を押されているので一緒に来てくれることを是非お願いする」

 闇画商からの再びの求め。

 一度は恭次がつまらぬ考えを起こしたのではとその言葉を疑ったものの、それまで夜見子からの呼び出しにひとりで出かけていた恭次がそのようなことを突然思いつくとは考えられない。

 それに加えて自分が嫌がっていることを執拗に求めるというのもこの男らしくもない。


 ……ということは、夜見子様からの呼び出しは本当のことか。

 ……そういうことなら仕方がありません。


「わかりました」

 それは「渋々」という音がはっきりと聞こえそうな承諾だった。

 だが、ここで彼女の頭の中にひとつの疑問が浮かぶ。


 ……なぜ?


 その正解を最初に言ってしまえば、夜見子がそう指定したのは愛する妻の前で依頼すればその男はいいところを見せようと最大限の努力をするに違いないと読んだから。

 いわば、業務上の必要性からおこなわれたわけなのだが、彼女の頭に思い浮かんだのは主とは別の人物の顔と理由だった。


 ……間違いない。これは美奈子の思いつきだ。

 ……おのれ、美奈子。今度会ったらお尻を五週間跡が消えないくらいにきつくつねってやる。


 企画、脚本、演出、そして出演、すべて北浦美奈子。

 普段の自分の言動を棚に上げた彼女の中で、これは同僚によるイタズラから生み出されたものであると断定された。

 もちろん事実は違っているのだから、美奈子にとってそれは完全に濡れ衣となるはずなのだが、ことはそう簡単ではなかった。

 実は成田で夜見子にその策を披露された美奈子は大いに喜び、「木村真紀」である彼女を盛大に歓迎ための入念な準備をおこなっていたのだ。

 つまり、結果だけを見れば、彼女の心の声は正しかったということになる。

 そうして必然のように起きたそれはその日に起きた多くのことに比べれば取るに足らないものであったのだが、「事実は小説より奇なり」を地で行くような実にほほえましい出来事ではあったとはいえるだろう。

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