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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅶ 彼女の覚悟

「前方後円墳の設計図」の後日談的話となります

内容的には本編で語られなかった話といったものになりますが

「それについては認めるわけにはいかない」

 やや強い口調でその言葉を口にしたのは十五歳の孫がいるとは思えないくらい若々しい男だった。

「おまえの言いたいことはすべて理解した。だが、それを許可するわけにはいかない」

 男の言葉が一段落した直後、今度は女の言葉が始まる。

「承知しております。なにしろ、当主様より許可なく手を出すなと言われている一族との交渉許可ですので」

「それがわかっていてなお願い出るとはどのような了見だ」

「その男が持っているものはそれだけの価値のあるということです」

「つまり引く気はないということか」

「はい」

 その激しいやりとりは九尾武久との交渉許可を得るために立花家当主のもとを訪れていた彼女と立花家当主とのものだった。


「……わかった」

 それからさらに十分後、まず折れたのは男のほうだった。

「だが、九尾武久との交渉をおこなうにはまず一族の当主である桐花武臣の許可を得なければならない。そうなれば、おそらく奴はおまえとの面会を要求する」

「構いません」

「だが、それこそが難関なのだ。なにしろ奴は本物のバケモノなのだから」

「バケモノ?」

「もう少し言葉を加えれば、危険な能力の持ち主だ。聞いているだろう。奴が持つ能力の名を」

「『神の見えざる手』。ですが、それが実際にどのようなものかを私はまったく知りません。どのようなものかとお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。奴の能力。それは『自らと目を合わせ、会話をした者の意志を奪い、呪縛を受けた者は無意識のうちに奴に操られる』というものだ。もっとも、わかっているのはここまでだ」

「ちなみに対処方法は?」

「あれば苦労はしない。ただし、何かしらの発動条件と使用制限はあると思われる。そうでなければ奴を中心とした一族が今の地位に留まっているはずがないからな。ちなみに、そのほかに相性というものがある」

「相性?」

「理由はわからないが呪縛の影響を受けつけない者が少なからずいる。そして、幸運なことに奴が先祖から引き継いだ能力は立花家の血を引く者とは非常に相性が悪いらしく我々は呪縛の影響を受けないことがわかっている」

「それはよろしゅうございました」

「とにかく、そのようなことで一部の例外を除けば奴は誰でも僕にできるのだ。もちろんそれはおまえも例外ではない。そして、今現在一般の人間ができる唯一の対抗手段は、奴と会話をしないこととなっている」

「なるほど。すべて承知しました」

 彼女は頷く。

 だが、口にしたのは諦めとは無縁の言葉だった。

「では、改めてお願いします。九尾武久との交渉許可を」


 ……策がない中で罠の中に飛び込むというのか。


 男は唖然とする。

 いや、それは表面上のことであり、心の内で彼は別の言葉を発していた。


 ……やはりそうなるのか。


 男の口が動く。

「おまえは自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「もちろんです」

「もしかして、奴の能力に対抗する手段でも見つかったのか?」

「まさか。当主様でさえ見つけられないことを私などが見つけられるはずがありません」

「では、どうするというのだ?」

「もし、交渉の場で私がその男の呪縛に囚われた場合には遠慮なく始末してください」

「始末?つまり、殺せということか」

「そういうことです」

「夜見子。そういうことを簡単に言うな」

「いいえ。言わせてもらいます。常日頃蒐書官たちに死地に立たせておきながら、自らは身の安全のために目の前にある手に入れるべきものを諦めるなど上に立つ者にあるまじき行為と考えます。それにあの品は命をかけるだけのものなのです」

「心地よい言葉だ。一見するとそれは尊き言葉のように思えるが、実は大きな間違いであり、私に言わせればそのようなものは自己陶酔の極みでしかない。ハッキリ言おう。自らの命を慈しまない者は他人の命も軽く扱うものだ。そして、それは組織をまとめる者が現に慎むべきものでもある。そのうえで今後のために忠告する。手に入れる最適な機会はいずれ来る。それを待つのが賢明な者のおこないであり、目先の利益に囚われ焦る者は必ずことをしくじる……」

 だが、結局譲歩したのは再び男のほうだった。


 交渉許可と桐花家当主への口利きの約束を手に嬉しそうに屋敷を出る彼女を見送る男の隣に立つもうひとりの男が皮肉交じりの言葉を口にする。

「親父は本当に夜見子に甘いな」

「私は女性全般に甘いのだ。順菜と博子だけを溺愛するおまえとは違う」

「そのようなことを自慢気に言うな。それでどうする?さすがにこのまま無策で夜見子を送り出すというわけにはいかないだろう」

「そうだな。手をこまねいてただ橘花の秘宝である夜見子が伏魔殿に乗り込むのをただ眺めているなど最悪の上の最悪の手だ。当日は由紀子に命じて彼女の直属部隊に奴の屋敷を取り囲むように配備させる」

「奴にこちらの意図がよくわかるように?」

「そういうことだ。指一本彼女に触れたら身を亡ぼすと見せつければ奴だってうかつに手を出すまい。総指揮はおまえに任せる。それにしても……」

 男はすでに見えなくなった彼女をまだ見えるかのようにして呟く。

「相変わらず頑固だな。夜見子は」

「それが欲しい本という場合は絶対に引かないというのは最初に会ったときのままだ」

「まったくだ。頑固者同士だから日野の爺さんと夜見子は馬があるのだろうが、そのおかげで周りはいつも迷惑する。困ったものだ。もっとも、時々見せるあのじゃじゃ馬娘ぶりが蒐書官たちの忠誠心を高めているのは間違いないのだろうが」

「俺は時々後悔する。夜見子を博子の家庭教師にしたことを」

「朱に交われば赤くなるか。だが、青は藍より出でて藍より青しということわざもあるぞ。博子と夜見子の関係はまさにそれだとは思わないか」

「知らんな。それに、その言葉は俺に対する皮肉のようで嫌いだ。それから、可能性は低いとはいえ実際夜見子が囚われの身となった場合の対処についても考えておく必要があるだろう。どうする?」

「もちろん本人の希望を叶える。組織を守るためだ。当然だろう」

 大柄の男は自分の父親にあたるもうひとりの男を見やり、こともなげに口にしたその言葉が本気のものだと確認するとため息をつく。


 ……つまり、躊躇なく殺すということか。


「なるほど。そこが親父や博子が俺とは違うところだな。たいしたものだ」

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