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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅵ 神の見えざる手

「前方後円墳の設計図」の後日談的話となります

内容的には本編で語られなかった話といったものになりますが

 とても都心にあるとは思えない木々に覆われた広大な敷地に建つ黒レンガ造りの洋館。

 その日、立花家の当主が住むこの洋館を訪れていたのは天野川夜見子の側近のひとりである鮎原進だった。

 もちろん自らすすんでやってきたわけではなく招かれたのだ。

 いや、この洋館の主との関係にふさわしい表現をすれば、呼びつけられたと言ったほうがよいだろう。

 もっとも、洋館の主と鮎原は天野川夜見子が蒐書官を統べる立場になる以前には直接的な主従関係にあり、日本にいるときには毎日のようにこの館にやってきていたのではあるが。

「久しぶりだな。鮎原。と言っても、数か月ぶりではあるのだが」

「当主様もお変わりなく」

 過不足ない挨拶をしながら、彼は現在は形式上間接的な主となる人物の隣に座る同席者に軽く目をやる。


 ……当主様だけではなく、この方が同席するということは、つまりそれなりの要件ということか。

 娘にその地位を奪われ次期当主になり損ねた当主の息子。


 立花家の主要な決定はこのふたりに孫娘を含めた三人の合議で決められているのを彼は知っている。

 三人のうち次期当主である孫娘がこの場におらず、さらに現在彼が補佐役を務める天野川夜見子が呼び出されていないということは……。


 ……夜見子様に聞かせたくない話だということか。

 ……つまり、あの一件に関わることだろうな。

 彼が心の中で呟くあの一件とは、もちろん明日おこなわれる夜見子と桐花家当主の会合のことである。


「最初に言っておけば、それほど難しい要件ではない」

 彼よりも少しだけ年長の男は、彼の心を見透かしたようにそう言葉を口にした。

「夜見子の補佐役であるおまえに少々確認しておきたかったことと、頼みがひとつあるだけだ」

「承知しました。なんなりと」

 もちろんその言葉ほど簡単な要件ではないことはわかっているのだが、それ以外には答えようのない彼は無難な言葉を返し、目の前に座る男はそれに頷く。

「では、まず訊ねる。おまえは桐花家当主が持つ怪しげな力についてどこまで知っているのか?」

 この世界は現実と科学が支配し不思議なことも怪しげな力も存在しない。

 それがこの世の常識である。

 だが、目の前の男が口にしている言葉はそのようなこの世の理に反している。

 彼は実際には起こるはずもないそのことに思いを巡らせ、軽く笑みを浮かべる。


 ……万が一、この方が口にした今の言葉を聞く機会を得られても、多くの者は空想上の世界の話をしているのだと思うことだろう。

 ……だが、それは自らに見える世界がそのすべてだと信じる愚かな者の思考。

 ……そう。

 ……この世界にはそのような力は実在する。

 ……そして、この世界を本当に支配しているのはそのような能力を持つ者たちなのだ。


 心の中でそう呟いた彼が口を開く。

「もちろん私は彼と相対したことがないので私が知っていることが真実かどうかはわかりません。それでよろしければお話しますが」

 その言葉に男は再び頷くのを確認し、彼がもう一度口を開く。

「会話をした者を支配し、自分の意のままに操ることができる『神の見えざる手』という能力を所有している。それが私の知る彼の能力です」

「なるほど。それで、おまえはその話についてどう思う?」

「その能力について説明した内容が正しいかどうかは別にしても、桐花家当主はこの世にあってはならぬ何かしらの力を手にしていると思われます」

「根拠は?」

「もちろん当主様が桐花家に手出し無用としている点です」

「なるほど。裏口に根拠を求めたか。だが、結論から言えば、おまえの情報はほぼ正しい。では、重ねて問う。当主にそのような能力があるにもかかわらず、あの一族は今のような日陰者の生活を送っているのはなぜだと思う?」

「おそらくその能力を使うことを躊躇う大きな枷、つまり厳しい制約の類があると思われます」

「たとえば?」

「有効時間、人数、難易度など色々考えられますが、一番可能性が高いと思われるものはやはりそれを使うことへの対価ではないでしょうか?それを使うたびに寿命が縮むというような。これであれば気安く使うことはできますまい。ただし……」

「ただし?」

「桐花家当主はそのような能力を使わなくても相手を従わせるだけの十分な実力を持っていると思われます」

「評価が高いな」

 息子が漏らしたその言葉に父も続く。

「まったくだ。だが、鮎原の言葉はおおむね正しい。さて、それを踏まえてここからが本題だ。明日あの男は夜見子に対して対価を払いその異界の力を使うと思うか?」

 彼は少しだけ考える。

 もちろんすでに結論は出ていたのだが、彼が時間をとったのはその考えに齟齬がないかを確かめるためだ。

「三分七分といったところでしょうか。もちろん三分が使う確率です」

「つまり、おそらく使わないということか。使わないとした理由は?」

「それを使って夜見子様を操ったことが発覚した場合には橘花との全面衝突は避けられません。そのリスクを覚悟してまでおこなうくらいに手に入れたいものが彼にあるのかどうか。それが分岐点になると思われますが、残念ながら私にはそれが思い浮かばなかったので三分としました」

「夜見子にはそこまでの価値はないということか?」

「というよりも、そのような力を使わなくても自らの目的は達成できると考えているでしょう。私が手に入れた情報では桐花家当主は自らの交渉能力にかなりの自信があるようなので」

「そこまでスラスラと答えられるとはこの問答があることを想定していたな。ということは、あの男が要求してくるものも想定しているのか?」

「もちろんです」

「それは何か?」

「内部情報と言いたいところですが、通常方法で夜見子様からそれを引き出すことは無理でしょう。彼が要求するのはおそらくライバルの排除。具体的な対象になるのはごく身近な者」

「つまり、おまえがターゲットになると思っているのは簒奪を公言しているという義理の兄か。そういえば、夜見子が狙いをつけているものを持っているのもその男だったな」

「そのとおりです」

「それについての対処方法は?」

「受けるべきかと」

「そうだな。それがいいだろう。ただし、後で言いがかりをつけられぬように奴が主犯に近い共犯になるように色をつけておくように」

「承知しました」

「それからもうひとつ。それが頼みということになるのだが、会談直後迎えに行き、おまえの目で直接夜見子が奴の術中に陥っていないか確認してもらいたい」

 ……やはり。

 もちろん彼はその言葉があることを予想していた。

 だが、いざそれを聞くと胸に苦みを帯びた思いが充満していくのを感じる。

 彼はわかっていた。

 その言葉の先にあるものが何かということを。

 そして、それは当然のようにやってくる。

「万が一、そうだった場合はいかがいたしますか?」

 彼の問いに男が答える。

「決まっているだろう。夜見子が奴の手中に落ちたと判断した場合には……」


「殺せ」

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