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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅴ 深淵を覗き見る者

「前方後円墳の設計図」の後日談的話となります

 桐花武臣からの交際申し込みに対する天野川夜見子の返答がおこなわれた翌々日。

 彼女の部屋を彼女よりひと回り以上年長の男が訪ねていた。

 彼の名は鮎原進。

 蒐書官がおこなう大規模なオペレーションの大部分に関わっている彼女の側近である。


「今日はあなたにいくつか訊ねたいことがあって来てもらいました」

 コーヒーと紅茶、それにこの組織の関係者にとっては馴染み深い高級洋菓子「輝く日の宮」ふたり分をテーブルに置いた書籍鑑定官の若い女性が退室すると、その会話は始まった。

「その訊ねたいこととはいったい何でしょうか?」

 コーヒーをひと口含んだ男はそう訊ねるものの、もちろん彼は目の前に座る主が自分に何を訊ねたいかなど承知のことだった。


 ……いくつかということは、問いは複数なのだろうが、そのひとつは間違いなく桐花家当主の恋文に対する主の決定に私が異議を唱えなかった理由。


 そして、彼女が問うたものは彼が心の中で口にしたものと同じ内容だった。

 男は少しだけ笑みを浮かべながらそれに答える。

「男女の色恋沙汰に口を挟むほど私は無粋ではありません」

 確かにそれは正論である。

 だが、男がそのような事情だけで意見を差し支えることなどない。

 それをよく知る彼女はさらに言葉を続ける。

「それだけですか?」

「と言いますと?」

「美奈子や真紀の言葉を借りれば、『すべてのものを策略の道具にする』あなたが、たとえ主のことであるとはいえ、その程度の理由で相手の秘物を根こそぎ奪うチャンスを素通りするとは思えません。私はそれを口にしなかった本当の理由を訊ねているのです。もちろん気づかなかったなどという言葉は認めません」

「なるほど」

 頷いた彼はもう一度コーヒーカップに手を伸ばす。

「つまり、夜見子様は自らが下したあの決定は失敗だったと思っているのですか?」

「そういうわけではありません。私自身はあの男とつきあいたいなどと一ミリグラムも思っていませんから。ですが、私たちの利益のためにつきあうべきではないかという意見もあってもよかったのではないのかと思っているのも事実です」

「そして、その言葉を口にする役を担うのは私であると」

「そういうことになります」

「その役を放棄した理由を述べよ。つまり、そういうことですね」

「そのとおりです。もっとも、私に言われなくてもそれくらいのことはあなたにはわかっていたとは思いますが」

 男は頷き、口を開く。

「わかりました。では、お話させていただきます」


 その言葉とともに男の表情は変わる。

「最初に言いましたが、私はこの件に関しては男女の色恋沙汰で片付く一件だと考えています」

「相手があの桐花武臣であっても、ですか?」

「もちろん」

「理由は?」

「彼は夜見子様を縛る枷を手に入れているにもかかわらずそれを行使せず、この世界に住む権力者にとっては極めて一般的な方法で交際を申し込んできている。それはすなわち彼がこの件に損得勘定を持ち込まないと決めている証拠です。ただし、こちらが相手の恋愛感情を利用して利益を得ようとすれば話は別です。相手も容赦しない。そうなれば、勝ち負けは別にしても、我々も修復しがたい人的被害を受けることを覚悟しなければなりません。お嬢様がわざわざやってきたのも、我々が目先の利益に目が眩み、先ほど夜見子様が言及したような小細工を施さないかを監視するためだったと思われます。そして、お嬢様にはそのようなことがおこなわれようとした場合に軌道修正する役割も与えられていたと思われます」

 もちろん彼は知っている。

 少女と彼女の護衛役の女性がここにやってきた真の理由がそれとは別であることを。

 そして、それと深く関係あるものこそ彼が夜見子にその提案をしなかった本当の理由でもある。

 だが、それについてここでは何も口にせず、彼はさらに言葉を続ける。

「とにかく、もう結果は返信を出してしまったのですから、それでいいではありませんか。もっとも……」

 そう言ってから男は少々意味ありげな笑みを浮かべた。

「すべての力を封印してまで交際の申し込みしてきた武臣氏があのような色気の欠片もない短い手紙で夜見子様を簡単に諦めるとは思えません。間違いなくこの先もコンタクトはあるでしょうから、この話をしておくことは無駄にはならないでしょう」

 男のもっともらしい言葉に彼女は頷く。

「なるほど。その件はとりあえず了解しました。ところで、もうひとつ聞いておかなければならない重要なことがあります」

「伺いましょう」

「私にどこかおかしい部分はありますか?」

 主のこの言葉は彼にとって意外なものだった。

「……それはどういうことでしょうか?」

「もちろんあの男と会話をした私は気づかないうちに操られてはいないかということです。実を言うと不安なのです」


 ……なるほど。そういうことですか。


 自らの問いに返ってきたその言葉に彼は驚いていた。

 それと同時に安心もした。


 ……そう思えるのなら問題はない。

 ……もっとも、やってきたお嬢様が何もアクションを起こさずに、お帰りになった時点でケリはついていたのだが。

 ……ただし、次も大丈夫だという保証はない。

 ……無粋ではあるが、やはりハッキリと言っておくべきか。

  男は心の声を飲み込むと、何事もなかったかのようにその言葉を口にする。


「それについては私が保証します。夜見子様は桐花家当主の呪縛とは無縁です。いつもとまったく変わりません。ただし、今後はどうなるかはわかりませんので、たとえどれだけ素晴らしい男であっても桐花家当主とはお会いにならないほうがいいでしょう」


 男の言葉に彼女が微笑む。

「そうさせていただきます」

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