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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅰ もうひとりの鬼才

「前方後円墳の設計図」の後日談的話となります

時系列的には前日談的話ですが

 現在より四年と少しだけ遡ったある日。

 その日、「古書店街の魔女」こと天野川夜見子が護衛を務める多数の蒐書官とともに姿を現したのは、彼女の城がある神保町から四十キロほど西にある建物の前だった。

 その周辺は牧歌的な情景が広がっており、無機質な建物が並ぶ都心とはまったく違う雰囲気を醸し出していたのだが、彼女が仰ぎ見るその建物はその風景に溶け込むことを拒絶するかのように異様な外観を誇っていた。


「それにしても何度見ても悪趣味な建物です。まあ、死にかけの年寄りがまもなくお世話になる墓石と思えばギリギリ我慢ができますが」

「ふん。何が墓石だ。そもそもおまえごとき貧困な感性の持ち主に私の高尚な趣味についてとやかく言われる筋合いはない」

 いつものように目の前にいる相手によく聞こえるように、その建物を盛大にこき下ろした彼女の嫌味にすぐさま倍返しのような言葉を返してよこしたのは、彼女よりふた回り以上年長と思われる男だった。

「もっとも引きこもりのおまえにこの建物の美しさなどわかるはずがないのだから、そういう言葉が出るのも仕方がないところだ。美を愛でる心がないとは実に哀れなものだな」

「半分棺桶に足を突っ込んだ生きた化石の分際で言ってくれますね」

「それはこっちのセリフだ。人様のことを言う前に自分の年齢不相応な恥ずかしい服をなんとかしろ」


 日野誠。

 それが現在夜見子と言い争い中の老人の名である。

 夜見子と同じ組織に属し、そのグループの建設部門のトップに君臨するその男は「建築に関するすべての神に愛されている」と評される異才の持ち主であり、それに相応しい実績と名声を手にしていた。

 だが、この男は強烈な、いや、劇薬とでも言ったほうが似合いそうな強い個性の持ち主だった。

 当然その性格のため公私両面で多くの者とぶつかるわけなのだが、少なくても仕事の面では彼はその実力で相手をねじ伏せるのが常であった。

 さらにつけ加えれば彼は人嫌いとしても有名であり、重要な要件を持ってやってきた数少ない来訪者を理由もなく追い返すことも珍しいことではなかった。

 その人嫌いの男が、こうしてわざわざ彼女を出迎えるために屋敷の外にまで姿を現したのは彼女と幼稚な口論をするためではない。

「さっさと屋敷入れ。そして見せてもらおうか。その驚くべきものとやらを」

 この日、男が彼女を出迎えた最大の理由。

 それは彼女が大事そうに抱えていた箱の中身だった。


「見てもらいたいものとはこれです」

 屋敷の応接間に通された彼女が箱から取り出し、テーブルに広げたのは一片の紙きれだった。

 男はそれを丹念に眺めると、おもむろに口を開く。

「これはどこで手に入れたのだ?」

「知らない。私が橘花の一員になるよりも前のことであることだけは確かです」

「記録は?」

「ない。おそらく何かに紛れ込んだのでしょう。それよりも、あなたはこれが何かはわかるのかしら?」

 彼女の言葉に従うように、男はそれをもう一度眺めると確信するように頷き、ぶっきらぼうの見本のように答える。


「……まあな」


「本当に?」

「当たり前だ。おまえは私を誰だと思っているのだ。というか、おまえもこれが建築に関わるものであり、そうなれば私にはこれが何かがわかると思ったから、わざわざここまでやってきたのではないのか?」


 ……図星か。


 男の言葉に悔しそうに黙り込む彼女のその表情がすべてを語っていた。

「素直でよろしい。さて、おまえの質問に答える前にひとつ確認しておきたいことがある」

「何かしら?」

「これはいつの時代のものなのだ?おまえにならわかるのだろう?」

「もちろん。飛鳥時代。西暦でいえば五世紀後半から六世紀初め。紙の質を考えたら国産という可能性もあり、そうであった場合、真実を知る者、いいえ本当の真実を知らぬ者がこれを手にすれば、この紙自体が日本の歴史を書き換える逸品と言い出すようなものです」

「……なるほど。つまり、本物ということか」

「何がどう本物なのですか?」

「おまえにはわからないのか?」

「わかったらここになどこないでしょう。それでこれは何が書かれているのですか?もったいぶらずに白状しなさい」

「わかった」

 もう少しじらしたい気持ちはあったものの、それを早く口にしたい気持ちがそれを上回った彼が口を開く。

「では、教えてやる。これは古墳をつくるための指南書。つまり、古墳の設計図だな」

「古墳の設計図?」

「ただし、サービスで答えるのはここまでだ。これの完全コピーを渡す気があるのなら、もう少し詳しく教えてやってもよいがどうする?」

 もちろん答えは聞かなくてもわかっている。

「さっさと言いなさい」

「それはすなわち私の要求に応じるということだな」

「そうよ。だから早く教えなさい」

 普段から老人と会話するときには早口になる夜見子だったが、いつも以上の速度となる理由はあきらかだった。

 それを知る老人は皮肉交じりの笑みを浮かべる。

「相変わらず気の短い女だ。いいだろう。先ほどこれが古墳の設計図と言ったが、ここに書かれた数値と図像によってさらにわかることがある」

「何?」

「これは前方後円墳をつくるための指南書だ」

「つまり、この数値が当てはまる古墳を探せば特定できるわけね」

「そうなる。ただし、常人がそれをおこなうとなれば相当な知識がある者でもかなりの時間を使わなければできない。最初に言っておくが、おまえが抱える蒐書官どもにそれをやらせるのは無理だ」

 ここまで言うと老人の笑みは急激に黒味を増す。

「ただし、今後発見した古墳の設計図のコピーもすべて無償で差し出すというのなら、私が特定してやってもいい」

「ちなみに時間はどれくらい必要なの?」

「すぐ。つまり、この場で教えてやる」

「嘘だったら殺しますよ。……いや、あなたが建築に関して嘘を言うはずがない。いいでしょう。その申し出を受けます」

「まず、これは群馬県にある前方後円墳である八幡塚古墳の数値と同じだ。そして、ありがたいことにわずかに残されたものに記されたこの図像は八幡塚古墳の特徴と合致している。つまり、これは八幡塚古墳をつくる際に使用された設計図だと思って間違いない」

「そのようなものが残っていたことも驚きですが、古墳をつくるための設計図があったのはもっと驚きです」

「そうか?私は設計図が存在したことには驚かないが、断片でもその一部が残っていたことには非常に驚いた。蒐書官が早く新しい発見をしてくれることを望む。ところで、他の部分が残っていないか、書庫を念入りに探したか?」

「当然」

「まあ、そうだろうな。ということは、結果は空振りということか」

「そうなるわね」

「夜見子よ」

「何?」

「期待しているぞ」


「まかせなさい」

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