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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story Ⅱ 紙幣の透かし絵

「メンドーサ絵文書」の後日談的話となります

実際は、前日談的話ですが

 ドイツの首都ベルリン。

 高級ホテルの近くにあるチョコレートショップ。

 その日、そこに併設されたカフェに場違いにも見えるふたりの日本人の姿があった。

 ひとりはホテルを住居代わりに使用しているヨーロッパ大陸の蒐書官を統括している朱雀衛。

 そして、もうひとりは彼を訪ねてやってきた中東地区の統括官で彼の先輩でもある新池谷勤である。

 コーヒーカップを置くと、彼が口を開く。

「新池谷さんがベルリンまでやってくるなど珍しいですね。ネフェルティティに会いに来たのですか?」

「主たる要件はそれで、その次の目的はビールを飲みながらソーセージを齧ることなのだが、ついでに君に話しておくことがあったものでやってきた」

 渾身のジョークを先輩にあっさりと切り返された朱雀はすぐさま撤退を決め、先ほどのそれが軽い挨拶であるかのように話題を変える。

「それで、私に話したいこととは?」

 薄く笑って彼の言葉を聞き流し、それから目を細め、周辺をチラリと眺めて朱雀の部下たちが周辺を固めていることを確認してから、新池谷は口を開く。

「カイロに駐在する例の美術館の首席交渉官が私に接触してきた」

「亡命ですか?」

「彼は私の上客だから亡命を希望するのならすぐに受け入れるが、そうではない。いくつかの情報と一緒に依頼を持ち込んできた」

「我々に依頼ですか。それはいったい、いや、そのような些細なことよりも我々にとって有益な情報とはどのようなものなのでしょうか?」

「パリで闇オークションが開かれる。そこで貴重な書がいくつかセリにかけられるそうだ」

「……それをそのまま信じるのですか?」

「もちろんだ」

 朱雀の言葉に頷いた新池谷はさらに言葉を続ける。

「その男も男の上司も例の事件で我々にかなりの借りがある。ここで我々を騙すという恩を仇で返すようなことをおこなえば相応の報いがある。単細胞の下っ端ならともかく、やつらはそれがわからぬほど馬鹿ではない」

「それはそうですが……」

「それに、ただ借りを返すだけではなく、仕事を手伝ってほしいという要望も一緒だ。つまり、一方的な情報提供ではないということなのだから十分に信じてもいいと思うのだがどうだろうか」

「まあ、新池谷さんがそこまで言うのなら」

 渋々という言葉が感嘆符付きで聞こえてきそうな朱雀の了解だった。

 もっとも、これがほぼすべての蒐書官のあの美術館関係者に対する気持ちであり、彼らに鷹揚な新池谷こそが異質なのである。

 不承不承の見本のような表情の朱雀がもうひとつの案件について問う。

「それで、やつらが手伝ってもらいたいという仕事とは?」

「そのオークションには贋作が出されているそうなのだが、その出品者を見つけ消す」

「つまり、人殺しの手伝いですか?」

「だが、この程度なら我々の手を借りるまでもない。つまり、彼らには言葉にしていない思惑があるのはまちがいない。もうひとつ。そうは言っても、それが名のあるオークションということはすべてが贋作とは思えないので、仕事のついでにそれを手に入れることができれば手伝うだけのものはあるだろう。それにその贋作も相当なものと思われるというところも気になる」

「贋作の出来が良い?」

「闇とはいえ、有名オークションに贋作が出ていたとなれば問題になる。それがないということはかなりのレベルだと思わざるを得ないということだよ。そして、そこからもうひとつの可能性を導くことができる」

「その考えられる可能性とは?」

「たとえその場に並ぶものが贋作であっても、その贋作にはオリジナルがあり、それを製作者またはその近いしい者が所有しているということ。ここまで言えば我々がやるべきことはわかるだろう」

「……オリジナルを手に入れる」

「そういうことだ。そのためにもまずオークションに参加し現物を目にする必要がある。そして、邪魔されることなく我々の目的を達成するためには彼らには協力者だと思われていたほうがいいのだよ」

「ですが、たとえ一時的ではあってもやつらと手を組むとなれば、東京の許可が必要ではないでしょうか」

 彼の言う東京とはもちろん彼らの主を示す。

「当然だな。実はそれについてはすでに鮎原さんを通じて許可を取ってあるのだが、それとは別に早急に解決しなければならない問題がある」

「何でしょうか?」

「そのオークションは参加資格が非常に厳しいということだ。なにしろ、主催者からの招待状なしでは会場に入ることはできないらしく、部外者が参加できる唯一の手段は代理人として本人の代わりに参加するというものらしいのだ」

「そういうことであれば仕事を依頼してきたやつらにそれを用意させたらどうなのですか?」

「もっともな意見だ。だが、それが可能なら彼らはすでに準備していると思うし、そうでなくても私がリクエストしていると思うのだが?」

「ちっ。まったく使えないやつらだ」

 苦笑しながら新池谷がそう言うと、返す言葉がない朱雀は舌打ちをし、八つ当たり気味に盛大にその場にいない者たちを罵る言葉を吐く。

「ですが、それは困りましたね」

 だが、その直後朱雀はあることを思い出す。

 いや、ある人物の顔を思い浮かんだと言ったほうがいいだろう。

「それについてはお任せください」

「頼もしい発言だな。良いアイデアが浮かんだのかね」

「アイデアというわけではありませんが、私の管轄地区にホーヘンベルグという貴族がいるのですが、その男は蒐集家として知られています。そのオークションにも強いコネがあるのではないかと」

「ホーヘンベルグ。度重なる敗北にも懲りずに夜見子様に勝負を挑んでくるというチェコの貴族か。だが、間接的にしても夜見子様がその男に借りをつくるというのは好ましいことではない気がするのだが」

「それが借りをつくらなくても大丈夫な方法があるのです」

「というと?」

「現在彼は夜見子様に四度目の勝負を挑もうとしています。その勝利報酬に推薦状を加えてはいかがでしょうか?」

「なるほど。それは名案だな」

「ホーヘンベルグの指定場所であるアテネに永戸君と湯木君が入るそうですので、彼らにその旨を伝えます。彼らなら万事うまくやってくれるでしょう」

「そうだな。……ところで、ふたりはいつから君のところに籍を移したのかね?」

 それは当然といえば、当然の問いだった。

 彼は少々苦笑いを浮かべながら答える。

「そうなれば非常にうれしいところではありますが、蒲原君が自らの飛車角である彼らを手放すはずがないでしょうし、彼ら自身もロンドンでの生活を気に入っています。彼らのアテネ行きはホーヘンベルグのご指名です」

「そういえば彼はロンドンでふたりに相当毟られたようだね」

「はい。私のところで好き勝手やってくれたので仇討ちを蒲原君にお願いしました」

「なるほど。つまり、彼らに対する逆恨みは君が原因か」


 最近の日本ではあまりお目にかかれないような香りの強いチョコを口に入れた新池谷が人の悪そうな笑みを浮かべると言葉を続ける。

「ここでもうひとつおもしろい話を朱雀君に提供しよう」

「おもしろい話?何でしょうか?」

「実はそのオークションに我々の知り合いが参加するようなのだ」

「誰ですか?その不届き者は」

「長谷川君だ」

「長谷川さんが?何のために?……というのは愚問ですね。つまり、そのオークションは長谷川さんがペルーからやってくるほどの価値があるものが出品されるということなのでしょうか?ですが、そういうことであればパリを所管している私にひとことあってもいいでしょう。というか、パリでの仕事なら我々がおこなえばいいではありませんか」

「ようやくやる気になったようだな。だが、君が主張する縄張りの件については必ずしも正しいとは限らない」

「どういうことですか?」

「詳しいことはよくわからないのだが、長谷川君はバチカンから商品獲得の手伝いの依頼を受けてオークションに参加するようだ。つまり、これは直接的には蒐書官の仕事ではないということになる。だから、朱雀君に知らせなかったのだろう」

「……長谷川さんはバチカンにそれほど信頼されているのですか?」

「バチカンの特務機関である秘物蒐集部の連中は彼に散々ひどい目に遭っているからな。たまには番犬代わりに使って憂さ晴らしをしようと思ったのではないか。まあ、彼らの権威がいつものようには通じない闇オークションではそのようなアドバイザーは必要であるし、彼がその役に適任であることは彼ら自身が高い授業料を払って知ったことなのだから、活用しない手はないだろう」

「バチカンも闇オークションの性質を知って保険をかけたわけですね」

「そういうことになる。彼はローマに入る前にカイロにやってきたので情報はそれほどないのだが、長谷川君は言っていたよ。そのオークションで良いものを手に入れるつもりがあるのなら、サイフの中には最低でも十億ユーロが入れておく必要があるのだと」

「十億ユーロ?」

「バチカンが直接動く。しかも、会いたくもない相手を呼び寄せてまで。当然それくらいのものが出てくるということだろう」

「新池谷さんの言いたいことはわかりました。ですが、十億ユーロはさすがに馬鹿に出来ない額ですね。しかも、手に入れてみたら贋作だったでは目も当てられない。美術館のやつらが動くのはその報復の可能性もありますね」

「我々と違って資金繰りが苦しい彼らならそれもあり得る。それはそれとして、私からひとつ提案がある。彼らの二の舞にならぬために」

「聞きましょう」

「もちろん『すべてを写す場所』がつくった札を使う。相手は贋作を売りつける輩だ。こちらが支払うものがそれに相応しいものであっても問題ないだろう。ありがたいことに支払いは現金オンリーだそうだし」

「……いいですね。ですが、私のところにはさすがに十億ユーロ分の偽札はありません」

「私のところにあるものもほぼすべてがドルだ。では、偽札を使う許可をもらうついでに東京から運んでもらうか。私から連絡しておくが、どれくらい用立ててもらえばいいのかな?」

「諸々考えて五億ユーロは必要でしょうか」

「わかった。もっとも、鮎原さんにそう言えば十億ユーロが届くと思うが」

「……そうですね。まあ、あって悪いものではありませんからいいのではありませんか?」

「贋作を売りつけた者が掴んだユーロが実はすべて偽札。なかなか笑える光景だな」

「まったくです」

「それからもうひとつ。この件は君と私の秘密にしておくべきだ。扱う者にすべて偽札だと教えてしまうと気前が良くなりすぎて疑いを持たれるかもしれないから」

「もちろんその辺は抜かりなくやります。出向く者たちには最低限の情報しか与えません」

「厳しいな」

「いいえ。これは愛の鞭です」

「……なるほど」

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