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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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ファイストスの円盤 Ⅳ すべてを見通す眼

 東京都千代田区神田神保町。

 世界一とも評される有名な古書店街の一角にそれはある。

 天野川夜見子の巨大な書棚ともいえる建物。

 その日、その建物の主である彼女のもとをひとりの少女が訪ねてきた。

 要件が一段落し、恒例のティータイムになったところで、彼女は少女に心に引っ掛かっていたあることを訊ねることにした。

「お嬢様。ひとつお訊ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 彼女の幾分ぎこちない言葉に普段の彼女を知る少女は微笑む。

「もちろんです。何でしょうか?」

 少女の承諾を待っていた彼女が再び口を開く。

「お聞きしたいこととはチェコのポンコツ貴族との勝負についてです。ロンドンでの勝負がおこなわれる前に、お嬢様は『ロガエスの書』が次のお題になるとおっしゃっていました。もちろん実際その言葉どおりになったわけなのですが、今考えるとあの時点でなぜ『ロガエスの書』が選ばれるとわかったのか不思議でなりません。たとえば、『ファイストスの円盤』の可能性も十分あったにもかかわらず、なぜそう判断されたのでしょうか?」

 彼女にとって少女の言葉は絶対である。

 その少女の言葉に疑問を投げかけることは不敬と同義語と考える彼女にとってそれは非常に勇気のいることだった。

「……そうですね」

 彼女の心情をすぐさま読み取った少女は静かに言葉を紡ぐ。

「鮎原には訊ねてみましたか?」

「はい」

「彼はその質問に対して何と答えたのでしょうか?」

「私たちが気づかない何かに基づいて判断したのだろうと」

「なるほど。相変わらず絶妙な言い回しですね。確かに彼の言うとおりです。ただし、誰も気づかないと言うほどのものではありませんが」

「どのようなことを根拠に判断されたのですか?」

「私が注目したのは彼のコネクションです」

「コネクション?」

「つまり、彼の友人関係です。彼自身が公表している記録から彼のそれは東西ヨーロッパに偏っており、地中海諸国にはコネクションと呼べるような知り合いはひとりもいないことがわかります。ですから、『ロガエスの書』と『ファイストスの円盤』のどちらかを選択するとなれば、一見すると借り出すことがより困難に思えるものの、ロンドンのコネクションが使える『ロガエスの書』を彼は選ぶと思いました」

「なるほど。ですが、なぜその二択としたのですか?」

「理由は彼の思考でしょうか」

「お嬢様は彼の考えていることまでわかるのですか?」

「大まかには」

「それはどのようなものなのでしょうか?」

「つまり、これまでの言動から、勝負と声高で言いつつ、彼はどのような手段を使ってでも先生に勝ちたいとは考えていないことがわかります。むしろ負けてもいいと考えている節さえあります。もう少し踏み込んで言えば、彼の目的は公言している先生の看板を引きはがすことではなく、おそらく『古今東西すべての言語を読み解く』先生にまだ誰にも解読されていない書を読み解いてもらい、その知識を自分だけのものにすること。この『知識を自分だけのものにする』という部分に関して言えば、発表すれば世界的大発見となるにもかかわらず、手に入れた情報を一切公表していないことから彼にはその意図があることがハッキリと読み取れます。そういうスタンスであれば、最初に選ぶものは多くの人が未解読の書として知っているメジャーな品であろうと予想できます。そうであっても他世界からヨーロッパに持ち込まれたものを含めればそれなりの数が残ります。そこで、もうひとつ条件を加えます。それは彼がヨーロッパ貴族であること。そうなると、まず比較的親しみのあるヨーロッパ由来のものに手をつける。そうやって絞り込んだものが『ロガエスの書』と『ファイストスの円盤』となったわけです」

「なるほど」

「喋ってしまってから言うのもおかしなものなのですが、何も知らないときには魅力的な香りがするものであっても真実を聞いてしまうと実につまらないものに成り下がる。まるで種明かし後の手品のようですね」

 そう言って、少女は薄く笑った。

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