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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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 After story 懐かしき日々

「帚木」の後日談的話となります


 今から二十年近く前。

 活動拠点であるエジプトの首都カイロから日本に戻ってきていたその男が宿泊場所として利用していた都内の名門ホテル。

 絶品とされるそこの朝食は多くの美食家を引き寄せていたが、もちろん引き寄せられていたのはそれ美食家だけではない。

 蒐集官。

 現在の蒐書官の前身にあたる組織に属す者たちの肩書であるそれを名乗る彼らは朝食を一緒にとるという名目で、その時にはすでに伝説の人物となっていたその男に会うために頻繁に姿を現していたのだが、その中にひとりだけ蒐書官の肩書を持たない者が紛れ込んでいた。


「今日も来たのか。招かざる客よ」


 やってきたその男に歓迎する要素など微塵も含まれない言葉を投げつけたのは蒲原という名の蒐集官だった。


 同僚の朱雀が容赦のない言葉でそれに続く。

「橘花の経済部門のエースとやらも存外暇らしい。それともあまりの無能ぶりにすでにお払い箱になったのか。とにかく、おまえと違い鮎原さんは忙しいのだ。暇つぶしなら他でやってもらおうか」

 席に着く前にこれだけ言われれば、大抵の者なら、泣きながら店を後にすることだろう。


 だが、その男は違った。

 何事もなかったかのように席に着いたその男はふたりの言葉を軽く受け流しただけでなく、武闘派としても名高い蒐集官相手に豪華な熨斗をつけた嫌味のお返しする芸当を披露したのだ。

「それはお互い様でしょう」

「何だと」

「そもそも鮎原さんはお忙しいのは部外者である私以上にあなたがたはご存じのはずだ。それなのにこうやって鮎原さんの憩いのひと時である朝食の時間に意味もなく汚らしい顔を揃えてやってくるとはまさに無粋。そのような無知だけでなく無粋でもあるあなたがたに崇高な使命を帯びてやってくる私がとやかく言われる筋合いなど一ミリグラムもありませんね」

「一の谷。貴様は随分おもしろいことを言うではないか。そんなに昼食の食材になりたいのか」

「いいですね。昼食の食材。鮎原さんに食べていただけると確約していただけるのなら喜んで食材になりましょう」

「何だと」

 そうは言ったものの、あまりにも予想外の言葉に次の言葉がすぐには思いつかない。


 その様子を嘲るように眺めながら男は笑みを浮かべる。

「どうしました?もう弾切れですか?この程度で撃ち止めとは蒐集官ともあろう者が情けない」

「一の谷、貴様……」


「そもそも部外者であるあなたがこうして毎日のように鮎原さんのもとにやってくる理由は何ですか?」


 言葉に詰まる年長のふたりに代わりに男の前に立ったのはこの中で一番の年少である秋島だった。

 その言葉使いは年長者に対する礼を逸することはなかったが、それはあくまで形式上のことだけであり彼の言葉の冷たさはふたりに負けることはなかった。

 まさに単刀直入という言葉がふさわしい彼の刃。

 だが、それでもその男には届かない。


「理解力の乏しいあなたは何もなく私がここにやってきていると思っているようですが、当然理由はあります」

「では、その理由をお伺いしましょうか」

「言うまでもない。私は鮎原さんに教えを乞いに参上しているのですよ」

「教えを乞う?これまであなたが鮎原さんに教えを乞う場面などまったくありませんでしたよ」

「そのようなことはありません。私にはあれで十分なのですよ。なにしろ私はただ飯を貪っている無能なあなたがたと違って鮎原さんとの雑談からでも多くのことを吸収できますから」

「……言ってくれますね。一の谷さん」

「そう怒ることはないでしょう。事実なのですから。あっ、すいません。無能である事実を言われたから怒ったのですね」

「もう我慢にならん。貴様はこの場で……」

 激怒した朱雀の言葉が途切れたのにはもちろん理由がある。

 彼の視線の先にはひとりの男の手があったのだ。


「一の谷君。彼らを弄ぶのはそのあたりまでにしてもらおうか。君たちも同じだ」

「ですが……」

「私が見たところ、君たちではどんなに努力しても一の谷君に口で勝てる見込みはない。それだけではない。君たちは気がついていないようだが、一の谷君はいずれ君たちとこのようなトラブルになることを予測し、入念な準備をしてきている。一の谷君、どうかな?」

「……そのとおりです」

「つまり君たちは自分たちを狩ろうとしている者が用意した罠にまんまと誘い込まれ、元々勝てない相手に相手のフィールドで戦いを挑みいいようにあしらわれたということだ。これが実戦なら君たちは全員死んでいるということになる」

「……申しわけございません。鮎原さん」


「さて、蒲原君。君たちが犯したミスを述べたまえ」

「相手が用意した罠を見抜けませんでした。それから、彼我の力の差がわかりませんでした」

「それだけかね?」

「……申しわけありません。それ以上は」

「では、そこから学ぶ教訓は?」

「常に罠の存在を疑い、相手の力量を見極めることです」

「朱雀君。つけ加えることはあるかね」

「事前準備と速やかな撤退でしょうか」

「残念ながら撤退の文字は我々の辞書にはない。それを避ける方法は?秋島君」

「……わかりません」

「なるほど。君たちには何度も言っていることなのだがわからないか。一の谷君はわかるかね」

「勝てる相手としか戦ってはいけない。でしょうか」

「そういうことだ。だが、こちらが望まなくても戦わなければならない相手は存在する。しかも、それらが我々より弱いとは限らない。その場合はどうするかね?」

「それは……」


 それから約六年後。

「蒐集官が組織替え?」

「はい。なんでも蒐書官と名を改めて、独立した組織になるそうです」


 それはたった今その情報を手に入れた彼の部下桂修二の言葉だった。

「それは結構ではありませんか。これで私たちが苦労して稼いだ金を垂れ流す彼らの浪費癖も少しは改まるのではないでしょうか」


 皮肉交じりの言葉を口にした彼を、桂は嬉しそうな表情で眺める。

「ですが、一の谷さん。驚くのはまだ早いですよ」

「私は喜んではいますが驚いてはいませんよ。まあ、あなたがそこまで言うのなら聞きましょうか。そのさらに驚くべき話を」

「その組織のトップは女子高校生とのことです」


 それを伝える部下の言葉はもちろん彼の耳にも届いていた。

 だが、彼が言葉を口にするまでにはかなりの時間を要した。

 つまり、それはたしかに彼にとっても驚くべき情報だったのだ。


 長い沈黙後、ようやく彼の口が動く。

「……あなたは冗談を言っているようですが、その冗談は相当出来が悪いですよ。いいえ。出来が悪いだけでなく聞く者の腸を煮えくりかえさせます。真実をすぐに伝えてください」

「ですから、改変されたその組織のトップは女子高校生となります」


 ……残念ながら聞き間違いではないようですね。


 彼はその言葉を飲み込み、表情にも出すことはなかったが、あきらかに動揺していた。

 もちろんその理由は……。


「それで、鮎原さんは……鮎原さんはどうなったのですか?」


「鮎原氏はいくつかの肩書を持った彼女の補佐役になるようです」

「つまり格下げということですね。詳細はどういうことなのですか?」

「そこまではわかりません。もしかしたらその少女は名目上のトップということなのかもしれませんが、その少女は次期当主様がスカウトしてきており、彼女がその地位に就くことは当主様も望んでいるとのことです」

「なるほど。ですが、当主様がお決めになったこととはいえ、さすがにそれはすぐには納得しかねる人事といえます。それで、鮎原さんはそれを飲んだのですか?いや、あの人なら受けるでしょうが彼の部下たちは黙っていまい。……とにかく、鮎原さんの地位を奪った忌々しい少女について今わかっていることはありますか?」

「無類の本好きであることと、多くの語学を使いこなす天才少女ということです。それからもうひとつ……」

「何ですか?」

「少女の名前は天野川夜見子というそうです」


「天野川夜見子。その忌々しい名前はよく覚えくことにしましょうか」

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