After story 上級書籍鑑定官の憂鬱
「輝く日の宮 Ⅱ」の後日談的話となります
天野川夜見子が二冊目の「輝く日の宮」を手に入れた数日後。
東京都千代田区神田神保町の小さな喫茶店「ラモーゼ」でふたりの女性がその店の名物となっているフルーツパフェを食べながらため息をついていた。
「……真紀。あなたもそうでしょう」
「違うわよ。と言いたいところだけど、実は……あの闇画商に言われた。『君、最近顔がふっくらしたよね』と。もちろん、そういう失礼なことを言った罰はたっぷりくれてやったけど、確かにふっくらしたという自覚は私にもある」
「それは一大事じゃないの。愛しい男にそこまで言われては痩せねばならんわな」
「誰が愛しいじゃ。そんなに羨ましいのならあの男に熨斗をつけてあなたにくれてやるわい」
「いらん。私は両刀使いの性欲の塊であるあなたと違って男はノーサンキューよ」
もちろん、そのふたりとは夜見子配下の上級書籍鑑定官北浦美奈子と木村真紀こと嵯峨野真紀である。
そして、彼女たち共通の悩み。
それは体重の増加である。
原因はあきらかだった。
そう。
あれである。
この少し前、彼女たちが属する組織は、ある本を手に入れるため国立市にある洋菓子店に蒐書官を派遣していた。
店を訪れて手ぶらに帰るわけにはいかない彼らは当然店の菓子を購入し、それはそのままその日の土産として夜見子に届けられ、側近である彼女たちもご相伴に預かっていた。
それがほぼ毎日。
そしてそれは一か月以上続いた。
当然ではあるが、その結果といえば……。
「それで、あなたは何キロ太ったの?」
「二キロ……と少し」
「何よ。少しって」
「いいでしょう。誤差の範囲よ。そういうあなたはどうなのよ」
「まあ、あなたと同じくらいかな」
「だから、何キロ太ったのよ」
「声が大きい。周りに聞かれるでしょう」
彼女たちの自白を待っていたらいつまでたっても正解に辿り着きそうもないので天の声が言ってしまえば、ふたりの体重はこの一か月で五キロ増加していた。
つまり、必死にごまかしていた真紀の言う少しは三キロということになる。
「でも、おかしいと思わない?」
「何が?」
「夜見子様は毎回二個ずつ食べているのよ。それなのに全然太らない」
「それは……若いからね。きっと」
ちなみに、ふたりは三十歳の二歩ほど手前の夜見子よりも十歳年長である。
「じゃあ、鮎原はどうなるの?あれだって私たち同じものを食べていたわよ。しかも、鮎原は私たちよりずっと年上。それなのに生意気にもちっとも太らない」
「そういえばそうね。体質かな?それとも性別の違いということかな」
「秘訣を鮎原に聞いてみる?」
「嫌だよ。そんなことを聞いたらまた馬鹿にされるよ。『そもそも私と君たちとでは鍛錬の量が違うだよ。いや、量だけでなく質も違うな』とか言いそう」
「そして、そこから延々と嫌味を並べられた挙句、最後に『つまり、あなたたちは必要以上に食べているうえに、摂ったカロリーに見合う仕事をしていないということになります。もっと仕事をしてください』と言われるのよ」
「……確かに」
「しかも、そこで終わりにして黙っていればいいのに、忠臣面をして夜見子様に告げ口をするのよ。その結果、私たちはおやつタイムに呼ばれなくなり、たまに呼ばれても私たちの分のおやつは用意されていないということになる」
「おのれ、鮎原。成敗してくれる」
「そもそも、蒐書官どもがあんなものを買ってこなければよかったのよ。そうすれば、こんなに悩まなくて済んだのに」
「まったくそのとおり。あんなものを目の前に出されたら食べるに決まっているでしょう。つまり、私たちが太ったのはすべてあれを毎日買ってきた鈴川たちのせいだ」
「いや。もしかしたらこれは鮎原の謀略かもしれない」
「どういうこと?」
「鮎原なら私たちが食べたお菓子にだけ怪しげな太る成分を仕込むことだって可能でしょう。そして、何かよからぬ目的のためにそれを実行したと考えられる」
「なるほど。それなら、ふたつずつ食べていた夜見子様や私たちと同じものを食べていた鮎原が太らないのも合点がいく」
「そうでしょう」
「それで間違いない」
「ということは、つまり私たちは鮎原の謀略の被害者ということね」
「そのとおり」
「許すまじ。鮎原進」
どこまでも、そう、どこまでも自分たちが太った責任を他人に押しつけるふたりであった。




