After story 消えた少女
「恋の骨折り甲斐」の後日談的話になります
立花家の次期当主であるその少女がロンドンに現れたその日。
当然ながら、彼女は通っている高校を欠席する。
これは、その時に起きた彼女が通う千葉の田舎にある某公立高校の教室のひとつでの小さな出来事を語ったものである。
「あれ、まりん。今日はひとりなのか?」
もうすぐ始業のチャイムがなるというところで長い黒髪を靡かせた長身の女子生徒が不機嫌な顔で教室に現れると、机の上で胡坐をかくスカートさえ履いていなければ美少年と言われても納得しそうな極端に短いその髪型が似合う少女がいつもは彼女につき従うように歩く小柄な地味顔メガネ少女がいないことに気づき声をかけた。
「あ、ああ」
幼いころから彼女とは付き合いがあり、また彼女の正体が何かを知る長身の少女は可愛いというよりも綺麗と表現したほうがよいその美しい顔に少しだけ困った表情を浮かべたのは、自分が知るその情報が口外できない類のものだったからである。
少しだけ考え、その長身の少女が言葉を口にする。
「ヒロリンは用事があって学校に来られないそうだよ。私を起こしに家までは来たけど、そのあとにどこかに出かけるとか言って帰っていった」
ヒロリン。
それが「古書店街の魔女」こと天野川夜見子の雇い主である立花家の令嬢立花博子のこの学校での呼び名である。
さて、「まりん」と呼ばれた長身の少女が繰り出したその言い訳だがすぐにほころびが生じる。
寝起きで頭がよく回っていない頭で考えたいわば出まかせであるその言い訳には大きな穴があったのだ。
そして、それはその言葉の直後にあきらかになる。
「出かける?学校をサボって出かける場所とはどこだ?」
……しまった。
まりんと呼ばれた少女もそれに気づいたが後の祭りである。
そう。
ここは休むとだけ言っておけばよかったのだ。
だが、どれだけ後悔しても口から出た言葉は元にもどるはずはない。
とにかくここは適当にお茶を濁して逃げ切るしかないと少女は覚悟を決める。
「知らん」
今度は、簡潔に答える。
しかし、端から彼女が学校をサボって遊びに出かけていると決めてかかっているショートカットが似合う美少年風少女がそれで納得するはずはなく彼女の追及のギアはすみやかに上がる。
「知らんはずがないだろう」
「本当に知らん。もしかしたら、言われたのかもしれないが半分眠っていたので覚えがない」
「怪しいな。さっさと口を割らないとまりんもサボリの共犯と見なすぞ」
永遠に続きそうな美少女ふたりの他愛のない口論。
そこへ、第三の美少女が現れ、黒髪少女に助け船を出す。
「もしかして病院に行ったのではないでしょうか?」
それは実によいタイミングとこれ以上のものはないというくらいのうってつけの理由だったのだが、学校一どころか周辺でも一番可愛いという評判であり全校男子の憧れでもあるその少女の言葉は信じられないくらいの正論によってあっという間に一蹴される。
「まみたん。病院に行かなければならないくらいに具合が悪いなやつが、まりんを叩き起こしに朝から他人の家まで押しかけるか?」
「そ、それはそうですね」
「しかも、いつものように私の家で朝食まで食べていった。……あっ」
長身の少女が思わず漏らしてしまったそれは確かにその日に起きた事実であるのだが、状況を考えればこれまた間違いなく余計なひとことであった。
だが、今度はことが良い方に転ぶ。
それを聞いた美少年風少女がどす黒い笑みを浮かべて大きく頷く。
「確定だ。ということで、ヒロリンのサボりについては明日厳しく問い詰める必要がある。もちろんみんなが勉強している最中に自分だけいい思いをしていたのだから全員分の土産を買ってくるくらいのことはするだろう。万が一、土産を買ってこなかった場合には橘と一緒にお仕置きをして社会の厳しさを教えねばならない」
美少年風少女の言葉に出てきた「橘」とは、彼女たちが所属する同好会に唯一の男子として所属している同級生のことである。
そして、彼は毎日のように言いがかりをつけられてはこの美少年風女子に理不尽なお仕置きをされているのだ。
特別な趣味がなければ、そんなところはさっさと辞めてしまえばいいのだが、彼にはどうしても辞められぬ事情、つまりそれが暴露されれば男子高校生として生きていけないくらいの恥ずかしい弱みを握られているのだが、とにかくそれがあるためそういうわけにはいかず、日々お努めに励んでいるのである。
その事情をよく知る全校男子の憧れである少女の口からため息交じりにこのような言葉が漏れる。
「……ヒロリンが学校に来なかったことにはまったくの無関係なのですが、それでも橘さんは春香さんにお仕置きされるのですね」
そして、それに対する美少年風少女の答えがこれである。
「当然だ。あいつがこの世に存在する意義などそれ以外にはないのだから」




