枕草子
「まさか、私がここに招かれるとは思わなかったわね」
東京。
その一等地にひっそりと建つ屋敷の前に立った女はそう呟いた。
彼女の名前は北浦美奈子。
上級書籍鑑定官のいう地位にある天野川夜見子の側近である。
だが、上級書籍鑑定官とはごく一部の者しか知らない彼女の裏の肩書であり、彼女たちの言葉での俗世、つまり一般社会では有能な古書鑑定士として知られていた。
今日、彼女がこの屋敷に招かれたのもその肩書とその名にふさわしい実績によるものだったのだが、実は彼女が招かれたのにはもうひとつ理由があった。
日の当たる場所を極端に嫌っていたこと。
それがその理由である。
もちろん彼女がそのような場所を好まないのは本業を知られないためなのだが、実は彼女や彼女の関係者以外にもそのことを好ましく思う者は数多く存在した。
自らが持つ宝の存在を他人に知られたくない。
だが、その正確な価値は知りたい。
そのような人間が彼女に鑑定を依頼するのである。
今回の依頼者もそのひとりとなるのだから、彼女にとってはいつもの仕事ように思えるのだが、実際はそうではなかった。
理由は依頼者そのものにある。
「桐花家当主桐花武臣。あなたはいったい何を私に見せたいというの?」
その家にふさわしい古く大きな木製の門を見上げながら彼女はそう呟いた。
桐花家。
それは彼女の主である天野川夜見子の雇い主で資金提供者でもある立花家の国内における最大のライバルであり、第二次世界大戦後の混乱期に多くのものを失ってはいたものの、それでも表裏両面で今も各方面に多くの影響を与えている旧家の名である。
「まあ、芸術品目当てにやってきたハイエナどもを素手で追い払って隠し持っていられるものなど、たかが知れてはいるわけですが」
彼女は嘲りを込めた言葉を残して屋敷への中へ消えていった。
それからわずか十分後、彼女は思わず声を上げていた。
「こ、これは何ですか……」
彼女が驚愕する様子を満足そうに眺めると桐花家の当主はゆっくりとそれについての説明を始めた。
「あなたの様子から察するに、どうやらこれはただの写本ではないようですね。とりあえずお話しておけば、これは清少納言の手によって書かれた枕草子とされています。もっとも、それは先祖から伝わっている話ですので、どこまで正しいのかはわかりませんが。……それで、どうでしょうか?」
彼の問いに彼女は一瞬、いや実際には数分ほど間をおいてその言葉を口にする。
「清少納言直筆の可能性は十分あると思います」
「それはうれしい。では、根拠を教えていただけますか」
「それは……」
そこで彼女は見た目だけではあるものの、紙がその時代の特性を示していること、それに加えて名門桐花家に伝わる言葉はおろそかにできないものだと語った。
「ですが、期待させてからこのようなことを言うのはたいへんに申しわけないのですが、いかんせん清少納言のものと確定しているものがないために、それはあくまで私の推測などというあやふやなものであるとご承知ください」
もちろん、これは嘘である。
いや。
彼女の属する組織は知られていない清少納言の書を多数所有し、実は彼女の言葉もそれを根拠にしており、それを口にした彼女は自らの言葉に絶対の自信を持っていたのだから、どちらかといえば事実の半分しか知らせていなかったと言った方がいいのかもしれない
だが、そうであっても男にとって彼女が語ったその言葉は十分に満足できるものであったのは間違いない。
「……よくわかりました。ありがとうございます。北浦先生。鑑定していただく方をあなたにしたのは正解でした」
「いえいえ、こちらこそいいものを見せていただきました。このような古典の名作に触れる機会にはめったにありませんから感動しました。ところで、こちらも質問をしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「私は自分の鑑定に自信を持っています。ですが、なぜ私なのですか?このようなものは本来公的機関に調査を依頼すべきものだと思うのですが」
彼女の言葉に男は微笑む。
「簡単なことですよ。それは過去あなたに鑑定を依頼した多くの人たちと同じ理由。つまり私はこれを持っていることをあまり知られたくないのです。ただ、残念ながら読むことはできても私にはこれが本物かどうかを調べる術がない。そんなときにあなたの名前を耳にしたのです」
「なるほど。そういうことであればお役に立ててたいへん光栄です」
「さて、今まで同様のお仕事をこなしてきたあなたに念を押すのは甚だ失礼なことだとは思うのですが、そういうことで私がこれを持っていることはくれぐれも口外しないようお願いします」
「もちろんですとも。その点はご心配なく」
彼女は笑顔でそう答えた。
だが、心のなかではすでにこれを奪い取る算段をしていたのだから彼女のこの言葉は完全な嘘である。
そして、彼女はのちに大きな役割を果たすことになるその一手を放つ。
親切を装う何気ない言葉に形を変えて。
「ところで、これについて知っているのは?」
「家の者ならすべて。それから数人の友人。もちろん彼らの口は岩よりも固いです」
「なるほど。ですが、固いように見えて脆い岩もありますので用心あってしかるべきでしょう。特にこのような貴重な品はお持ちなのですから」
「わかりました。そのお言葉十分留意させていただきます」
「私こそ大切な友人の方を傷つける発言をしてしまいましたが、これもすべて桐花様がこの書を永遠に持ち続けられることを願う心から出たものです。どうぞお許しを」
門を出た彼女は自分が誰にもつけられていないことを確認すると、スマートフォンを取り出した。
「……夜見子様。北浦です。桐花家でとんでもないものを発見いたしました」
それから二日後。
神保町の一角にある建物内では話し合いがおこなわれていた。
「さて真紀。それから美奈子。今度の相手はいつものようにはいきません。その理由はわかりますか?」
主の言葉に女性のひとりが答える。
「相手があの桐花家だからですか?」
「そのとおり。そして、かの家については以前から当主様より許可なく手出しすることはまかりならぬと指示が出ています。それを踏まえて鮎原はどうしたらよいと考えますか?」
「私は機会が来るまでこの件から手を引くことが最良の案だと考えます」
その本は諦めろ。
男は言外にそう言っていた。
当然、それを発見した彼女は納得しない。
「つまり、あなたは目の前に私たちが手に入れるべき本があるのに、諦めてただ指を咥えて見ていろと言いたいのですか?」
彼女の言葉に男が答える。
「言葉を飾らず言えばそのとおりです」
「同意しかねます」
「私も美奈子の意見に賛成です。ここは積極的に行動すべきです」
「では、おふたりに伺います。あなたがたは積極策を申し立てる。だが、私にはおふたりは交渉の前提となる当主様に交渉許可を得るための妙案すら持ち合わせていないように見えます。もし、私の言葉に間違えがあれば謝罪しますが、その前にその妙案を今ここでご披露いただきたい」
もちろんそのような持ち合わせなどないふたりは押し黙る。
男にひとことで押し込められ悔しそうな表情を見せるふたりをしばらく眺めていた三人の主がもう一度口を開く。
「残念ですが、今回は私も鮎原の意見に賛成したいと思います。ですが、必ず機会は訪れます。ふたりはくれぐれも暴走しないようにお願いします。もちろん機密厳守で」
この建物の主はその場を収めるようにそう言ってこの話に幕を下ろしたのだが、実を言えば、自らが必ず来ると言ったその機会とやらはいつまで待ってもやってくるはずがないものだと彼女自身は考え、すべての状況を冷静に考えれば、現実も彼女の予想を裏切らないものになるはずだった。
だが、その来るはずのないと思われたその機会は数か月後予想もしないところから舞い込んでくる。
その日。
様々な雑用をしながら正式な蒐書官になるための修行をするアプレンティスと呼ばれる身分の若い男が自身が取り次いだその電話の扱いについてどうするかを確認するために彼女の私室にやってきた。
「……いかがいたしますか?取次は不要とは思いましたが、この国の首相を務めている男からのものですのでとりあえず確認したほうがいいと思い……」
彼の説明を聞いた紅茶を飲みながら彼女が口を開く。
「名前は何と言いました?その男は」
「牟田口。牟田口馨氏です」
「そういえば、近頃首相の椅子にしがみついている蛆虫にはそのような名前がついていましたね。それで、その蛆虫はどのような要件があって私に電話をしてきたのですか?」
「牟田口氏の話では首相官邸にお越しいただいて夜見子様のお話をお伺いしたいということでございます」
「馬鹿々々しい。だいたいなぜこの私が貴重な時間を割いてまであの豚小屋に出向かなければならないのですか。すぐに断り……。いや、その前になぜ私に豚小屋に来いと言っているのですか?」
「どうやらお嬢様に献上する本の選定に協力してもらいたいようでございます」
「お嬢様に献上する本?」
一国の首相が田舎の高校に通う少女におこなうプレゼントにそこまで気をつかうなどあり得ぬ話である。
だが、彼女には心当たりがあった。
牟田口も出席したある施設の落成式。
そこで同じく出席していたその少女がどのような地位にあるものかを知ったに違いない。
……さすがネズミ。そういうところは抜け目がないのですね。
ほんの一瞬だけ間をおいて、夜見子は言葉を続けた。
「わかりました。そういうことなら、協力させてもらいますので、伺う日時の候補をいくつか挙げてもらってください」
……これはいい。
あの日はあのように言ったものの、やはり清少納言自筆の「枕草子」を諦めきれなかった彼女の求めに応じた男が提示した実現可能な案のなかに牟田口を利用するものがあったことを思いだした彼女は心の中でこう呟き、黒い笑みを浮かべていた。
……使える。
だが、彼女と付き合いが浅い目の前にいる人物には当然彼女の思いは伝わらない。
「……あの……本当によろしいのですか?」
「ん?」
アプレンティスの男はやや言いにくそうに疑問の言葉を投げかけたことに彼女は気づく。
……私の表情と言葉の乖離に困惑しているということでしょうか。
……そういうことなら……。
「もちろんです。よろしくお願いします」
緊張し、さらに困惑する彼の心情を察し今度は誰にでもわかるように明るい声と、それに相応しい笑顔でそれを表現する彼女であった。
……このチャンスを逃すわけにはいかない。
……そして、まず行く場所は……。
「今から出かけます。行先は……」
彼女が久しぶりに自分の城から離れ、やってきた場所。
そこは都心とは思えぬ木々に覆われた広大な敷地に建つレンガ造りの洋館だった。
「夜見子か」
突然の訪問にもかかわらず館の主は快く出迎えた。
「当主様。お久しぶりです」
「おまえが呼ばれもしないのにこの屋敷にやってくるとは珍しいな。要件は何だ?」
「先ほど牟田口首相より官邸で面談したいという旨の連絡がありましたことをご報告しにやってきました」
「ほう。牟田口がおまえを。それで奴がどのような目的でおまえを官邸に呼びつけようとしているのだ?」
「お嬢様へ献上する本の選定に協力してもらいたいとのことです」
彼女の言葉に男は唸る。
「……確かに本好きの博子に媚びを売るなら本を贈ることが一番効果的だ。そして、世界一の蔵書家でもあるおまえが持っていない本を博子に贈るためにアドバイスを求める相手として博子の側近でもあるおまえを選んだことも理にかなっている。だが、次期立花家当主とはいえ博子はまだ高校生だ。一国の首相の地位にある者が田舎の高校に通う少女に媚びを売るとは……可能性はあるとは思っていたが、こうしてそれが現実になると改めてあの男の腐った根性に感服せざるを得ないな。それでどうする?」
「もちろん行くつもりです」
「……そうか」
彼女の即答。
それが何を意味しているのか、目の前にいる男がわからぬはずはない。
もちろん、電話で済む要件を伝えるために出不精の彼女がここを訪ねた理由が何かということも。
……こういうところは相変わらず用心深いな。
男は大きく頷き、言葉を繋ぐ。
「それはつまりあの男から巻き上げるものはすでに決まっているということだな」
「そのとおりです。牟田口自身の所有物ではありませんが、あの男を利用して手に入れたいものがあります」
「それは何だ?」
「桐花家当主桐花武臣が所有している清少納言自筆の枕草子」
「清少納言自筆の枕草子?まともな写本すら残っていない枕草子の原本とは、それは確かに魅力的なものだな」
「はい」
「だが、落ちぶれて久しいあの一族の所有物にそのような国宝や重要文化財に値するような貴重な本があったとは聞いたことがない」
「どうやら、それだけは例のハイエナどもに奪われないようにこっそりと隠し持っていたようです」
「なるほど。確かにそれはあり得る話だ。だが、なぜその存在をおまえが知っているのだ」
「先日上級書籍鑑定官北浦美奈子に対して桐花家当主直々にそれの鑑定依頼がありました。ですから、真贋確認まで済んでおります」
彼女の言葉に老人は笑う。
「ふふっ。おまえの配下である北浦美奈子に鑑定を依頼してしまうとは、あの男もよくよくついていないようだな。わかった。おまえの計画はすべて理解した。桐花家と直接接触するのでなければおまえの行動のすべてを許可する。むろん牟田口との交渉で立花家や私の名前を使用することもそこに含まれる。鮎原と相談のうえ好きにやれ」
「ありがとうございます」
それからしばらく経ったある日。
その日の首相官邸の一室は異様な雰囲気を醸し出していた。
理由はもちろん、ただ助言を求めるために呼んだはずだった女性が途方もない要求したからだった。
すべてを聞き終えたそこの主は呻くような声を上げる。
「……天野川さん。ひとつお聞きしてもよろしいかな」
「どうぞ」
「私から立花家のお嬢様に差し上げる本はこれでなければならないのかな」
「つまらぬものを用意してお嬢様の機嫌を損ねるか、これを手に入れお嬢様の気を引くか。それは首相の気持ち次第です。もちろん事の顛末は私からお嬢様にお話します。もし、あなたがこの本以外を選択するようならば、私はお嬢様にこう言うことでしょう。彼はお嬢様を軽く見ています」
絵に描いたような恫喝である。
むろん首相という地位に就いてから恫喝をすることはあっても、されたことはないこの男がこの言葉を聞いて心中穏やかでいられるはずはない。
……調子に乗るな。女狐。
彼は心の中で怒鳴り声をあげる。
だが、目の前の女のバックには立花家がいる以上、自分の地位を失いかねない軽はずみな言動は許されない。
自らの気持ちを必死に抑え込もうとしたものの、結局彼は失敗する。
……ちっ。
心の中で盛大に舌打ちして憂さ晴らしをしてから、ささやかな反撃として彼はその言葉を口にする。
「わかりました。ところで、桐花家の当主は本当に枕草子を所有しているのですか?あなたも知ってのとおり、あの家も立花家と同様に誰にとってもアンタッチャブルな存在です。そのような場所に土足で踏み込み書棚を漁るなど相当な覚悟が必要なのです。そこまでして何も出てこなかったら……」
「それはご心配なく。間違いなく彼は所有しています」
「お言葉ですが、桐花武臣氏があなたの言うような希少価値の高い枕草子を持っているという情報を私たちは持ち合わせておりません。あなたがどのような情報をお持ちかは知りませんが、それは本当に正しいのですか?だいたいその情報はいったいどこから……いや、そういうことは話せるわけがないですよね」
「ほかならぬ首相からのものですから、特別にお教えしましょう。詳しい素性を明かすことはできませんが、彼の古くからの友人である男性ふたりからの情報です。曰く、彼は国宝に指定するに値する特別な枕草子を持っている」
「それを信用されると……」
「もちろんですとも。当然私たちは情報を売りに来た彼らに高額の対価を支払っています。私たち相手に詐欺を働く者など余程の愚か者でもないかぎりありえないでしょう」
「ごもっとも」
「それから、言い忘れていましたが、私は今日ここには立花家当主から特別の許可をいただいてきております。私の言いたいことはわかりますね」
「……もちろんですとも。事前に連絡を頂いておりますので」
「では、ここからは当主様の代理としてお話いたします。あなたに期待しています。牟田口馨。たとえあの桐花家が相手であっても首相であるあなたが持つ硬軟取り揃えた力があれば失敗することはないでしょう。ですが、万が一失敗してお嬢様の機嫌が悪くなるようであれば、お嬢様を溺愛している当主様のご不興を買うことになるのは間違いありません。その場合どのような罰であってもそれを受ける覚悟を持って行動しなさい。命じます。立花家次期当主立花博子様のためにあの本を必ず手に入れなさい」
「……承知しました」
その瞬間彼の心の中で再び大きな舌打ちをする音が響いた。
あれから一か月が過ぎたある日。
その本は夜見子の部屋のテーブルに置かれていた。
「そこに置かれているということは、お嬢様はその本をもう読み終わったのですか?」
そう声をかけたのは彼女よりふた回りほど年長の男だった。
「はい。そのとおりです。先日、私に読むようにとわざわざ届けてくださいました。読み終わった後も私がこの本を保管するようにという言葉を添えて」
「なるほど。それはよろしゅうございました。ところで、あのふたりは今回の措置について納得していましたか?」
「するわけがないことくらいあなたたが一番知っているでしょう。そのような虎の威を借りる狐のような手を使わなくても手に入れられたものをとプンプン怒っていました」
「まあ、そうなるでしょうね。実は私のところにもふたりはやってきました。あんな手を思いついたのはどうせおまえだろうと怒鳴りつけられました」
「それは災難でしたね」
「まあ、ほぼ事実ですし、それが私の役割ですからいっこうに構いません。ですが、本当によかったのですか?」
……なるほど、そういうことですか。
彼女は心の中で納得した。
……彼が聞きたかったのはこれだ。
……つまり、そのために彼はわざわざここにやってきたということか。
……そういうことなら……。
彼女は心に決めて口を開く。
「もちろんです。本を手に入れることをすべてに優先すべし。特に己のプライドを最良の方法よりも優先させるのは愚か者のすることだと肝に銘じよ。これはあなたがいつも蒐書官たちに言っている言葉です。それに私たちが直接交渉せずに桐花家が所有するこの本を手に入れる方法は実際にあれしかなかったのですから私は最良の選択をしたと思っています。問題などあろうはずがありません」
「そう思っているなら結構です。そういえば、夜見子様に利用された形となった牟田口首相ですが、お嬢様への献上品の代わりとなる国宝を桐花家当主に差し出すためとはいえ、相当強引な方法で商品を回収したらしく、各方面から恨みを買っているようです」
「……そうですか。それはご愁傷様です」
「それからもうひとつ報告があります」
「聞きましょう」
「桐花武臣の執事が友人ふたりを密かに処分しました。どうやら、牟田口首相が情報の出どころとして彼らの名を挙げたようです」
「やはりそうなりましたか」
無礼極まる要求に怒り狂った武臣が牟田口を厳しく問い詰めること。
桐花家からの報復を逃れたい牟田口が口を滑らし自分から聞いた情報を漏らすこと。
そして、その結果として無実の人間がこの世から消えること。
そのすべてが予想されたことだった。
「……私たちの身代わりになった者の家族には十分な見舞金を差し上げてください」
「我々からだとは誰にもわからないような工作を施したうえで彼らには今後生活に困らぬだけの金が入るようにすでに手配しております。ご安心を」
やがて、話が終わりその策を彼女に授けた男は部屋をあとにすると、それを手にした彼女は先ほどの続きを読み始めた。
そうして彼女の今日はいつもと変わらず過ぎていく。
何事もなかったかのように。




