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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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32/104

ヴォイニッチ手稿

 チェコ共和国の首都プラハ。

 古くから栄えたこの都市にある高級ホテルの一室で、ふたりの日本人はこの日も朝からそれを眺め続けていた。

 そして、十二時間後。

「わからん。とにかく今日はしまいだ」

 奮闘空しくこの日も敗れた年長の男が呻くようにその言葉を吐きだすと、だいぶ前から白旗を上げていたもうひとりもその言葉を待っていたかのようにそれに続く。

「それにしても、これは本当に言葉として成立しているのでしょうか?菱谷さん」

「私に聞くな。それよりも……憂さ晴らしだ」

 そう言って彼らはやけ酒へと進む。

 実を言うと、彼らはこの生活をすでに十日間以上も続けていた。

「くそっ。今夜も夢に出るに違いない。いよいよこれを書いた奴を撃ち殺したくなってきたぞ」

「まったくです」

 多くの言語を使いこなす蒐書官であるふたりの日本人をここまで悩ませているもの。

 それは、二週間前に当地の貴族から手に入れた羊皮紙製の本だった。


「ようこそお越しくださいました。天野川夜見子さんの代理人」

 自らが呼び出したふたりに流暢な英語で声をかけたのは貴族然とし、実際に貴族でもある男だった。

 もちろん彼らも慇懃に応じる。

「初めまして、ホーヘンベルグ卿。私は菱川。そして、隣にいるのが田所です」

 ふたりのうち年長者である菱谷が笑顔を崩さぬまま言葉を続ける。

「珍しい本を売りたいというお話でしたが商談を始める前にひとつお聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか?」

「なんなりと」

「なぜ縁もゆかりもない我々が声をかけていただけたのでしょうか?そのような貴重な本であるならば欲しいと思うお知り合いの方もたくさんいるでしょう。それにこの地にはそれを寄贈するにふさわしい由緒ある博物館や図書館がたくさんあります。そのような中で我々が選ばれるのはたいへん名誉なことではありますが、奇異なことにも思えましたので無礼を承知でお聞きしました」

「そうですね。ここプラハは歴史と文化の身近に感じることができるすばらしいところです。そして、あなたのおっしゃるとおりそのような施設はこの街のそこかしこにありますし、私には貴重な品を愛でる知り合いもたくさんいます。ですが、私はまずあなたたちと交渉がしたかったのです。理由になっていませんがそれが理由なのです」

「……なるほど。それはありがとうございます。……そういうことなら言い方を少し変えましょう。あなたには我々を取引相手に選びたい理由があったのですか?」

「はい」

「では、教えていただけますか?その理由を」

「もちろんどこよりも本を高く買ってくれるとの評判だからです。ですが、それは理由のひとつにすぎません」 

「……ということはまだ理由があるのですか?」

「はい。正直申しますと、そちらのほうがあなたたちに連絡した理由の大部分を占めます」

「ほう。それは興味深い」

「そちらの理由も教えていただきませんか?」

「もちろんです。せっかくですから、私というか私の先祖がそれを手に入れたところからお話いたしましょう」

 そう切り出し彼が語ったこと。

 それは実に奇妙なものだった。


 それから三十分後。

「……読めない?読めないというのはどういうことなのでしょうか?」

「言葉どおりです。本には文字は書かれている。ですが、それを誰も読むことができないのです」

「それはつまり、この地で使用されていない言葉で書かれているということなのですか?」

「確かに使用されている文字はこの国で使用されているどの言語でもありません。ですが、その本に書かれている文字はそれにとどまらないのです」

「と言いますと?」

「私が知るかぎり現在地球上に存在するどこの国でもそこに書かれている文字は使用されていないのです」

「……つまりあなたがお持ちの本は現在使われていない言葉で書かれているということなのですか?」

「そういうことになります」

「ではそれはヒエログリフのような過去には使用されていたが現在は廃れてしまった象形文字の類ということなのですか?」

「その可能性はあります。ですが、多くの歴史書を紐解いてもその文字が使われた形跡が見つからないのです」

「それは間違いないのですか?」

「はい」

「……なるほど。それは随分とやっかいな本ですね」

 だが、その言葉とは裏腹にこの時すでに菱谷の思考はある本に行きついていた。

 その結果として彼の心の中では大いなる葛藤の嵐が渦巻いていたのだが、そのようなことなどおくびにも出さず、何事もなかったかのように菱谷はさらに言葉を続ける。

「もしかしてその文字は暗号ではないのですか?」

「その可能性もあります。ですが、その手の専門家に依頼してみたものの解読の糸口さえつかめませんでした。それどころか暗号かどうかもわからないということでした」

「比較する文字もなく暗号かどうかもわからない?そうなると文字のようなものが並べてあるだけで実は文章として成立してない可能性もあるのではないでしょうか?」

「私が依頼した暗号解読の専門家も同じ意見でした。ですが、彼らの見解は間違っていると私は考えます。あれは必ず読み解けるものである。それが私の意見です」

「そこまで断言するにはそれなりの理由がおありでしょう。では、その理由とは何でしょうか?」

「実はそこには挿絵があるのです」

「挿絵?」

「はい。ですから、その文章はその挿絵について書かれていると思われます」

「なるほど。確かにホーヘンベルグ卿の言葉には説得力がある。では、それを見せていただきましょうか?」

「わかりました」

ホーヘンベルグは手元に用意していたそれをテーブルに置く。

「これになります」


「……やはりそうか」

 それを数ページ眺めたところで彼は呻くように呟いた。

「ホーヘンベルグ卿の説明を聞いたときに真っ先に思い浮かんだのがあれだった。だが、その時は同じものがもう一冊あるわけがないと思いそれを抑え込んだのだがこれを見て確信したよ。間違いない」

 菱谷はそう言うと、隣に座るもう同僚に声をかける。

「田所君も実はそう思っているのだろう。これとそっくりなものを知っていると」

 もちろん先輩蒐書官に言われるまでもなく、田所にも思い当たるものがあった。

「もちろん知っていますが、まさか……」

「そのまさかだよ。まちがいなくこれはヴォイニッチ手稿と同じ文字を使用している。羊皮紙の年代もこれが現代につくられた偽物ではないことを示している。つまりそういうことだ」

「ですが、あれと同じ言葉で書かれたものがあるとは信じられません」

「だが、現実にそれが目の前にある。そして、これがどういうことを意味するのかわかるかね。田所君」

「も、もちろんですとも」

 一気に熱を帯びるふたりの会話だったが、そこにタイミングを計ったかのようにホーヘンベルグが言葉を滑り込ませる。

「何やら盛り上がっているところを申しわけないのですが、おふたりにひとつお伺いしてもよろしいですか?」

「も、もちろんです」

「不見識でたいへん申しわけないのですが、そのヴォイニッチ手稿なるものはどのようなものなのか教えていただけますか?なにしろヴォイニッチ手稿という言葉を耳にするのも初めてなもので」

 ふたりはその言葉に慌てた。

 いや、どちらといえば自分が持つ書をそれだけ調べておきながらヴォイニッチ手稿を知らないということに対しての違和感と言ったほうがいいのかもしれない。

 だが、本人が知らないと言っている以上、それがすべてである。

 すぐさま自分たちの話を畳み、取り繕うように弁解を始める。

「こちらこそ申しわけありません。あまりにも貴重な本を目の当たりにしたものでつい興奮してしました。そして、まず言わなければならないのはあなたのお持ちの本と同じ文字を使用して書かれたヴォイニッチ手稿は貴重な本ではありますが、それを知っていることが人間の常識という類のものでもありません。田所君。ヴォイニッチ手稿についてホーヘンベルグ卿にわかりやすく、そして端的に説明をしてもらえるかな」

「わかりました。では、ご説明させていただきます」


 そして、十分後。

「おわかりいただけたでしょうか?」

「もちろんです。ヴォイニッチ手稿。まさにこれと兄弟のような書ですね」

「そのとおりです。ただし、わかったのは、これがヴォイニッチ手稿と同じ文字で書かれているということだけです。それどころか、これで闇はさらに深まったと言えるのかもしれません」

「どういうことですか?」

「田所君の説明通り、ヴォイニッチ手稿自体、全然解明できていないのです。しかも、あちらはかなり前から多くの専門家がやっているにもかかわらず。つまりその親戚であるならばこの書もおそらく……」

「それは多くの言語を駆使するあなたたちも同じということなのですか?」

「そのとおりです。残念ながら」

「……なるほど」

 だが、それを聞いたホーヘンベルグの表情はその言葉とは裏腹になぜか落胆しているようには見えなかった。

 それどころか彼の顔には笑みさえ浮かんでいた。

 いや、それも違う。

 彼の表情はそれを必死に隠そうとしているものの、それでも隠し切れず喜びが滲み出していると表現したほうがよいものだった。

「ホーヘンベルグ卿。私にはあなたが私たちの言葉を聞いて歓喜しているように見えるのですが……」

 たまらず菱谷がホーヘンベルグに問いかける。

「すいません。ですが、あなたがたの言葉を聞いて私は安心、いや嬉しくて仕方がないのは事実です」

「それはどういうことですか?」

「決まっているではないですか。世界中の研究者が総がかりでも読み解くことができないその書の内容を知るチャンスを私は得られたのですよ。これを喜ばずに何に対して喜ぶことができるというのでしょうか。……決めました。そのような貴重な本ということならば本来なら相応のお金でお譲りするところですが、ある条件を満たしていただけるのであれば、対価は不要です」

「対価が不要?本当ですか?ホーヘンベルグ卿」

「もちろん。あなたがた日本人の言葉で言えば『武士に二言はない』。お約束します」

「ありがとうございます。それで、その条件とは……」

「もちろん、あなたたちの主である天野川夜見子さんに私が持つこの書、そしてこの書と同じ言葉で書かれているヴォイニッチ手稿を読み解いていただき、その内容を教えてもらうことです。聞くところによれば、あなたたちの主は古今東西あらゆる言語を読み解けるそうですから、これはそう難しい条件ではないでしょう。あなたたちは貴重な本をタダで手に入れ、私は誰も読み解くことができなかった本の内容を知ることができる。これぞウインウインです」

「……ホーヘンベルグ卿。お言葉ですが、確かに我が主天野川夜見子は多くの言葉を理解しています。ですが、これを読み解けるのかは……」

「ミスター菱谷」

「はい」

「あなたは自分の主である天野川夜見子さんの能力を疑うのですか。それは実に不敬な行為です」

「……お、おっしゃるとおりです。今の言葉はお忘れください」

「それで、あなたはどうなのですか?ミスター田所」

「いえ……そ、そのようなことは毛頭……」

「よろしい。それでこそ主を持つ者の正しき姿です。さて、そろそろ時間のようです。では、あなたがたの主にある天野川夜見子さんに依頼の完遂をよろしくお願いしますという私のメッセージとともにこれをお届けください。私はあなたがたの主の能力を誰よりも信じておりますので必ずや私の期待に応えるものと思っています。お答えを聞かせて頂ける日を楽しみにしています」

「……お預かりいたします」

 その言葉に圧倒され、なかば強引にそれを押しつけられたふたりであった。


「すいません。菱谷さん。目の前に差し出されたものですから反射的に受け取ってしまいました」

「いや。構わんよ。私も同罪なのだから。だが、困った」

「そうですよね。許可も取らずに夜見子様の力をあてにして本を手に入れたことがばれたら鮎原さんに殺されそうです」

「それよりも先にヨーロッパを統括している朱雀さんがベルリンから飛んできて我々をカレル橋に吊るしそうだ」

「ですよね」

「こうなったら我々の手でこれを読み解く。助かる道はそれしかない」

「はい」


 だが、それから二週間。

 何も進まないまま、時間だけが過ぎていた。

 そして……。


「田所君。残念ながらこれは我々に手に負える代物ではない。どうやら羊皮紙の代用品になる覚悟で夜見子様にありのままをお話するしかないようだ」

「わかりました。ですが、万が一夜見子様にも読み解けないようなことになったらどうしますか?」

「決まっている。証拠隠滅だ」

「証拠隠滅?」

「そうだ。ホーヘンベルグ卿には本当に申しわけないことなのが夜見子様の名誉を守るためにこの世から消えてもらう。それがこれを掴まされた我々の務めだ」

「そうですね」

「それが終わったら正式な沙汰を待つことになる。まずは東京に連絡を」


 その日の深夜。

 少女のスマートフォンに一通のメッセージが送られてきた。


「……お嬢様。天野川です。おもしろいものが手に入りましたので明日私の城へお越しください」


 翌日の東京都千代田区神田神保町。

 その一角にある建物の主がやってきた少女に手渡したのは見慣れない文字がびっしりと書かれた紙束だった。

「これは?」

 手に取ったそれにチラリと目をやった少女の問いに彼女は答える。

「最近プラハで掘り出した本のコピーです。もちろん原本は本物です」

「なるほど。ですが、なぜ現物ではなくコピーが送られてきた段階で私を呼び出したのですか?」

 いつもなら実物が来たから入る連絡が、今回にかぎり違っていたことを少女が不審に思うのは当然である。

 だが、彼女はやってくると確信していたその言葉に用意していた言葉で応じる。

「実はこれの所有者がこの書を無料で引き渡す条件として、これとヴォイニッチ手稿の解読を私に依頼してきたそうです。このような経験はあまりできませんので、お嬢様もご一緒にどうかと思い、連絡させてもらいました」


 ……なるほど。そういう趣向ですか。


「それは楽しみです」

 心の声の続きを口にした少女は嬉しそうに笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。

「ところで、この書はどのような方が所有していたのですか?」

「チェコの貴族の末裔ホーヘンベルグと名乗っているようです。この書も彼の先祖が手に入れたとのことでした」

 続いてやってきた少女の問いにそう答えた彼女はふたりの蒐書官が詳細に報告したいきさつを説明した。

「……なるほど。それに出会っしまったふたりは実に不運でしたね」

 少女は彼女から聞いた菱谷たちが過ごした辛い日々を少しだけ憐れんでから、表情を変えて、言葉を続ける。

「……それはそれとして、そのホーヘンベルク卿ですが、彼の言葉のうち後半部分はおそらく嘘で、真実はこの書は彼が先生に勝負を挑むために闇ルートから仕入れて用意したものと思われます」

 もちろん彼女は少女が語った言葉の核心部分はすぐに読み取れない。

 当然聞き返す。

「私と勝負……ですか?」

「はい。もう少し言えば、彼の意図は先生のあらゆる言語を読み解けるという看板に泥を塗ってやろうというものでしょう。もちろんそれほど深い意味はないでしょうが」

「しかし、蒐書官たちはそれに気がつきませんでした。そう言い切る根拠をお嬢様は何かお持ちなのですか?」

「ありません。ただ、今聞いた蒐書官に接触してきた経緯や彼が言ったという言葉の端々に疑問を持ちたくなる点は多々ありました」

「たとえば?」

「昔から家にある怪しげな文字で書かれた本をそれなりの方が調べたのなら、すぐにヴォイニッチ手稿に行き当たるはずです。しかし、それを彼は知らないと言ったという。もうそれだけで何かを隠していると思われても仕方がないでしょう。それだけではありません。これは彼の失敗だと思うのですが、高額の買い取り金額に釣られて蒐書官に連絡したのではないとはっきりと宣言した。そして、その後の一連の流れ。遠くからそれを眺めれば最初から先生にそれを読ませることが目的であったとしか見えません。そうなれば、思い当たる理由は限られてきます。ただし、それは本物の敵意などではなく、どちらといえば酔っぱらった貴族の若造が勢いで口にした戯言のようなものです。用心深い蒐書官たちのアンテナに引っ掛からなかったのもそのためでしょう」

「なるほど。しかし、もしそういうことなら、内容はともかく貴重性は確かにあるわけですから、それを手に入れるためには大金を支払ったでしょうに。それをむざむざ私に進呈することになるかもしれないとは考えなかったのでしょうか」

「おそらく彼はヴォイニッチ手稿を事前に調べあげて、あれが未解読の書であることを知っていたのでしょう。そして、蒐書官との会話によって勝利を確信し、勝負に出た。当然敗北など彼の頭の中にはなかったと思います。無料でと言ったのは、形ばかりではありますが、リスクが同等であることを強調したかったのでしょう」

「……そういうことなら、残念ながら彼の期待に背くことになりそうです」

 つまり、読み解ける。

 彼女は言外にそう言っていた。

 もちろんそれを知っている少女が頷く。

「そうですね。彼にとって想定外だったのは先生がヴォイニッチ手稿の原本だけでなく作者直筆の読み解くための参考書まで手に入れていたことでしょう。もっとも、先生がそれらを持っているかもしれないと考えられるのは、過去に苦い思いをした者たちだけであり、私たちに初めて接触した彼にそこまで求めるのはいささか酷というものです。それに、彼がヴォイニッチ手稿や新しく手に入れたこの本の内容を知らないことも、それを知りたいと思っていることも事実でしょうから、彼にとっても一方的な敗北というわけではありません」

「そうであれば幸いです」

「さて、ヴォイニッチ手稿は解読するまでの面白さに比べれば内容は数段落ちる印象でしたので『内容はともかく』という先生の言葉は的を射るものだと思います。はたしてこちらはどこまで私を楽しませてくれるのでしょうか」

「私もまったく目を通していませんのでそれは何とも言えません。では、そろそろ読み始めましょうか」

「そうですね。それから、卿への返信についてですが……」

「はい」

「私からひとつ提案があります」


「こ、これは何ですか?ミスター菱川」

 あの日から十日と少しが経ったその日、彼は叫んでいた。

「落ちついてください。ホーヘンベルグ卿」

「これが落ちついていられますか。もちろん詳しい説明はしていただけるのでしょうね」

「もちろんです。そのために我々はやってきたのです」

 彼を絶叫させたもの。

 それは羊皮紙でつくられた一冊の本であった。

「なぜこの本には私の本と同じ字が書かれているのですか?」

「そこにお気づきになるとはさすがホーヘンベルグ卿。実はこれがお預かりした本とヴォイニッチ手稿の説明文となっています。夜見子様によれば、せっかくなので同じ文字を使って説明をしてみてはどうかというあるお方の提案に従ったとのこと。そして、そこに書かれている文字はその方の手によるものと夜見子様より説明を受けております」

「だが、結局これでは意味がわからないままではないですか」

「そのとおり。そして、こちらがそれを補完するためのチェコ語による概要説明書です」

 菱谷はそう言うと羊皮紙製の本をさらにもう一冊彼に差し出した。

「つまり、天野川夜見子さんはあの言葉を訳せただけでなく使いこなせると?」

「もちろんです。ちなみに、お渡しした本に使われた羊皮紙はそれなりの処理がされていますが現代のものですので歴史的価値はないです」

「そんなことはどうでもいい。それよりも、これだけではこれが正しいことの証明にはならないのではないですか」

「異なことをおっしゃる。主を信じろと言ったのはあなたではないですか。しかも、あの時あなたは夜見子様の能力を誰よりも信じているとおっしゃっていました。今の言葉はそれと矛盾します」

「い、いやそれは……」

「心配は無用です。夜見子様は確かにあの本を読み解いていますので、そこに書かれていることは事実です。つまりあなたは我々以外で最初にあの本の内容を知る人物となります」

「……」

「さて、これであなたからの依頼は完遂しましたので、あの本は今後『私の本』ではなく『夜見子様の本』となります。くれぐれも言葉をお間違えにならないようお願いします」

「……はい」

「おっと。夜見子様からあなたへのメッセージを預かってきていたのをすっかり忘れるところでした。では、主からの言葉をお伝えします」


「楽しませてくれてありがとう。このような勝負ならいつでも受けさせていただきます。今回以上の貴重な本を用意したあなたと再び相まみえる日を楽しみにしております」

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