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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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アレクサンドリアの大灯台のスケッチパピルス

 東京都千代田区神田神保町。

 そこに建つその建物を眺める六十歳は超えていると思われる白髪の男性。

 彼の名前は日野誠。

 この建物を建てた男である。

 

 機械と人間による厳しいセキュリティを素通りして建物の主の部屋までやってきたその男は彼女と顔を合わせる。

 そして、始まる。

 いつものあれが。


 この建物の主である彼女の口が開く。

「あらあら、まだ生きていらしたのですか」

「ふん。引きこもりのおまえと違い、まだやることがあるからな。そう簡単に死ぬわけにはいかないのだ」

 彼女の言葉に老人が倍返しのように応じると、さらにその倍と言わんばかりの彼女の言葉が老人の耳に届く。

「世の中にとって不要な人間ほど自分はこの世界で必要とされているものだと勘違いしているそうですが、どうやらあなたがその代表のようです。そのようなあなたによいことを教えて差し上げます。すでに晩節を汚し切った耄碌爺さんには無意味な言葉ではありますが、人間には引き際というものが大切なのです。それに、たとえ棺桶に足を突っ込んでいる死にかけ爺さんでも消費する資源は変わりません。人類の貴重な資源をこれ以上無駄にしないようにさっさとこの世から退場することをお勧めします」

 当然ながら、その言葉にはすぐさまお返しがやってくる。

「引きこもりの分際で言ってくれるな。とりあえず、私と面会するときはその恥ずかしい若作り服ではなく、もうすぐ三十歳になるババアらしく年齢相当のものを着ろ」

「さすが生きた化石といったところでしょうか。耄碌すると女性の価値さえわからなくなるようですね。それにここは私の城です。そこにやってきたあなたこそ土下座して挨拶をしたらどうですか?特別に靴の裏を舐めさせてあげますよ」

「御免被る。そんなことをしたら引きこもりがうつるではないか」

 そう。

 このふたり、目を合わせればいつもこうなのである。

 そして、誰かが仲裁に入らなければ、それは何時間でも続く。

 これまでの最長記録、実に二時間三十二分。

 この調子で新記録樹立も夢ではないかというこの日のふたりの言い争いであったが、幸いなことに仲裁者として最もふさわしいと思われる人物が彼の隣にいた。

 頃合いを見計らいその人物が動く。


「日野様。今日は次の予定がありますので挨拶は短めに」

 神明等。

 日野の秘書を長年務める人物である。

「そうだった。このような引きこもりの匂いする場所でこれにつきあって時間を潰すわけにはいかなかったのだったな」

「お言葉ですが、ここはそのような場所ではありませんし、天野川様は橘花グループの幹部会の一員。つまり日野様とは同格であるうえ、人間的にもすばらしい方でございます。いつもご忠告させていただいておりますが、親しき中にも礼儀ありというすばらしい言葉もありますし、特に今日は天野川様にお願いしていたものを受け取りに来たのですから、言葉は選ぶべきではないかと」

「そのとおりよ。まったく失礼な爺さんね。でも、私も耄碌爺さんをからかうことに飽きたところだったからちょうどよかったわよ。ありがとう。神明」

「いいえ。これも私の仕事でございます。天野川様」

「本当にあなたはこの爺さんにはもったいない人だわ。年寄りの世話が嫌になったらいつでも私のところに来なさい。歓迎するから」

「ありがとうございます。ですが、私は日野様のもとで働けることを喜びに感じておりますので、そのお誘いはご遠慮申し上げます」

「聞いたか、引きこもり。これが常識人の判断だ。さて、今回も私が勝利したところで、あの話を始めるとするか」

 強引に勝利宣言をした日野の言葉に頬を膨らませる夜見子だったが、すぐに気を取り直しテーブルに大きな荷物を置いた。

「頼まれていたものは用意しておいたわよ」

 それは大量のパピルスだった。

「うむ。さすがだな。仕事が早い。そして、何よりもこれはおまえにしかできないことだ。感謝する」

 日野はそう言って一番上にあった一枚を手に取る。

「私には本物にしか見えないがこれは本当にレプリカなのか?」

「もちろん。当時の人が描いた世界七不思議のひとつ『アレクサンドリアの大灯台』の正確なスケッチは世界にひとつしかない貴重なものよ。だから、たとえレプリカであってもそれを手に入れられただけで満足すべきでしょう。それに同じレプリカでも……」

「わかっている」

 日野はもう一度それを眺める。

「本当によい出来だ。さすが『すべてを写す場所』が制作したものというところかな」

「私の工房は『本物より本物らしく見えるものをつくる』ことをモットーにしているのです。それくらい当然です」

 すべてを写す場所。

 それは夜見子が抱える三つの工房のひとつに与えられた名である。

 そこでつくられたレプリカは外見上本物と見分けがつかないだけではなく、どのような科学的調査もすり抜けてしまう怪物コピーなのである。

 そのとんでもないものを産み出す工房の主が口を開く。

「残りはすべて灯台の設計図よ。それにしても、模型ひとつつくるのにそこまでやる必要があるのかしら」

「当然だ。新しい技術を手に入れるためには古代の英知を知るということは非常に重要だ。そして、当時の設計図を使用し実際にそれをつくりあげることこそがその技術の習得の早道なのだ」

「それでも、わざわざそれに本物と同じパピルスを使う必要が本当にあるのですか?使いやすさだけなら洋紙のほうが断然上でしょうに」

「ふん。白々しいことを聞く。それこそおまえ自身もやっていることだろう。これは模型をつくるためだけではなく私のコレクションを増やすためでもある。だから、本物が手に入らなければできるだけ本物に近いものを手にしたいと思うのはコレクターとしては当然のことだ」

「はいはい、ご高説どうもありがとうございました。それから一応言っておきますが、今回のレプリカには貴重な年代もののパピルスは使用していません。それらしくは見えますが、材料はすべて新しいものです」

「それはまったく問題ない。とにかく、残りもよろしく頼む」

「では、次は『バビロンの空中庭園』の設計図でいいかしら?」


アレクサンドリアの大灯台

異論はあるものの一般的には古代世界の七不思議のひとつとして知られている。

プトレマイオス一世によって彼の都であるアレクサンドリア近郊ファロス島に建設された。

八世紀から数度にわたって起こった地震により倒壊し現在はその面影はないが、多くの伝説を残している巨大建築物である。

これだけの建築物にも関わらず、倒壊前の詳細を記述するものは多いとはいえず、その姿を写し取ったものも、当時のコインなどごくわずかである。

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