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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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ピーリー・レイースの地図

 ピーリー・レイースの地図。

 それは、大概の場合十六世紀にオスマン帝国の軍人ピーリー・レイースによって制作された二枚の世界地図のうちの一枚を指す。

 オカルトマニアやそれに便乗した自称専門家によって正確な南極大陸の陸地が描かれているオーパーツとして喧伝されため有名になったこの地図はイスタンブールのトプカプ宮殿に保管されている。

 だが、現在残されているものは地球の半分を描いた「半世界地図」であることはあまり知られていない。

 その失われた半分はどこにいったのか。

 それはもちろん……。


「珍しいものをご覧になっていますね。夜見子様」


 部屋にやってくるとすぐに彼女が手にしていたそれに気づいた男がそう声をかける。

 もちろん男に名を呼ばれたその女性は知っている。

 これが誰に手によってここにやってきたのかを。


「懐かしいですか?」


 手にしていた羊皮紙から目を離した夜見子の言葉に男が答える。

「その羊皮紙も私が扱った品のひとつ。ですが、それだけのことであり、それを見たからといって感傷的になることなどありえません。と言いたいところですが、年をとったせいか現役で蒐集していた頃を懐かしいと思うことが多くなりました。特に自分が直接関わったものを見た時は」

「なるほど」

 相槌を打ちながら夜見子が微妙な笑みを浮かべたのには理由がある。


 ……形式上は同格となっている美奈子や真紀の前では口が裂けても言えませんが、名称は変わってもこの組織は今でも実質あなたが動かしているのですから謙遜も度が過ぎると嫌味に聞こえます。


 だが、夜見子が口にしたのは、心の中で語ったそれとはまったく違うものだった。

「それにしても、これだけのものをよく手に入れられましたね」

 賞賛の意が含まれた夜見子の言葉に男が薄く笑みを浮かべ、懐かしいことを思い出すかのように言葉を重ねる。

「それは盗品売買の元締めを長くやっていたおかげです。それにそのような商売をする者にとっては時代も今よりもずっとよかったと思います。そういう意味では盗品売買をおこなうことが難しくなった現在であれだけの結果を出している新池谷君は私よりも遥かに優秀だと思います」

「ですが、彼はあなたがつくったシステムを利用している。それだけでもあなたが彼よりも劣ってなどいないことが証明されています。それに、彼や長谷川を見出し育て上げたのはあなたです。あなたが自分をどう評価しているかはわかりませんが、少なくても私はあなたを高く評価しています」

「過分な評価を感謝しております」

「せっかくですから少し教えてください。これを手に入れた時のことを」

「承知いたしました」

 そう言って恭しく頭を下げた男が語ったこと。

 それは……。


 二十年以上前のカイロ。

「鮎原さん。品物が大量に入りました」

 彼のもとに報告にやってきたのは新池谷という蒐集官であった。

「真贋チェックはおこなったのかね」

「まだです。今回は大部分が羊皮紙でしたので」

「羊皮紙?」

「売人たちは逸品ぞろいなどと言って買い取りを持ちかけています。しかも、かなり強気です」

「相手をしているのは?」

「長谷川君です」

「わかった。とりあえず真贋チェックは私がおこなう。ところで、彼らは何を持ってきたと言っているのかね」

「ピーリー・レイースの遺品」

「……ほう」

 少し前にその名前を冠する地図の一片を買い取っていたため、少しだけ興味をそそられながら交渉をおこなっている部屋にやってきた彼を待っていたのは、いかつい男たちを相手にまったく臆する様子を見せない若い男だった。

 彼が口を開く。

「どうだね?長谷川君」

「交渉はまとめました。あとは鮎原さんの承認だけです」

「首尾は?」

「彼らの顔を見ればわかるのではないでしょうか?」

「……随分渋い顔をしているな。つまり我々にとっては成功というわけだな」

「そういうことになります。ちなみに、鮎原さんの真贋チェックで偽物が見つかったらさらに値引きする約束もさせています」

「さすがだよ。長谷川君」

「……鮎原さん。あまり締め上げては売人が悲鳴をあげて逃げかねません。そうなっては元も子もなくなるのではないのですか」

「いや。長谷川君はそうならないような交渉をしているのだろう。さて、こちらも仕事を始めようか。まずは商品の確認だが……ん?」

 持ち込まれた商品を確認し始めた鮎原の目にすぐに飛び込んできたもの。

 それは一枚の地図だった。


 ……これはあってはならないもの。だが、フェイクにしては出来があまりにも良すぎる。

 ……ん?よく見れば、我々が手に入れたあれの半分とは微妙に違う。

 ……記された千五百十二年か。羊皮紙の年代は問題ない。ということは……これはいい。


「鮎原さん、どうかしましたか?」


 自分に声をかけてきた新池谷に彼は問う。

「……新池谷くん。君はイスタンブールの『ピーリー・レイースの地図』を見たことはあるかね」

「はい」

「では、それと目の前のものを比べてどう思うかね」

「似ていますね」

「似ている?つまり同じではないと」

「はい」

「では、さらに問う。これを偽物だと思うかね」

「……羊皮紙の年代がわからないので何と言えませんが、偽物には見えません」

「なるほど。イスタンブールの『ピーリー・レイースの地図』とは違うもの。だが、偽物ではない。では、君はこれを何だと思うのかね?」

「複数枚存在した試作品か写本のひとつ。または、ピーリー・レイース本人が自分用に残したもの。どちらにしても、もう一枚の『ピーリー・レイースの地図』といえるものではないでしょうか」

「なるほど」


 ……おそらく長谷川君も同じように考えているのだろう。だから、交渉を成立させようとしているということか。

 ……一瞬でその結論を導き出す。ふたりとも優秀だ。

 ……だが、決定的証拠になる作成年を見落とすとはまだまだツメが甘い。


「鮎原さんはどう考えているのですか?」

「君のふたつの案を足して二で割るものといったところか。おそらく、彼はこれを基に皇帝に献上する地図をつくった」

「理由は?」

「ふたつの地図を比べるとこちらの方が多くのものが記されている。そして、この地図で記されてイスタンブールのものにないものはあるが、その逆はない。しかも、イスタンブールのものにないものだけに小さな印がついている。そして、なによりもここに記されている千五百十二年は有名な『ピーリー・レイースの地図』の前年である。結論。この地図から作者が皇帝に献上するものには不要と思われるものを削除してイスタンブールのものをつくりあげた」

「ということは……」

「これこそが、本当の『ピーリー・レイースの地図』だ」

「どうしますか?」

「もちろんすべて買い取る。多少偽物が混ざろうがこの一枚だけでお釣りが来るというものだ」

「それで、その地図の真贋判定はいつおこなうのですか?」

「すでに終わっている」

 彼はそう言って新池谷に指を見せる。

 感触だけでそれを判断する。

 それは一流蒐集官の証し。

 しかも、それを一瞬の間におこなう。

 これこそが彼がこの地位に就いている理由。


「……新池谷君。長谷川君に買い取り指示を。購入金額は任せる」


 すべてを語り終わると、男は夜見子に一礼する。


「つまらない昔話を長々としてしまいました。さぞお耳汚しだったことだったでしょう」

 どこまでの形式を重んじる男の言葉に夜見子は薄い笑みを浮かべながら口を開く。

「そのようなことはないです。あなたが今の統括官クラスの蒐書官たちと過ごした貴重な時間を知るすばらしいお話でした。それから……」

「何でしょうか?」

「いえ、なんでもありません」


 ……いかに当主さまの指示とはいえ、今はともかくこの地位に就いた時にはまだ十七歳の小娘だった私の指示に蒐書官と名を変えたばかりのベテラン蒐集官たちが黙って従っていたのは彼らに対して絶対的とも言える影響力を持っていたあなたが私の傍にいたからです。


 ……本当に感謝しているのですよ。鮎原進。

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