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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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22/104

ある墓地について語るローマ軍人の手紙

 東京都千代田区神田神保町。

 ここには世界一とも言われる古書店街がある。

 そして、その一角に建てられた貴重な本に埋め尽くされた建物。


 その一室でいつものように古書店街の魔女こと天野川夜見子は古い紙に書かれた文字を読む。


 そして、今日はもうひとり。

 二十八歳の彼女よりも一まわりほど年少と思われる小柄な少女も同じように何かを読みふける。


 このふたり、実は少女が小学生時代からの語学教師と生徒という関係であるのだが、それ以外にもある共通の趣味によって結ばれていた。

 それは本好き。

 もっとも、夜見子の場合は趣味の域などとうの昔に突き抜け、それは今や人生そのものになっていたのだが。


 彼女の僕たる蒐書官がまだ蒐集官と呼ばれていた時代からその蒐集は始まっていた世界各地から集められていた多くの書簡。

 それは、現在彼女が管理するある建物の一室に保管されていたものの、その数のあまりの多さにそれらは完全に整理されているとはいえなかった。

 だが、それは新たな宝物を発見される可能性を示すものでもあり、月に数回おこなわれる神保町の建物に持ち込まれたその書簡類の整理作業はふたりにとって至福の時であった。

 そう。

 彼女たちが現在読んでいるものとは、古い時代の手紙であった。


「そろそろ休憩にしませんか?」

 始めてから数時間後、夜見子は初めて口を開いた。

「わかりました。ちょうど区切りのいいところでしたし、集中力も切れかかっていたので私も休憩したいと思っていたところです」

 少女はそう応じたものの、それが心の底から出た言葉なのかどうかは定かではない。

 なにしろ、この少女の集中力とその持続力は夜見子以上であり、たかが数時間程度の作業でそのようなものが必要になることなどこの少女に限ってはないのだから。

 もちろん、そのことは夜見子も十分承知していた。


 ……ですから、年長である私がお嬢様の健康に気を遣わなければいけないのです。

 ……たとえ、その役割に私が不似合いであっても。

 ……まあ、お嬢様もそれを察してそうおっしゃったのでしょう。


 夜見子は心の中で自嘲ぎみにそう呟いていたから、口を開く。


「……ところでお嬢様。何か面白いものが見つかりましたか?」

「はい。非常におもしろいものが。先生はどうですか?」

「こちらもありました」

「そうですか。ちなみに先生が発見したものとはどのようなものですか?」

「いくつかあるのですが、やはり一番はオクタウィアヌスのエジプト遠征に参加した将軍が家族に宛てたアレクサンドリアの様子を書いた手紙でしょうか。お嬢さまが見つけたものとは?」

「私が見つけたのは、同じ時期にこの地を訪れたローマ人が語るある墓地についての書簡です」

「墓地?」

「はい」

「誰のでしょうか?と訊ねるのは野暮というものですね」

「そのとおりです。この地を訪れた者たちが興味を引く墓地などあの一族のもの以外にありません」

「それはプトレマイオス一族の墓ということでよろしいのでしょうか?」

 夜見子の言葉に少女は頷き、さらに補足するように言葉を加える。

「しかも、この王朝の王たちは、どうやらある特定の場所に埋葬されることを決めていたようです」

「プトレマイオス朝版『王家の谷』というところでしょうか」

 少女は少しだけ笑みを浮かべると、今度は首を横に振る。

「この手紙の内容では、王家の谷というより霊廟が並ぶ現代の墓地にイメージは近かったようですね」

「なるほど。王家の谷のように墓を隠すという意図はなかったということなのですか?」

「そうなります」

「そのほかには何かわかることはありますか?」

「この地を王朝の墓地にするきっかけになったことが伝聞と憶測と言う形が記されています」

「それは?」

「アレクサンドロス大王。彼の墓がこの場所にあり、その周りに歴代王が墓所を造営することが習わしになったようです」

「なるほど。それで、彼女の墓はそこに含まれているのでしょうか?」

「彼女?」

「クレオパトラ七世。クレオパトラ女王です」


 ……やはりそこが気になりますか。


 心の中で呟いた少女がそれに答える。

「この書簡には直接的な言及はありません。ただし、『この地にあらたな墓が三つ造営されることになる』という一文があることから、彼女もこの地の住人になったのは間違いないでしょう」

「残るふたりは?」

「おそらくアントニウスとカエサリオン」

「しかし、それだけの墓を一か所に揃えてしまえば、反ローマの聖地になるという危険性は考慮されなかったのでしょうか?」

「その可能性が少しでもあれば、許可されなかったのでしょう。ですが、プトレマイオス朝も言ってしまえば侵略者の一族のようなものですから、ローマ人がそれに取って代わろうが民衆にとってたいした問題ではなかったのではないでしょうか。民衆にとって上に立つ者とは血筋や出身地ではなく、善政を敷くかどうか。それだけです。もし反ローマを叫ぶものがいても、それは施政者の変更によってそれまで持っていた特権を失った者たちだけです」

「当時の人はドライだったのですね。国や国民という考えが強い現代人の感覚とは少々違うようですね」

「そうですか?私は今も昔もそう変わらないと思います。善政を敷く異国人と悪政を極める同胞。さて、現代人は施政者としてそのどちらを望むのでしょうか。そもそも旧植民地の独立闘争は民族自決主義によるものとされているものの異国人の支配そのものが問題というよりも支配した異国人の過度な搾取と現地人に対する差別が引き金になっていると思います。まあ、そのような被支配者の気持ちについての能書きよりも、このことは重要なことを示しています」

「と、言いますと?」

「決まっています。その場所さえわかれば、プトレマイオス一世からクレオパトラ七世までこの王朝のすべての王の墓がいとも簡単にコンプリートできるということなのですから」


 ……それはすごい。


 夜見子は心の中で唸った。


 実は、クレオパトラを含むプトレマイオス朝の王墓は現在まで一基も発見されていない。

 その理由については、多くの学者が自らの主張をもっともらしく語っているが、その有力な説のひとつにその王朝は特別な地にまとまって埋葬されているからだというものがある。

 少女が持つその手紙はその説を肯定しただけではなく、その場所についてまで言及している。

 つまり、その手紙に手がかりになるようなことが書かれていれば、それに基づいてこれまで以上に綿密な調査することが可能となる。

 そして、それは多くの学者が挑んでいるものの、いまだその入り口にすら辿り着いていないクレオパトラの墓だけではなく、彼女の祖先にあたるプトレマイオス朝の歴代王たち、それどころかアレクサンドロス大王の墓まで含んだ発見に一気に近づくことを意味している。


 ごくりと生唾を飲み込んだ夜見子が少女に訊ねる。

「それで、その場所に見つけるための手がかりになるようなことはその手紙書かれていたのですか?」

「はい。現代人も知っているあるものに言及していますから、墓地はその周辺であることはまちがいないでしょう」

「ということは、特定は可能だと?」

「そういうことです」

「それで、その場所とは?」

 

 夜見子の問いに、少女は薄い笑みを浮かべ、静かに口を開く。


「それは……」

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