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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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古代エジプト即位式典パピルス

 エジプト中部の都市ルクソール。

「それにしてもこれはすごいな」

「まったくです。もし、夜見子様がこれを公開したら世界中が大騒ぎになるのは間違いないでしょう」

「いわゆる自称世界的権威の決め台詞である『世紀の大発見』というやつだ。しかも、ここに王の名前が記されているということは、これは実際に使用されたものの可能性だってある。そうなればこれの価値はさらに跳ね上がる。……それにしても、これは本当に大物だ」

「ここに書かれているウセル・マート・ラー・セテプ・エン・ラーというのはもしかして……」

「ホルス名も同じであることからラメセス二世の即位名で間違いないだろう」

「ということは、これはラメセス二世の即位式の式次第」

「というか、これだけ図入りで書かれているということは、儀式の進行表というようなものなのかもしれない。夜見子様のような古代エジプト全般に関する深い知識があれば完璧に読み解けるのだが」

「夜見子様レベルになる?それはなかなかハードルが高そうです」

「そうだな。まったくもって分をわきまえぬ愚かな望みだった」

「とにかく、これはたとえ虫食い状態であっても、これは支払った金額に見合うものであるということは言えますね」

「いや。一億円でもバーゲンプライスだといえる」

「そうですね。まったくそのとおりです」

 千秋裕章と古市真一というふたりの蒐書官が自らが大金を払って闇市場で手に入れたパピルスを絶賛している場所。

 そこは彼らが定宿にしているその地のランドマーク的存在であるルクソール神殿を見下ろすように聳える高級ホテルの一室だった。


「ここで見つかったということは、ラメセス二世の即位式はカルナックでおこなわれたということになりますよね」

 興奮気味の後輩の言葉にこの地でよく飲まれる日本人にはいささか粉っぽいコーヒーで口を潤した彼が応える。

「まあ、常識的にそうなるだろうな。だが、これはそれよりももっと重要なことを示している」

「何ですか?」

「まだあるかもしれないということだ。これと同じ即位式関連パピルスが」

「それはどういうことですか?千秋さん」

「古市君。よく考えてみたまえ」

「はい?」

「墳墓以外でルクソールにある古代エジプトに関連した遺跡は何だ?」

「東岸にはカルナック神殿、ルクソール神殿。西岸には葬祭神殿群。それにマルカタ王宮や、デイル・エル・メディーナ。さらに採石場もいくつか……」

「では、君が今挙げた場所のどこからこのパピルスは見つかったと考えられるかな?」

「それは……」

「つまり、そういうことだ。ルクソールの遺跡はどれも発掘調査が進んでいる。だが、大発掘時代といくつかの例外を除けばそのようなものが出てきたこともないし、これからも出る雰囲気もない。ということは、答えはひとつ」

「彼らは調査されていない新しい遺跡を掘り当てたと」

 後輩の言葉に彼が頷く。

「おそらく彼らが辿り着いたのは重要文書を保管する場所だろう。しかも、ここにあるものは末期王朝ではなくそれよりもかなり時代を遡る新王国時代のものだ。保管されていたのがこれだけではないと考えても何の不思議もないだろう」

「では、他にも千秋さんの言う即位式関連パピルスがあるのかを先ほどの商人に確認しますか?」

「いや、向こうから必ず来る。なにしろこれだけの大金を一括で払う金払いが良い顧客は我々以外にはいない。金づるである我々を彼らが逃すはずがないからな」

「なるほど。ですが、欲をかいて同業者に声をかけたりはしませんか?」

「もちろん監視はつけてある。その気になればいつでも締め上げてゲロさせることができるから心配はいらない」

「さすがです」

「では、夜見子様に連絡を頼む。とんでもないものを手に入れたと……。おっと、さっそく彼らがやってきたようだ。さあ、仕事の時間だ。古市君」


 ルクソールでの一連の出来事があってから一か月ほど過ぎた東京都千代田区神田神保町。

 その一角に建てられた建物の一室。

 貴重な本に囲まれたその部屋でその建物の主であるその女性はパピルスを読みふけっていた。

 彼女が手にしているもの。

 それは、彼女が在ルクソールの蒐書官たちが手に入れた即位式の進め方が記された「古代エジプト即位式典パピルス」と彼女が呼ぶパピルスだった。

 その内容はどんなに控え目に表現しても、その一枚だけでエジプト学の多くのページが書き換えられるとんでもない代物だったのだが、驚くべきことに、それはその一枚だけではなかった。

 二十三。

 それが、ふたりの蒐書官が大枚を叩いて彼女のために手に入れたパピルスの数である。

 そのすべてを読み終えたところで、彼女の口がゆっくりと開く。

「……なるほど」

「何がなるほどなのですか?」

 彼女の呟きにそう訊ねる声はあきらかに少女のものであった。

「お嬢様が以前訊ねられたことへの正解がようやく見つかりました」

「私の質問ですか?」

 少女の声に彼女が答える。

「はい。以前、お嬢様は私に『ツタンカーメン王墓からはなぜ冠類が見つからないのでしょうか』と訊ねられました。このパピルスを読むと、その答えが書かれています」

「そうですか。ですが、それは教えていただかなくて結構です。パピルスを読んで自分で確認しますから」

「それはそうですね。ここで私がそれを教えてしまってはトリックの種明かしをされてから読むミステリー小説のようで興ざめしてしまいます」

「そのとおりです。ですが、せっかくですから読む前にそれに関しての私の見解を披露しておきたいと思うのですが、お聞きいただけますか?」

「もちろんです」

 彼女の言葉に少女は嬉しそうに頷く。

「まず、実は冠類も埋葬時に王墓には納められていたものの、経年劣化し消えてしまった可能性。私はこの可能性は少ないと考えます」

「理由は何でしょうか?」

「ツタンカーメン王墓では遺物として多くの布製品や革製品が見つかっているにもかかわらず、冠類だけがすべて何の痕跡も残さず消えてしまったということは考えにくいです」

「なるほど」

「では、次に同じく実際は納められていたものの、どの時点かに盗難にあって紛失した可能性」

「はい」

「これは、葬送パピルスの件もありますから完全に否定することは難しいと思われるのですが、私はその可能性も低いと考えます」

「その根拠は何でしょうか」

「タニス」

「タニス?古代エジプトにおける本当の未盗掘だったあの王墓のことですか?」

「そうです。かの地にあった王墓からも冠だけでなく葬送パピルスも見つかっていませんが、王の重要な遺品であるはずの冠と壁面や葬送品に書き込むことで代用できる葬送パピルスではその重要度は全く違います。当然ながら王の埋葬に入れるべきものを入れ忘れたなどということはありません」

「なるほど」

「では、それを踏まえて私の結論です。冠は王の埋葬時に墓には納められなかった。そして、重要なのはツタンカーメンだけではなく歴代王の埋葬でも同じであった」

「なるほど。それで、その理由はどのようなものだと考えておられるのですか?」

「あれは現世の王が被るもの。つまり冠は次の王が引き継ぐもののひとつとして即位式で使用します。それを永遠の国へ旅立った先王が持っていっては引き継ぐことができなくなる。だから、埋葬品には含まれない。もちろんサイズは人それぞれ違うわけですから、あくまで儀礼的なものではありますが。そして……」

「そして?」

「ファラオの尻尾も同様でしょう」

「ファラオの尻尾?」

「正式名称は知りませんが、ホルス神の化身である雄牛の尻尾を模した腰飾りのことです」

「……なるほど。あれはそれのことなのですか」

「あれはそれ?」

「ひとりごとですので気になさらないでください。では、お嬢様のその見解が正しかったどうかをご自分の目でお確かめください」

 そう言って彼女が少女に一枚のパピルスを手渡した。

「ありがとうございます。……これは工房製のレプリカですね」

「『すべてを写す場所』の最高級レプリカを触った瞬間にわかるとはさすがお嬢様。原本はこのように回し読むほど保存状態はよくなかったので保管してありますが、そちらをお持ちしたほうがよろしかったでしょうか?」

「いいえ。よくできていますし、もちろんこれで結構です。では、読ませていただきます」


「ふふっ。なるほど……」

 読み始めた少女が小さくそう呟いた。

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