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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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13/104

インダスのロゼッタストーン

 東京都千代田区神田神保町。

 この街にある古書店街の一角に建つ周辺では有名なその建物。

 もちろん、そこは多数の蒐書官を抱える稀代の蒐書家天野川夜見子が根城としている場所である。

 その所有者に相応しくどこを見ても書籍が詰め込まれたこの建物だが、三階にある一室だけはそれとは異なる光を放っていた。

 その小さな部屋はそれを置くためだけに設えられており、調度品類はもちろん、この建物で当たり前のようにどこの部屋にもある書棚さえ備わっていなかった。

 その部屋の中央に鎮座する唯一の存在。

 それはこの建物の主が「インダスのロゼッタストーン」と呼ぶ大きな石碑だった。


 書籍とは縁がなさそうなその石碑がこれだけの扱いを受けている理由。

 それはこの石碑に二種類の楔文字とともに刻まれたインダス文字だった。

 インダス文字。

 それは四大文明のひとつが栄えていたインドからパキスタンにかけた地域で短期間にだけ使用されていた文字である。

 そして、このインダス文字だが最初に発見されてからこれまで長期間にわたり多くの学者がその解明に取り組んでいるものの、満足する結果が得られているとは言えないことでも有名であった。

 解明が進まぬ理由はいくつもあるのだが、そのひとつが辞書的資料が存在しないことであるのだった。

 だが、この部屋に置かれた石碑はまさにそれであり、この建物の主の言う「インダスのロゼッタストーン」とは言い得て妙といえるものかもしれない。


 では、なぜ人類の宝のようなそのような貴重なものが人知れずこのような場所に保管されているのか。

 それを説明するためには今より二十年よりもさらに前の蒐書官がまだ蒐集官と名乗っていた時代にまで遡って話を始めなければならない。

 それはすなわち現在は在エジプト蒐書官たちを統括する者であり周辺地域の闇商人たちの元締めでもある新池谷勤がまだ駆け出しの若手蒐集官の時代ということになるのだが、その日カイロの事務所にやってきた彼の目の前には闇ルートから流れてきたばかりのひとつの石碑が置かれていた。

「これは?」

 彼が訊ねた相手は上司である鮎原という男だった。

「ステラだ」

 それは実に明解な答えであった。

 だが、その程度は誰にでもわかることであり彼の問いの真意はそこではなかった。

「……いずれにしてもこれはすごい」

 それは、そこに刻まれている文字が読み解くことはできないものの、これまで何度か商品を扱った経験から見覚えがあり、それが重要な遺物であることがあきらかだったからである。

「では、言い方を変えてこれの出所は?」

「さあな。それを聞かないのがこの世界の掟だ。そして、我々にとって大事なのは出どころではなく本物かどうか。そしてそれが高く売れるかどうかだ。だが、君がそれを気になる理由もわかる。私の推測でよければその答えを披露してやってもいいが聞く気はあるかな?」

「お願いします。鮎原さん」

「君も気がついているようだが、ここに書かれている文字は大きく分けてふたつ。そのひとつはインダス文字だ」

「はい」

「残りは同じこのことが書かれた楔文字だが、軽く眺めてもそれが二種類にあることはわかる。このことからわかることはここには交易相手とのやりとりが複数の言語で書かれている。そして、インダス文字が真ん中という実に中途半端な位置にあるということは、これはインダス側でつくられたものではない」

「なるほど。ということは?」

「出どころはインダス地域と交易をしていたメソポタミア側。イランかそれとも、例のディルムンなのかもしれない。そして、いうまでもなくこのようなものが博物館にあるわけはなく十中八九盗掘中に掘り当てたものだろう」

「なるほど。ということは……」

「そのとおり。これはどこに出してもかなりの値がつくものだ」

 もし、このときに鮎原がこれをいつものように闇ルートに流していれば、いつかどこかでこの石碑がひょっこりと日の当たる場所に現れ、その結果これが「インダスのロゼッタストーン」本来の役割を果たしインダス文字の研究は今よりずっと進んでいたことだろう。

 だが、残念ながら現実はそうはならなかった。

「それでもこれを商品として流すのはあまりにも惜しい。間違いなく立花家の宝になるべき貴重な品だ」

「私もそう思います」

「うむ。では、早急に手配を」

 こうして、売られることもなく密かに日本に運ばれた「インダスのロゼッタストーン」だったが、実はその後はかなりの期間、放置とまでは言わないものの、その重要性から考えればそれに近い状態で彼らのオーナーである立花家の装飾品のひとつとしてリビングに飾られていた。

 もちろん理由はひとつ。

 それを解読できる者がいなかったからである。

 そして、それから十年が過ぎたある日。

 ついにそれを読み解ける人物が現れる。

 その人物。

 それが天野川夜見子だったのである。


「おはようございます」


 日が変わると、彼女はその部屋に現れる。

「あなたのおかげで今の私があるのです」

 そう話しかける相手。

 それは彼女があの石碑であった。

「私はどの本も等しく愛します。ですが……」

 彼女は一度言葉を区切り、彼を見つめる。

「やはり、あなたは特別です」

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