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古書店街の魔女  作者: 田丸 彬禰


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魔女たちのつどい

 まもなく太陽の季節となるある日の都内某所。

 とても都心の一等地にあるとは思えぬ緑深きその庭園にはそこに咲く花々とその華やかさを競うかのように美しく着飾った女性たちが集まっていた。


「お久しぶりです。順菜様」

 やってきた女性たちが挨拶するため列をつくっているその人物。

 彼女がこの会の主催者となる。

 そして、実際にはもうすぐ四十歳に手が届くところまで歳を重ねているはずなのだが、十五歳の娘博子と並んで歩くと美人姉妹に間違えられることも多いというこの年齢不詳の女性が誰かといえば、橘花グループのオーナーとして裏から日本はおろか世界をも支配する立花家現当主の長男の妻で、次期当主の母親でもある立花順菜。

 そして、これが日の当たらない世界の住人である彼女が催す宴であるのだから当然なのだが、ここにやってくるのも皆それなりの者たちとなる。

 つまり、すべて橘花関係者。

 そして、それはその会を実質的に取り仕切っていたふたりの姉妹もそこに含まれることを意味する。


 甘い恋愛小説を書くことで有名な女流小説家神楽坂甘楽。

 だが、実を言えばその中身はむさ苦しい男であり、自宅では「女装作家」と蔑まされる存在でもある芦名権蔵がその正体。

 彼の妻であり有能な蒐書官芦名総一郎の母でもある、その種類、そして大きさを問わず組織運営を任せれば希望の二割増しの仕事をする異才の持ち主芦名響がそのひとり。

 それから響の年の離れた妹となるもうひとりは、幼い時から姉以上の才色兼備と持て囃され、現在は天野川夜見子の傍らで蒐書官を束ねる元立花家直属の組織蒐集官トップ鮎原進の妻でふたりの娘の母親でもある鮎原岬。


 そう。

 ここに国内にいる橘花グループ幹部の関係者がほぼ勢ぞろいしていたのである。

 むろんこの会の趣旨に則って女性限定ではあったのだが。


 橘花グループに関係している女性。

 それが今回の参加資格の最低ラインとなるのだが、そうなれば当然あの者たちもそこに含まれる。

 誰?

 いうまでもない。


 短期間の間に橘花グループ交渉部門の最高責任者まで昇りつめ、経済部門トップの一の谷和彦とともに「テリブル・ツインズ」を形成し、政財界の表裏両面においてその存在を恐れられている無敵交渉人墓下晶。

 次期当主立花博子の警備隊長兼橘花グループの非公式な活動を主な任務とする軍事部門の頂点に君臨し近接戦の達人で遠距離射撃の名手でもある中倉由紀子。

 その襟章は立花家直属であることを示す橘の花だけが描かれている橘花グループのエリート集団蒐書官。

 その誇り高き者たちを統べる天野川夜見子。


 部門責任者として組織のトップに立つ彼女たちは主賓待遇で招かれており、遅刻魔が含まれていたにもかかわらず珍しく時間に遅れることなくやってきていた。

 もっとも、橘花の幹部として橘花内では名は通ってはいるが、それは幹部本人たちが相手の話であり、妻や娘たちの目に映る三人はただの若輩者。

 場違いな異物を見るような視線が痛い。

 当然居心地はいいものではない。

 だから、主催者と運営者に挨拶をしたらさっさと帰りたいところなのだが、立場上そうはいかない。

 特に自らを支える書籍鑑定官という肩書を持つ女性スタッフを多数抱える夜見子は。


 不定期におこなわれるこの催しは書籍鑑定官たちの大部分がその開催を待ち焦がれる一大イベントであり、参加するときに着る衣装に異常なまでに大金をかける者も多い。

 その彼女たちを放置し組織のトップが帰るなどということはあってはならないことなのだ。


 ……これも仕事のひとつ。


 自らにそう言い聞かせながらあきらかな作り笑いで、すれ違いざまに形だけの挨拶をする見知らぬ女性たちに応じていた彼女にあまり見栄えのしない着物姿の女性が近づいてくる。

 ……私が目的か。

 ……だが、知らぬ顔。嫌味でも言いに来たのか?

 ……いや。敵意はない。

 三人のうちのふたりが一瞬でその女性を判定する。

 ……ということは、今までと同じ別部門の幹部のマダムといったところか。そういうことなら……。

 簡単な挨拶して終わる。

 もうひとりを含めて同じ感想を持った三人だったが、それはハズレだった。


「いつも主人がお世話になっております。天野川様」


「えっ?」


 ハッキリ言おう。

 その女性の言葉に夜見子は大いに焦った。

 ……わざわざそう言うということは私の関係者。

 ……だが、誰だ?

 夜見子は心の中にある膨大な数の人名と顔が記録された人名録で彼女を大急ぎで検索し始める。

 だが、まったく心のあたりの人物に辿り着かない。

 夜見子の顔にありありと浮かぶ焦り。

 本来なら困っている彼女を助けてやるのが友人というもの。

 だが、そのふたりは違った。

「ねえ、夜見子。こちらの女性はどのような方なの?」

「私も知りたい」

 もちろんこれは嫌がらせ以外のなにものでもない。

 ……こんなときにわざわざそれか。この裏切り者。

 殺意を込めた視線をふたりに送りつつ、その女性にはこれ以上にはできない見事な愛想笑いで応じ、時間稼ぎをするものの、事態はまったく好転しない。

 ……仕方がない。ここは恥を忍んで尋ねるしかないか。

 遂に諦め、彼女が白旗を上げかけたとき、その女性の口がもう一度開く。

「申し遅れました。私の名は畠山典子。夫は俊次と申します」


 ……畠山俊次。

 もちろんその名は知っている。

 いや。

 忘れようもない重要人物の名である。

 なにしろそれは彼女が手に入れた最初の源氏物語の原本「花宴」の所有者の名であり、幻の書である「松が枝」を手に入れる際にも重要な役割をしたと報告を受けた元骨董品専門の盗賊のものなのだから。

 だが、本に関わるものについてはずば抜けているものの、守備範囲から一歩でも外に踏み出ると、それはもう果てしないくらいに下降する彼女の記憶力。

 当然目の前の女性は彼女にとってはどこまでも「花宴」の元所有者畠山俊次の妻なのである。


 ……まあ、そういうことならそれなりに対応すればいいわけですね。

 彼女は心の中で対処方法を確定させる。

 だが、そうではないものもいる。

「あなたがあの有名な畠山典子さんですか。あなたのお名前は一の谷からかねがね伺っています」

 その言葉は彼女の高校時代から付き合いである交渉部門のトップ墓下晶からのものだった。

 ……どういうこと?なぜそこで晶が話しかける?

「……なんで晶が知っているの?」

 当然やってくることが予想された夜見子からの問いにわざとらしい大きなため息をついた晶がもう一度口を開く。

「少し前に大阪に開業した橘花のホテルを一の谷から任されたやり手の女性の話は聞いたことがあるでしょう?」

「いや。ない」

「いやいやあるでしょう。私が晶さんと一緒に一の谷氏からその話を聞かされたときあなたは隣にいたわよ。もしかして、その女性が彼女ということなの?」

「そういうこと。これだけ言えば愚かな夜見子でもさすがにそろそろ思い出したでしょう?」

「う~ん。思い出すもなにもそのこと自体覚えていないわね。あまり」

「あまりじゃなくて全然じゃないの?」

「まあ、そうとも言える」

 次々と明らかになる彼女の貧困な記憶力に居心地の悪さを感じたその女性は耐えかねるように小さく一礼すると別の集団へとそそくさと向かっていく。

 寂しそうなその女性の背中に憐れみの視線を送りながら彼女の高校からの腐れ縁が口を開く。

「せっかく挨拶に来てくれたのにあんな邪険に扱うとは。あなたにわざわざ挨拶に来る人などそうはいないでしょうに」

「まったくそのとおり。嫌われ者だからね。夜見子は」

「特に年上の同性には」

「白衣を着ているおばさん連中になんか目の仇にされている」

「そういえば、向こうにいる白衣のおばさんたちがずっとこっちを睨みつけているわね」

「よくわかったわね。しかも、あれは例の工房幹部。つまり、夜見子の配下。あれこそ夜見子が人望のない証拠」

「ムカっ。そう言うあなたたちのところにも誰も来ていないようだけど」

「うむ。それを否定できないところが実に悲しい」

「アハハハ」

以前もどこかで書きましたが、博子の母立花順菜の「順菜」は、「響け!ユーフォニアム」に登場するシンバル娘井上順菜さんから拝借したものです。

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