第1部分
【満のはなしA】
満。みちる。
こんな名前だから、僕はいじめられているのだろうか。「満」という名前は、思春期の高校生には十分なネタだった。女っぽい顔立ちのせいもあるせいか、「まんこ野郎」と、いじめを受ける日々。
誰にも言えなかった。誰にも相談なんてできなかった。心配なんてされても、きっとそんなの僕のためを思ってじゃなくて、自分はいい人だとか、自己満足するために使われてるようで気に食わなかった。だから、誰にも言わなかった。
だけど。本当は、誰かに助けて欲しかった。
【満のはなしB】
最近変なものが見える。いや、変なものというのは失礼だった。対象は恐らく人だ。
それは、駅近くの商店街奥にある階段を上ると現れる汚れた川の河川敷を歩いて、誰かの「家」だったであろうブルーシートとダンボールが無残に壊された跡が残ってる高架下を抜けた後にある大きな道路の向こう側の寂れたコインパーキングに佇む一人の少女。
そして、その道路の向かいにある僕の通う学校。
少女というのがあってるのか分からない。
乾いた砂のついたボサボサのおかっぱみたいな髪。前髪が長く、顔が見えない。赤黒く汚れたYシャツ。黒いシミのついた紺色のスカート。泥と傷だらけの白い足。靴は履いていない。
僕は彼女(?)のことを全然知らないので、無機質で愛着のない「A」と呼ぶことにした。
「A」を見るようになったのは一週間ほど前からだった。毎朝登校する時に必ず見る。
「A」はいつも1人で、少し俯き、決して動かなかった。
しかし、今日は違った。「A」は車が横断する中、こちらをゆっくりと見たのだ。「A」から生気は感じられなかった。
僕は怖くなり、気付かないフリをしてすぐに学校へ向かった。
学校へ行っても、「A」という今は無害な存在よりも怖い思いをしないといけないのだが。
【茉莉のはなしA】
地下アイドルが不意に見せる顔。
どこか今の現状に満足できていないような、納得してないような。そんな、闇を感じる顔。割と、よく見るんだけど。彼女は違った。
玲花
3人グループの中でもずば抜けた可愛さで、何より明るい笑顔の持ち主だった。
私は彼女の私生活も知ってる。
彼女は私と同じ高校に通っている。玲花は学校の中でも明るく人気のある子で男子に告白されているのも何度も見たことがある。
私の彼氏のサトルもそのひとり。
私は知ってる。サトルがまだ玲花のことを好きだということ。そしてその恋は絶対に叶わないこと。
玲花には好きな人がいた。
気づくのは時間がかかったけど、彼女の何気ない目線なんかで分かった。
玲花は、私と同じクラスの満という男子に好意を寄せている。
何であんないじめられっ子のことが好きなのかは分からないけど、とにかく彼女が満のことが好きなのは絶対だと思う。
何故、私が彼女のことをこんなに気にしてるか。それは、玲花の裏を見たい、あんなに明るい彼女のでも闇があるというのを知りたい。それだけ…。その理由だけで、私は玲花に執着してる。
本当に、それだけなんだろうか。自分でもよくわからない。
【サトルのはなしA】
俺はとあるアイドルグループに所属していた。アイドルグループと言っても、全然売れてないまだまだ駆け出しのひよっこだけど。
給料なんてロクにある訳もない。本当のアイドルになる為の積み重ねの途中だった。
俺たちは5人グループの構成だったのだが、ある日メンバー2人が行方不明になった。
街ブラのくだらないローカル番組の撮影の日のことだった。たまたま俺の通ってる学校の近くでロケをしていたらしい。
商店街や、河川敷をブラブラと撮影していたらしく、撮影が終わったあと現地解散となった。
2人は俺が近くの高校に通っていることを知っていたので、学校の側の河川敷で待ってるという連絡が来た。
俺はそれを了解し、学校終わりに河川敷に行ったのだが、彼らの姿はどこにもなくそのまま行方不明となってしまったのだ。
正直、2人が行方不明になったことは俺にとってどうでもよかった。俺は彼らの少ないファンを何人か取ってしまったことが原因で、酷く嫌われていた。あの日も河川敷に2人がいたとしたら、俺はきっと何かされていただろう。
2人がいなくなって問題となったのは、残り3人となったメンバー内でのいじめだった。
行方不明の2人のうちの1人がうちのリーダーだったため、急遽リーダーを変えることになった。残った3人の中でも俺がリーダーになることはないと誰もが思っていた。
しかし、何故か俺がリーダーに指名された。
そこからそれに嫉妬した2人からの陰湿ないじめが始まった。
それでもこのグループを辞めることはなかったのは、同じ高校に通う玲花という女子のおかげだった。
【満のはなしC】
いつも通り「A」がいる。
不思議と「A」の近くに行こうとは思わなかった。あの子は一体何をしているのか。いつも同じ格好で頭もボサボサ。それなのに、誰も声をかけたりはしない。
「A」がこの世のものでは無いことは初めて見た次の日から何となく気づいていた。
しかし、だとするとあれは何なのだろうか。
僕は誰もいない教室で、トイレでびしょ濡れにされた教科書類とシャツとズボン、スクールバッグを窓際に干して乾かしていた。
パンツを干す訳にはいかなかったので、思い切り絞って体操服に着替えた。
ぼーっと窓から見えるグラウンドで部活をする生徒達を眺める。
吹奏楽部の楽器の音が廊下の方から聞こえる。
何故僕がこんな仕打ちを受けなければならないのだろうか。前世で悪いことでもしたんだろうか。
たとえ前世で人を何百人も殺した殺人鬼だったとしても、それは僕じゃないし、こんな目に遭わないといけない理由にはならない。
間違ってる。こんなの……
僕は席に座りぐったりと倒れ込んだ。
「ねぇ。」
女子の声がした。