大食いガールズ、ちょっと寄り道?
大食いガールズアナザー
「ここね。」
私はスマホで開いていた地図アプリを閉じると、視線を上げて振り返る。
「みのりちゃん、準備はできてる?」
「もうばっちし。ちょっと余裕をもたせて、朝ごはん軽めにしてきましたっ!」
「ふふっ、みのりちゃんもやる気ね。私も一応、今日の朝ごはんはお茶碗3杯でやめといたわ。」
「.......雪乃先輩、それは果たして『軽め』で片付けていいのですか.......」
「あら、みのりちゃんも朝はそれぐらい食べないの?」
「食べませんよ流石に。雪乃先輩と違って通いですし、朝はドタバタするんで.......」
「あら、そう.......まぁ、それはとりあえず置いておくとして。早く入りましょ? 他のライバルがいたら打ち止めになっちゃうわよ?」
「そうですね。.......では、いざ!!」
二人並んで、お店の暖簾をくぐろうとすると、
「ふぃ~、やっと見つけた。.......ん?」
「あら?」
「あれ?」
見慣れた顔が横から割り込んでくる。
「あなたは確か.......下村さんね。」
「えーっと.....................スタミナ先輩でしたっけ?」
「白峰よ。『み』しか合ってないじゃないの。なんとなく語感は似てるけど。」
誰がす○みな太郎よ、失礼するわね.......
「紀香先輩も食べに来たんですか?」
すかさずみのりちゃんがフォローする。
「おっ、食堂さんじゃないですかっ。『も』ってことは、お二人共?」
「食堂さん............ええ、まぁ。良かったらご一緒しますか?」
「えっ、いいんですか!?」
「私は構いませんよ、雪乃先輩はどうですか?」
「あら、私も構わないわ。その代わり、もし罰金が出たら自分の分はきちんと払いなさいよ?」
「へへっ、そこは大丈夫っす。食べ残したことないんで。」
「そう? なら行きましょ。」
私達は今度こそ暖簾をくぐった。
「らっしゃいませー」
お昼も一段落して気だるい雰囲気が流れる店内に足を踏み入れると、3人席に通される。
「メニューお決まりになりましたらおよ」
「すいません、この『トライデントコース・魔王級』を3人前。」
店員の表情が「またか」と言うようにニヤける。
「おひとり様1500円、1時間になります。あ、残したら反則金3000円っすよ?」
「御託はいいから早く持ってきなさい。」
「へーい」
と、やる気があるんだか無いんだか分からないような返事が帰ってくる。
「あれは完全に侮られてるわね。」
「ええ、いいカモだと思われてます。」
と、みのりちゃんと話す。
そう、このお店は大食いメニューを挑ませては反則金をせしめることで悪名高いのだ。だからといって味が適当なのかと言えば、「なんでこんなことしてるの?」というレベルで美味しいのだ。まぁ、一般のランチメニューもそれなりに割高だけど美味しいから不満は出ていないようだけど。
「はいお待たせしましたっ、トライデントコース・魔王級 ひと皿目ですっ」
どんっと置かれたのは、丼に盛られた親子丼。しかしその量は半端ではない。
「魔王級だとひとつで三合でしたね」
ちらっとアイコンタクトを送ってくるみのりちゃん。その目にはやる気がみなぎっていて、
「へへっ、こりゃ美味しそうっすね」
下村さんの方もスプーンを握って待ち構えている。
「それでは、スタート!」
私達の前のストップウォッチが押される。それと同時に、三人とも弾かれたように親子丼にスプーンを突き立てた。
「卵がトロトロで美味しいですね」
みのりちゃんが一口目の感想を述べる。下村さんの方は全く聞いてないで、もう1/4をお腹に収めている。私の方はと言えば、
「これで三合?」
多いんじゃないかしら?と思いつつ、味を楽しみつつ手を止めることなく完食する。少し遅れて、他のふたりも完食。
「はい、それでは二皿目です」
間髪入れずに次の丼がどんっと置かれる。これまた三合のご飯の上にかけられていたのは、「.......これは辛そうね。」
ごくり、と生唾を飲む。そう、二皿目の丼は、麻婆丼だった。
「そう言えば、雪乃先輩は辛いの苦手でしたね。どうします? 上の具材、貰っちゃいましょうか?」
みのりちゃんが小声で話しかけてくる。
「..............そうね、うまいこと麻婆だけ剥ぎ取ってくれる?」
「わかりましたっ」
みのりちゃんが、自分の器にせっせと麻婆を移し替えてくれる。その間に私は、ピッチャーを自分の前に寄せてスタンバイ。帰ってきた器の中身をよくかき混ぜて、ご飯の中に麻婆の残りをすき込む。それから、いつものご飯のように一気に口の中に押し込む。辛味を、白米のプレーンさで圧殺して、それでもダメなら水で中和する。その繰り返しで二皿目を攻略する。今回は私がビリだった。
「さて、ラストは三皿目!! 当店名物のわらじカツをどうぞっ」
若干引き気味の店員が三皿目を持ってくる。
「さて、出てきましたね..............最後の砦が。」
みのりちゃんがごくりと唾を飲む。そう、トータルで九合ちょっとの丼三連発が、今までに攻略者がほぼゼロなのは、この三皿目のせいだと言っても過言ではない。
「すげえっ、肉がこんなに.......」
三皿目に出てきたのは、カツ丼だった。しかし問題なのは、そのカツが一枚じゃなく、大きさも並のものではないことだ。
「.......この店名物、長さ四十センチのわらじカツを三枚も配置した、まさに最後の砦.......。」「流石の私もちょっとびっくりね.......行けなくは無さそうだけど、時間がどうかしら?」
ストップウォッチをちらっと見る。私が麻婆丼に手こずっていたこともあって、残りは20分を割っている。
「へへっ、肉だ肉だっ」
一方、下村さんの方は嬉々としてわらじカツを頬張っている。しかも、その下のご飯には目もくれずに。
「ちゃんとご飯も食べなさいよ」
「えー、めんどくさいっすよー。私はお肉だけでいいっす。」
「もう.......なら、カツ一枚あげるから、下のご飯は全部私がもらうわ。それでいい?」
「マジすかっ、あざっす。」
下村さんとは対照的にご飯だけ攻略が進んでいた私の丼から、ご飯だけを下村さんの丼に移す。そして残っていたカツはそのままに丼ごとトレードする。
「.......あら? どうしたのみのりちゃん、手が止まってるわよ?」
「うぅ.......カツに負けそうです.......」
みのりちゃんに限界が来たみたい。
「大丈夫? .......時間もあれだし、あとは私が片付けようか?」
「お、お願いします.......」
なんとかカツは乗り切ったみのりちゃんから丼を受け取って、自分の丼へと付け足す。3人分の残りで.......そうね、五合ぐらいかしら? いけそうね。
カツを美味しそうに頬張る下村さんを横目に、私はご飯を文字通り流し込む。ほぼ同時に丼を置くと、店主がストップウォッチを止めに来た。
「.......57分15秒、か。こりゃあうちの負けだな。」
「負けも何も.......一つで三合と言いつつ、実際は三皿で十合ちょっとになるように計算してませんでした?」
「.......気づいてたのか。うちは十号炊きの釜なもんで、手っ取り早く片すために十号でまとめてたんだ。すまないな。」
「まぁ.............それはともかく、クリアしたから三人分の4500円、ここに置くわね。」
と、テーブルに一括で支払いを置くと、
「それは受け取れねぇよ。うちは嬢ちゃん達、いや、他の客も騙してたんだ。本来ならもっと早く伝えるべきだった。」
「そうね、確かにそうだけど.......」
「あ、なら『反則金』ってことでどうですか? .......ほら、私達は自分の分を他の人に回したりしてたし。」
「なるほど、確かに反則してましたねぇ、あたしたち。」
みのりちゃんが提案して、そこに下村さんも乗っかる。
「.......と、言うわけです。」
すっとお金を押し付けると、
「..............ったく、嬢ちゃん達には敵わねぇな。..............また食べに来いよ、それまでに更にボリュームあるやつ考えとくから。」
「期待して待ってるわ。」
そう言うと、三人でお店を出る。
さて、次の挑戦はどこにしようかしら?
余談。
「っ!?」
その夜、望乃夏とお風呂に行く前にふと乗った体重計でとんでもない数字を見てしまった。
「..............しばらくは大食いは封印かしらね.......」
同じようなやり取りが、みのりちゃんの家でも行われた..............か、どうかは定かではない。