伝説の始まり
某アニメシリーズの影響を受けて執筆したものです。登場人物名などにお遊びが含まれています。技の名前のセンスがいまいちなので読者様が考えてくださったらありがたいです。なお時代設定は少し昔、スマホが登場する前です。
勢いに任せて書いたので一回分が長くなってしまいました。次回からは細かくアップしていきたいと思います。
1
「これでよし」
良美は綺麗に片付いた部屋を一渡り眺め渡すと満足気に頷いた。我ながら良くしたものである。幸せな気分を味わいながら良美は一階へと降りていった。
「お母さん、部屋片付いたから外に出てもいい?」
「一人で大丈夫?」
「平気、平気」
「もし道に迷ったら携帯で連絡するんだぞ」 父さんが横から口を挟んでくる。
「うん、分かった」
良美は素直に頷くとスニーカーを履き、玄関のドアを開けた。
外に出ると良美は振りかえり、新しい我が家をつくづくと見上げた。
「良し」
家の姿形をしっかり目に焼き付けると、躍り上がるような心持で道を歩きだした。
これで何度目だろう。両親の仕事の関係で幼い頃から引越しをすることが度々だった。 その為に学校を何度も変わり、クラスメイトとの別れを繰り返してきた。
しかし良美はそれを前向きに捉えていた。学校を変わるとは新しい出会いがあるということだ。それは楽しいことだ。
そうやって良美は学校毎に友達を作ってきた。そして転校したあともメールのやり取りなどで交流を続けていた。さすがに幼少の頃のクラスメイトとは縁が薄くなったが。
「さあて、この街には何があるのかしら」
良美は足取りも軽く歩を進めていった。
さて彼女はどこに向かっているのだろう。 良美には一つ目星をつけたところがあった。 それは近くの小高い丘にある大きな樹だった。自分の部屋の窓先から目にして気になっていたのだ。
今その樹は見上げるような位置にある。幸いにも整備された住宅街なので道に迷うことはない。真っ直ぐに樹を目指せばいいのだ。 やがて良美は丘の頂きに出た。そこに大樹はぐんと聳えていた。首の痛くなるほど上を見上げても樹のてっぺんが見えない。
その高さ、大きさに良美は圧倒された。 「うわーっ」
良美は口をあんぐりと開けたまま、樹のまわりをそろそろと歩んだ。上にばかり注意が向いていたせいで足元がおろそかになった。その為、何かにつまづいた良美は盛大に転んでしまった。
「わっ!」
勢いよく倒れた良美はしかし地面にはぶつからず、何か柔らかい物に身体を押し包まれた。
「く、苦しい」
「ご、ごめんなさい」
それが人だと気づき、良美は慌てて起き上がろうとした。その時、相手と目があった。同い年くらいの男の子だった。瞬時に良美はその子がなかなかの美形であると判断した。おまけに怒っているそぶりもないので気が優しいのだろうと推測した。
好みのタイプである。
「そこ、どいてくれないかな」
「え、ええ」
良美はそそくさと起き上がった。
「ごめんなさい。あんな大きな樹、初めて見たものだからつい見とれてしまって……」
「初めて、ということは……」
「そう、今日この街に越してきたのよ。私の名前は稲上良美、よろしくね」
そう言って手を差し出す。
「あ、ああ。僕は西尾隆史」
男の子は立ち上がるとぎごちなく良美の手を握った。その初心な感じがかわいいと良美は思った。
「それにしても大きな樹ね」
「クスノキだよ。この街のシンボルなんだ」
「ふうん。ところで西尾君は何をしていたの」
「考えごとさ。ここは僕のお気に入りの場所なんだ」
「それを私が邪魔したわけね。ほんとにごめんなさい」
「いや、いいよ別に……」
彼は照れくさそうに頭をかいた。
「ところで西尾君は中学2年生?」
「そうだよ」
「この近くに住んでいる?」
「うん」
「だったら一緒の学校ね。私明日転校することになっているから」
「そうなんだ」
「もしかして一緒のクラスになったりして」
「それはどうかな」
「とにかくこの街のこと、色々教えてね。そうだ、せっかくこうして知り合いになったんだからメルアド交換しない?」
「ごめん、僕携帯持ってないんだ」
「そっか、それは残念」
いまどき携帯を持ってないなんて珍しい子だ。しかしここで会話はぷつりと途切れてしまった。次に何を話題にすればいいのだろう。もっと西尾君と話がしたい。良美は何とか会話の糸口を見つけ出そうとした。
と、その時である。良美の耳に何か声のようなものが飛び込んできた。
「誰?」
思わず周囲を見渡す。するとクスノキの枝葉がざわざわと音をたてた。そして何か丸いものが勢い良くぽんと飛び出してきた。
「何、何?」
驚いた良美はそれでもしっかりとその物体を受け止めた。柔らかい手触りがし、ほのかな温もりが感じられる。色は水色だ。
「何かしら」
「さあ……」
二人して首をひねっていたときである。突然、ごおっと不気味な轟きがあたりにこだました。それを聞いて良美は背筋が寒くなった。西尾君も何か感じたらしく、先程までとは打って変わった険しい表情であたりを見回していた。
ふと上を見上げるとさっきまであんなに晴れていた空が墨を流したように黒く染まっていた。
あまりの変わりように目を見張っていると渦を巻いた黒雲の中から何か管のようなものがぬっと突き出てきた。そしてその先から黒い滴がぽたりと落ちた。それは良美たちの方へ真っ直ぐに向かってきた。
滴は見る見る大きくなり、あわや二人にぶつかろうかという時、すっと止まった。そして滴は不気味にうごめき出した。息を呑んで見守っているとそれは形を変え、あろうことか人の姿を取り出した。目鼻、手足が出来、二本の足ですっくと地面に降り立った。口元をにやりとゆがめながら。
良美は禍々しさを感じ思わず身構えた。
「どこまで逃げても無駄ですよ」
その声音は人のようで人ではない耳障りな響きをともなっていた。
「あなた誰」
良美の誰何の声は震えていた。
しかし相手はそれに答えず「さあ、それを渡しなさい」と言って近づいてきた。
「いやよ」
良美は本能的に拒絶した。
「聞き分けのない子ですね。子供は素直が一番ですよ」
「それ以上近寄るな」
その時、西尾君が良美をかばうように前へ出た。
「素直が一番と言ってるでしょう!」
そう言うなり相手は腕を一振りした。すると黒い物体が飛び出してき、西尾君の身体に直撃した。彼は文字通り吹き飛ばされた。
「西尾君!」
良美は彼の傍へ駆け寄った。しかし彼は一声うめくと気絶してしまった。
「なんてことを!」
良美は声を荒らげた。怒りが恐怖に勝った。
「あなたもそんな目に会いたくなかったら大人しく言うことを聞くことですね」
良美は相手をにらみすえた。しかし目算があるわけではない。どうすれば。そのときである。
「力が欲しいかい」
突然良美の脳内に声が響いてきた。
「欲しい」
何の疑問も抱かずに良美は即座に返答した。
「じゃあ僕が与えよう。手をかざして」
良美は言われた通りにした。するともう一方の手に持った物体が突如として眩い光を放った。良美は眩しさに目を閉じる。
その時「チェンジ、バトルモード」という声が聞こえてきた。それとともに光が良美の全身を包んだ。
「なに、なに」
良美は泡を食ったが不思議と嫌悪感は覚えなかった。それどころか何かこう身体の奥から闘志が湧いてくるのを身にひしひしと感じた。
やがて光が収まった。良美は目を開けた。
ふと自分の身体に目をやったとき、良美は自身が奇抜な衣装に身を包んでいることに驚いた。
全体は水色を基調にして所々に白いストライプが入っている。スカートの丈は短く下にはスパッツを穿いている。機能的で動きやすそうな服装だ。
しかし一体全体どうしていきなりこんな格好に変わってしまったのか。だが良美にその疑問を解く時間は無かった。
「寄こせと言っているのが分からないのか」
さっきまでのクールな姿勢をかなぐり捨て、突如相手が襲い掛かってきたのだ。鋭く伸びてくる腕をかわそうと良美は飛びすさった。
「えっ!?」
良美としては危うく身をかわしたつもりだった。しかし驚いたことに彼女の身体は遥か遠く丘のふもとにまで飛んでいた。
「なに!? なに!?」
事態の呑みこめない良美の頭は混乱した。その時またあの声がした。
「きみはこの星の住民の力量を超えたパワーを手にいれたんだ。大丈夫、すぐに慣れるさ。これできみも対等に闘える」
闘う。そうだ、自分ひとりならこのまま逃げ去ることもできる。しかしあそこには西尾君がいるのだ。良美は戻ろうとジャンプした。元いた場所へ戻る。
「戻ってくるとは殊勝だな。今度は逃さんぞ」
拳が顔面に飛んでくる。咄嗟に両腕でガードするとなんと相手の攻撃を受け止めたではないか。
「なにっ!?」
驚いた相手の動きが止まる。すると良美は鋭い蹴りを繰り出していた。完全に無意識の行動だ。蹴りは相手の腹に決まり派手に吹き飛ばされた。
良美は呆然となった。とても自分の仕出かしたことだとは思えない。
「どうなってるの」
「きみは伝説の戦士だ。それだけの力を秘めているんだ」
「伝説の戦士」
良美は自分の身体を見回した。自分にこんな力があるなんて。だが感慨はそこで中断された。
「こしゃくな!」
相手が飛びかかってきたのだ。しかしその動きは雑だった。怒りに我を忘れているのだろう。良美は相手の攻撃を見切った。そして隙を見て今度は拳を相手の顔面に叩き込んだ。
渾身の一撃に相手は文字通りふっとばされた。
「やった!」
良美は快心の叫びをあげていた。胸が空くような爽快感があった。それとともに『いける!』という自信のようなものが湧き上がってきた。
ところで良美は運動神経は良いほうだが格闘技の経験があるわけではない。それでも闘えるのは不思議な力のなせる業か。
「おのれぇ、なめた真似を……」
のろのろと起き上がりながら吐き出した相手の声音は、今までとは違う陰にこもったものだった。
「もう、許さんぞ……」
そう言うと相手はぎりりと肩を怒らせた。
瞬間、良美は悪寒のようなものを覚え、思わず身構えた。
その間にも相手は息み続け、やがて喉の奥から苦しげな呻き声を洩らしだした。
「うぉーっ!」
苦悶が最高潮に達した刹那、相手は天に向かって吼えた。それと同時に相手の身体が紅蓮の炎に包まれた。
「えっ!?」
予想外の事態に良美は目を見開いた。
その間に炎は鎮まった。だがそこに立っていたのは見るも醜悪な異形の怪物だった。一体何が起こったのか。だが良美に思案するゆとりは無かった。物凄い速さで怪物が襲いかかってきたからだ。
かろうじて防御の体勢を取ることは出来たが、反撃するチャンスは窺えず、一方的に攻められまくる格好になった。だんだんに追い詰められていく。
迫りくる恐怖に心が悲鳴をあげそうになったとき、突然またあの声がした。
「心の底から叫ぶんだ『シャイニング・フレア』と」
その呼びかけに良美は微かな希望を見出した。渾身の力を込めて飛び上がると僅かに相手との間合いが取れた。
すかさず『シャイニング・フレア』と声を限りに叫んだ。すると良美の身体から光芒が発し、敵の身体を刺し貫いた。
「ぎゃあぁ!!」
相手は苦悶の絶叫をあげた。そしてその場にうずくまると相手の身体は風船が萎むように収縮していき、やがて先の姿へと戻っていった。
「やった……の?」
「さあ、早く止めを刺すんだ。今なら君の拳で倒せる」
「止め?」
それは今まで考えもつかなかった指示だった。良美はただ攻めかかってくる相手を打ち払う、そのことしか頭になかった。しかし敵を倒さなければならないとしたら、それは命を奪うことになる。だが本当にそうなのか。
良美は迷った。するとその時、黒雲の彼方から「戻れ!」という辺りを圧するような声が響いてきた。
「お待ちを、まだやれます」相手はうずくまったまま抗うように叫んだ。だが次の瞬間、相手の身体は糸で釣り上げられたように虚空へ飛び上がった。そしてあっというまに黒雲の中へ吸い込まれていく。
やがて相手が消え去るとそれと同時に黒雲は風で吹き払われるように薄れていった。
ほどなくして空は嘘のように晴れ渡っていた。良美は悪い夢から覚めたような気分だった。
「止めを刺せなかったのは残念だけど、取りあえず危機は脱したってところかな」
しかし頭に響く不思議な声がこれが現実に起こったことであることを知らしめていた。
「もういいだろう、変身を解くよ」
その声とともに良美の身体は光に包まれた。それが薄れると良美は元の姿に戻っていた。
そして目の前には先ほどの水色をした球体がころんと転がっていた。それは身体をぶるんと振るわせると青い羽をした小鳥に姿を変えた。
「ありがとう、おかげで助かったよ。この世界の情報を入手出来たから相応しい姿に変えさせてもらったよ。どうだい、おかしくはないかい?」
小鳥がしゃべっても良美は別に不思議がることは無かった。先ほどまでの出来事に比べればまだ現実感がある。
「別に。ところであの力はあなたがくれたものなの? まるで自分じゃないみたいだった」
「そうさ。でも僕一人だけではどうにもならない。媒体が必要なのさ。その点君は優秀な媒体さ」
それが喜ぶべきことなのかいまいち良美には分からない。
そうしているうちに良美は平静さを取り戻していった。それとともにさまざまな疑問が湧き起こる。まさに分からないことだらけだった。しかし何から質問すればいいのか。
良美が思い惑っていたときである。突然小鳥が口を開いた。
「いろいろ訊きたいことがあるようだね」
心中を言い当てられた良美は息を呑んだ。
「びっくりしているようだね。でも驚くことはない。きみの表情を見れば心中を見通すことなどたやすいさ」
良美はちょっと落ち込んだ。思っていることが顔に出るとはしばしば両親などから指摘を受け、彼女自身気にしてもいたのだ。
そんな良美の思いなど知らぬげに小鳥は語り出した。
「まずは自己紹介から。僕の名前はクレット。こことは別の世界、精霊界からやってきた精霊さ」
のっけから訳の分からないことを言う。しかしここは彼の話すがままにさせよう。
「目的はメシアを探すため。僕らの間には古くから言い伝えがあるんだ。精霊界に危機が迫るとき、輝きの国からメシアが現れると。ちなみに輝きの国とは君たちが住む人間界のことだ」
ここで小鳥――クレット――は話すのを止めた。そしてかわいらしい仕草で良美を見上げると「訊きたいことがあったら遠慮なく口を挟んでいいよ」と告げた。
そこで良美は一番訊きたいことを尋ねた。
「あいつは誰なの」
「あいつ……あいつはラサース、魔王イブリスの手先さ。あいつは私を捕まえるために追ってきたんだ」
「どうして」
「僕らを支配するためさ。精霊界は今、イブリス率いる悪霊界の侵略を受けて滅亡の危機に瀕している。それを救えるのはメシアだけだ。だがイブリスもそれを察知して、僕らの企てを阻止しようと企んでいる。
先に謝っておかなければならないけど、僕が人間界に来たせいで争いの火の粉がこちらにも降りかかることになるはずだ」
「えっ、そんな……」
「力を得た君にはこれから戦いの日々が待っている。君を巻き込むことになって本当に申し訳ない」
「誰かに代わってもらうことは出来ないの」
「それは出来ない。精霊一匹につき一人だけだ」
良美は黙り込んだ。あまりの話の重大さに頭がパニック状態になる。成り行きで変身してしまった結果、とんでもない事態に巻き込まれてしまったことになる。
良美は頭を抱えた。
「ど、どうしたんだい?」
クレットがうろたえた様子で呼びかける。しかし良美は言葉を返すことが出来なかった。 そのとき、西尾君が「うーん」とうめき声を漏らして息を吹き返した。そして起き上がるとあたりを素早く見回した。と、クレットの姿がかき消すように消えてしまった。良美は驚いてあたりを見回す。
「あいつは」
しかし西尾君はそんな良美の様子など気にもとめずに問いかけてきた。その声にはまだ緊張感がこもっていた。
「いなくなったわ」
良美は自分のしたことは伏せて話した。直感的に西尾君に正体を明かすのはまずいと考えたのだ。
「そう」
西尾君は安堵の溜息を漏らした。
「良かった。ところで稲上さん、怪我は無い?」
西尾君は良美に声を掛けた。
「ええ、大丈夫よ。それより西尾君のほうこそどうなの? あいつに突き飛ばされて」
「なんともないよ。どこも痛いところは無いし」
良美は一安心した。と、そのとき、どこからか夕焼け小焼けの音楽が聞こえてきた。
「あ、もうそんな時間か」
「なんなの、あれ」
「あの曲は五時になったという知らせさ。僕もう帰らなきゃ」
もうそんな時間だとは。思わぬ長居を過ごしてしまった。両親も心配しているだろう。早く帰らなければ。
「じゃあ、さようなら。また明日、学校で会いましょう」
良美は西尾君に別れを告げると一目散に駆けだした。
2
家に帰った良美は両親から沢山の小言を頂戴した。しかし彼女が素直に謝ると、「まあ、今度から気をつけるんだな」という言葉を潮に許してもらえた。良美は自室へ戻った。ベッドに腰を下ろすとそのままばたんと仰向けになった。
「はぁ〜」
思わず溜息が吐いてでる。それも当然だ。今日一日、いや半日であり得ないほど目まぐるしい体験をしてしまったのだ。あれだ本当にあったことだとは今でも信じがたい。
と、その時「だいぶ疲れたようだね。無理もない。変身すると気力体力ともに激しく消耗するんだ」という声とともにクレットが突然姿を現した。
「え、え〜」
思わず大声をあげてしまう。
「ど、どこから出てきたの。てっきりどこかへ行ってしまったものと思ってたのに」
「驚くことではないさ。僕は自在に姿を消すことが出来るんだ。なるたけこの世界の住人には姿を見せたくないんだ。でも君の傍にはいつでもいるよ。いつ敵が襲ってくるか分からないからね」
まったく今日は驚かされることばかりだ。身も心もついていかれない。証拠に良美はそのまま寝入ってしまった。だが母さんが「良美、晩ごはんが出来たわよ」と呼びかけるとがばりと起き上がった。途端にお腹がく〜っと鳴る。猛烈にお腹が空いていた。良美は食卓に着くと両親が呆れるほど食べた。
「ごちそうさま」
「良美、明日の用意、今日中に済ませておくのよ」
「はぁい」
自室に戻って明日の準備を終えると猛烈な眠気が襲ってきた。寝間着に着替えてベッドに潜り込むと一分も経たないうちに眠り込んでしまった。
翌日、良美は新しい制服を身にまとうと、両親と一緒に学校へ向った。手続きは両親がすでに済ましてあるので今日は挨拶だけだ。職員室に行くと新しい担任を紹介された。小村という女性の先生だった。
「稲上さん、よろしくね。じゃ早速クラスのみんなに挨拶しにいきましょう」
ここで良美は両親と別れ、新しいクラスへと向う。さあ、どんなクラスメイトが待っているだろうか。この瞬間は何度経験しても緊張する。
廊下を進んでいくあいだ、先生が二言、三言話しかけてくる。しかし良美はそれを上の空で聞き流し、校舎の観察に勤しんだ。隅々まで掃除が行き届いた清潔感のある学校である。
「さあ、ここが新しいクラスよ」
先生の一言で良美は我に返った。見上げると「2年B組」という表札が掛かっている。ここはアルファベットで組み分けしているようだ。
先生が教室の扉を開ける。いよいよご対面だ。先生に次いで良美が教室に入ると低いざわめきが生徒達の間に起こった。
「皆さん、静かにして。今から新しいクラスメイトを紹介します。稲上さん、黒板に自分の名前を書いて。それからみんなの前で自己紹介を」
もう慣れっこになったセレモニー。自分の名前を黒板に書き終えると、良美はくるりと振り向いた。一渡り教室内を眺め回す。すると、いた。隅っこの方の席であっけにとられたようにこちらを見ている西尾君の姿が。
良美は嬉しくなってにっこりと笑みを浮かべる。そしてその笑顔のまま、口を開いた。
「みなさんはじめまして。大鮎中学校か転校してきた稲上良美です。この街には昨日来たばかりですが、とても素敵なところだと思います。これからどんな出会いが待っているか。いまからわくわくしています。みなさん、よろしくお願いします」
「はい、ありがとう。皆さんも稲上さんと仲良くしてね。そして彼女が困っていたり分からないことがあったりしたら、率先して手助けして頂戴ね。じゃ稲上さん、あそこの空いてる席に座って」
良美は内心やったと思った。そこは西尾君の隣の席なのだ。近づいてくる良美を見て、彼は何とも言えない表情を浮かべた。
「よろしく」
初対面のように挨拶を交わす。
「よ、よろしく」
どぎまぎした態度で返事する西尾君を見て良美はとてもかわいいと思った。
ホームルームが終って休憩時間になると、すぐさま良美の周りに人の輪が出来た。興味津々な様子でいろんなことを尋ねてくる。それに対し良美は如才なくはきはきと答えた。こうやって好感度をあげるのが友達作りには大切なことである。
そのうち女子の一人が「稲上さん、ちょっと付き合ってくれない」と言って片目をつぶった。
「うん」
その意図するところを察して良美は立ち上がった。これは女子だけで話そうという合図なのだ。サインを理解した女子数人とともに教室を出る。
彼女らは廊下の隅に集まった。そして互いに目配せしあうとさっき良美を誘った女子が「ねえ良美さん、どう思う、うちの男子」と切り出してきた。
良美は(ははぁん)と心の中でうなった。こうやって男子を肴にすることによって、女子同士の親睦を深めるのが狙いなのだ。
「まだ出会ったばっかりで良くは分からないけど……」
「でもぱっと見でどう? 気になる人とか」
「うーん……」
良美はわざと言いよどんだ。本心を気取られないためである。
「まぁ、私の隣の席の子なんかちょっと美形かなと思うけど……」
「西尾君ね」
「確かにルックスは良いわね」
「でも覇気がなくて男らしさに欠けるからあたしはパス」
「でもでも、ミステリアスな雰囲気が無い? 転校して一年くらいたつけど結構謎な部分があるのよ。家族構成とか。転校前どこに住んでいたのかとか」
西尾君も転校生なのか。それは意外だった。もっと詳しく西尾君のことを訊いてみよう。そう思ったとき、チャイムが鳴った。みんな教室に戻り、話はそれで打ち切りとなった。
こうして良美の新しい学校での生活が始まった。と言っても今までと変わったことがあるわけではない。学校でやることは基本どこでも一緒だ。退屈な授業を聞き流しながら良美は平穏な空気に浸りきっていた。
しかしそれは錯覚に過ぎなかった。突然、生徒の一人が「何だ、あれは!!」と頓狂な叫び声をあげて窓の外を指差した。皆一斉に外を見る。
「人だ!!」
「おい、浮いてるぞ!!」
「うそ」
生徒達は口々に叫んだ。その中で良美はぎゅっと歯噛みした。あいつだ。
「良美」
その時頭の中で声がした。クレットの声だ。
「分かってる」
立ち上がって教室の外に出ようとしたときである。窓の外でまばゆい光がきらめいた、と思うと何の前触れもなく窓ガラスが一斉にばりんと割れた。
瞬間教室は修羅場と化した。窓際にいた生徒は机ともども吹き飛ばされ、割れたガラスで怪我を負った。血を流す彼ら彼女らを見て悲鳴をあげる生徒、訳もなくわめき声を発する生徒が混在し、先生は無意味に落ち着いて、落ち着いてとうわずった声で叫ぶばかりだった。
良美は驚きのあまり棒立ちとなった。
「早く、変身するんだ」
クレットの叱咤する声に良美は我に返った。人目につかないところを求めて廊下に出る。しかし外は大混乱に陥っていた。逃げ惑う生徒達で前に進むことも適わない。良美は人波になすがまま押し流された。と、目の前に空いている教室が現われた。(しめた)と思った良美はそこへ飛び込んだ。すかさず右手をかざす。
「チェンジ、バトルモード!!」
クレットのかけ声とともに良美は変身した。昨日と同じ衣装を身にまとう。途端、やる気がみなぎってきた。窓際に駆け寄ると割れたガラスがはまったままの窓をがらりと開け、ぱっと外へ飛び出した。そして校庭に立つ木の梢にすっくと立つ。
「やっと現われたか。待ちかねたぞ」
「ラサース、なんて酷いことするの。絶対に許さない」
「おや、私の名をご存じでしかたか。それは光栄です。しかしそれも無駄なことです。あなたは今日ここで命を落とすのですから」
と言うなりラサースはいきなり雄叫びをあげた。全身が炎に包まれる。あの最終形態に移行するつもりなのだ。やがて炎が消え去るとまたあの異形の怪物が姿を現した。昨日苦戦した相手である。
しかし良美に不安や恐怖は無かった。それよりも学校をめちゃめちゃにされたことに対する怒りのほうが勝っていた。だから良美は自分から先に攻撃に出た。最初のパンチは怪物に的確にヒットした。
「うっ!」
ラサースはよろめいた。
(わたし、強くなってる)
思わぬダメージを受けているラサースの姿を見て、良美は昨日に比べて自分の攻撃力がアップしていることを確信した。
「なぜだ。なぜお前ごときに苦戦しなければならぬ」
ラサースは憤怒の呻きを漏らした。
(なに、逆恨みのいいところだわ)
良美はあきれた。そしてあいつを倒してやりたいという闘志がますます募ってきた。
「確か『シャイニング・フレア』って叫ぶんだったよね」
クレットに尋ねる。
「そうだけど……まさか、もう撃つのかい!?」
だが良美はクレットの問いかけを無視した。
「シャイニング・フレア!!」
腹の底から力を込めて叫ぶと光芒がラサース目がけて矢のように飛んだ。
「同じ手は食わんぞ」
だがラサースはシャイニング・フレアを受け止めた。しかし良美は動じなかった。通じないならパワーアップするまでだ。
「はーっっつ!」
雄叫びを上げる。そして無意識のうちにパンチを繰り出す動きをした。すると突き出した右拳から新たな光の筋が砲弾のように飛び出した。それがラサースに当たると、ラサースは「うぉぉぉ」と苦悶の叫びをあげた。
「くそ、負けはせんぞ」
こっちも負けてられない。さらに気合いを入れる。
そんな根比べが数秒続いただろうか。ついに勝負が決した。
「ぎゃぁぁぁ」
良美の放った光がラサースの全身を包み、ラサースを焼き焦がす。光が消え失せた時、ラサースの身体は跡形も無く消滅していた。
「やった!」
良美は勝利の実感に酔いしれた。だが次の瞬間、彼女の意識はふっと途切れ、そのまま気を失ってしまった。