それでも忠誠心の回収には余念がない
オークたちの働きぶりは優秀だ。
さすがに農耕経験者だけあって手際が鮮やかだ。
俺が手伝うまでもなく、木の杭のようなものだけで数日で栽培窟の一角を立派な畑にしてしまった。
もちろん?耕すことだけに関して言えば俺にもそれなりの自負があるわけだが?ここはむやみにしゃしゃり出ずに彼らに任せることにする。
「湿度が高い。水はけにはかなり注意を払わないと……」「となると腐葉土を直接入れると障害が出やすいな、畝は必須か」「石灰が手に入ればいいが」「そうだな、あとは亜硝酸塩の分解のめどが立てば」
などと異世界語のような専門的な話を始めてしまったので俺は自分の仕事に戻ることにした。
そんな俺はと言えば特に代わり映えのしない生活を送っている。
急務認定されていたB3F〈牧場窟〉の掘削に勤しんでいる。
主人がこんな泥仕事をしていたのでは威厳も何もあったもんじゃないと思っていたのだが、自分たちではとてもではないがこのような拡張はできないと、むしろ彼らからの尊敬の眼差しはその度合いを増している。
実際には掘ること以外にできることはそう多くはないのだが。
俺は発達した前足の爪を地面に突き刺した。
地下深部の地層は上層部よりずいぶん硬いらしい。しかし俺の掘削スキルのほうもその精度を増しており、実際のところ進捗速度はそれほど落ちてはいない。そういう意味で地層が硬くなる分には崩壊の可能性を考えずに済むのでむしろ好都合だ。
B3Fは牧場にする予定のだだっ広い大空間と、管理に必要と思われるいくつかの小部屋だけのつくりとなった。
現在イボイノシシトカゲのたちは群れをなして洞窟内各地を駆け回っている。正直かなりの鬱陶しさだ。
支配下にある以上命令を出してやめさせることは可能なのだが、この命令というのはいち個体ずつ与えなければならないという本件にあたっては致命的な欠陥がある。ある程度の知能ある魔物ならリーダー一体に命令を出して統率させることも出来るだろうが、奴らにそのある程度を期待するというのは無理な相談だ。
ともあれ牧場窟の構造体は完成を見たので、明日以降整備部隊を編成して各所の調整をすればこの問題も解決だ。これだけの広さがあれば多少繁殖で増えようと十分運動量は確保できるし、なんなら他の種を投入するのも良いだろう。
こんどは何かもっと生産性のある魔物にしたいところだ。
というより、増えすぎた種に関しては間引きも兼ねてある程度をMPとして吸収したほうがいいだろう。もしも無限増殖するのなら洞窟がパンクしていまう。
MPによって魔物が成長するというのは以前発見したとおりだが、そのサイクルがどうなっているのかと言うと、どうやら大地や空間にも魔素は漂っているらしい。あるいはかつて俺もお世話になった菌糸のたぐいが持っているのかもしれないが。
スカベンジャーローチのような小型の魔物はそういったものからMPを吸収しているらしく、さらにそれらをイボイノシシトカゲやコウモリが食べて繁殖しているらしい。
MPによって繁殖するので、MP量のキャパシティが少ない低位の魔物ほど数が増えるのは早いというわけだ。
次に着手したB4Fは迷宮構造にすることにした。
面倒な侵入者がたどり着いた場合に労なくして退散いただくか死亡していただくための機構だ。
もちろん俺たちは別ルートでスルー。ならびにいくつかの拠点に床か天井から直結ルートを作り奇襲できるようにするつもりだ。多少狭くてもかまわないのでこの階層の建設は比較的容易と踏んでいる。ただ、やはりこれより下の階層はB3Fと同じような大規模空間にする必要があるだろう。でなければ戦闘で構造体がダメージを受けたり、最悪崩壊する恐れもある。
落盤までは行かなくとも修理は必要になる。なるべくメンテナンスフリーな構造にしておくのが肝要だ。
どの程度の敵が侵入するかは未知数だが用心に越したことはない。こちらの配下の居住区についてはメインスペースからは隔離することを後々考えなくてはならないだろう。
ちなみに中級生産ゴーレムくんは目下洞窟内の体裁を整える作業に従事させている。
当面は通路に石畳を敷く作業が続くだろう。
ひとついまさらながら気がついたことがある。
明かりだ。
いつの間にか俺は順応して牧場窟にいてもかなり距離のある向こう側の壁が見えるほどの視野がある。しかし冷静に考えるとここの採光は皆無、つまり光量はゼロなのだ。
とはいえ地上から採光することは難しい。警備上の問題もあるし、よしんばできたとしてもこれより下の階層ではさらに難しくなる。頭を悩ませた俺はオークたちに相談することにした。
「……というわけで、何かいい案はないか」
「確かに、それについてはわれわれも考えておりました。居所にいる際は持参の照明で今はしのいでいますが、それもいずれはそこをつきます。そこで先日案を出し合ったのですが、発光性の何かを採集に行く許可をいただけないでしょうか」
ほう、すでに考えていたか。まあ生活に直結するところだしな。
「それはもちろんかまわないが、なにかとは具体的には?」
「今出ている案はリヒテンターブルと呼ばれる植物です。これは地上ではごく普通のつた類なのですが、成長に十分な光量が得られないような場所では自らが発光して太陽と同質の光を出すという得意な性質を持つのです。もうひとつはライトマテリアル。これは発光性鉱物の総称で、カンテラなどとして使うにはこちらのほうが汎用性があるかと……ただ入手には少々骨を折るかと思われます」
どうやら彼らの生活の知恵ともいうべきか、やはりそれなりの知識を持っているようだ。この件に関しては彼らに任せるのが得策のようだな。
「わかった。ではこの件は任せよう。しかしそういうものがありながらどうして持参のものはそれとは違うのだ?」
「我々の持っている発光虫は寿命が短いというデメリットはありますが入手は容易なのです。しかし先にあげたものは一朝一夕には……。リヒテンターブルに関しては見分けさえ付けば採集は容易ですがライトマテリアルについてはなかなか……」
「わかった。では照明素材の捜索隊と、それから牧場窟の整備隊も見繕ってもらおうか。畑に関しては多少進行が遅れても構わない」
「かしこまりました。それでは今日明日中にも」
訪ねてきたのが聡明なハイランドオークたちで助かった。
ちゃんと自律的に行動してくれるし、話も早い。うまく使えば俺は穴さえ掘っていればあとの整備はほとんど任せられそうだ。
「ん?」
部下の仕事ぶりに気を良くした俺が上機嫌に歩いていると、足元をちょろちょろと走り回る黒い影が現れ、「なんだはぐれのイボイノシシトカゲか?」などと考えていると影はしばらく走り回った後俺の足元にぶつかった。
俺の視界はある程度の距離を見渡せるが、これはあくまで集中してみればおおよそ何があるか見える、という程度のものだ。なにせこの暗さだ、動体を完全に補足できるはずはない。
はぐれていることといいずいぶんどんくさい個体だな。呆れながら道を譲ろうと一歩踏み出すと、影は怯えたように後ずさる。
妙だ。イボイノシシトカゲに怖いとかそういう神経はないはずだ。それにアイツラは後ろには進めない。
「おい、誰だお前は……?」
まさか気づかないうちに敵の侵入を許していたのか?
タヌさんは……ダメだ、ここからでは呼ぶにも遠すぎる。オークたちも間に合わない。
腹をくくった俺は威嚇するようにゴツゴツしたしっぽを逆立てた。
「ふ、ふえぇぇぇん、ごめんなぁさーあああいーー」
「な、なんだ!?」
侵入者と思しきそいつは……突然泣き出してしまった。
それはよく見ると2体の子供のハイランドオークだった。
ああ、そういえばいたな。集団の中に2体ほど小さな個体が。
あんまり興味が無いので俺は彼らの高精度な個体識別を怠っている。打ち合わせは村長と行えば済むことだし、あとは必要ならそのときに覚えればよかろうと、各人の自己紹介なんかは割愛していたわけだ。
それにいざとなれば配下のステータスは確認できるしね、こんな風に。
ハイランドオーク♂:個体名/シゲト、状態/健康、レベル5、スキル/なし
ハイランドオーク♀:個体名/ユン、状態/健康、レベル5、スキル/なし
男の子の方はなんだか渋い名前だな……。
「う、うるど様、ゆんは、ゆんは悪いことをしてしまいましたか?ぼくは、あの……ゆんにひどいことをしないでほしいです」
幼少期の個体はあまり会話が得意ではないようだな。
「……あの、えっと……」
「ん、ああ、大丈夫だ気にすることはない」
俺が黙っていたせいで不安にさせてしまったか。
それにしても幼いながらも友達を守ろうとするとは、なかなか見どころのあるやつだな、シゲトくんは。将来力がつけば騎士に取り立ててやろう、などと適当なこと考えていただけだよ、俺は。
「それよりユンよ、ぶつかったときに膝を怪我しているだろう。隠すことはない、これで直すと良い」
「え、どうして私の名前……」
「なに、支配者たるもの住民の名は全て覚えている。当然だ」
さっき呼ばれてたしな。それに嘘も方便、という言葉もある。
ステータスを確認するというのは記憶の中から名前を思い出すのとプロセスとしてはあまり変わらないし、そういう意味ではあながち嘘ではない。が、子供たちの穢れない尊敬の眼差しに俺の良心がそれを仮借出来るかは別問題だが。
背中の袋から取り出した赤い実――ネクタリンを渡すと子供たちは元気に入口の方へかけていった。
有事の際に役に立つかと先日からイボイノシシトカゲの革で作ったザックにネクタリンを持ち歩いていたのだが、さっそく功を奏したようだ。
これで彼らは一生俺に忠誠を誓ったことだろうクククと、ダークサイドの俺が言っている。
にしてもこの頃オークたちはよく外に出ていくような気がするな。
休み時になると連れ立ってでていくのもちょくちょく見かけるが、まさか新しい栖でも見つけたのだろうか。労働力の低下は痛手だがもしそうなら彼らの意思を尊重してやろう。
●
暗い部屋に親指ほどの大きさの甲虫が灯す緑色の光が寄り集まっていた。
各々で持ち寄った光源に照らされて、車座になって座るハイランドオークたちの中心には様々な食物が並んでいた。
しかし彼らは話に夢中なのか、一向に食事に手を付ける様子はない。
「オ、オレ今日ウルド様に声をかけて頂いちまったよ!丁寧な仕事だって言葉まで頂いて……俺なんかの仕事も見てくれてるんだな……!」
熱く語るのはこの程整備部隊に編成された青年期のオーク。
周りからは呼応するようにやっかみと冷やかしの言葉が上がる。
「あの、私も、名前覚えてくれてたの」
「本当か、ユン?こんな子供たちの名前も?」
「いいかい、ユンちゃん。良くしてもらったらちゃんと仕事で返さないといけないよ。まだ小さくて出来ることはそんなにないかも知れないけど、自分で役に立つことを探すんだ」
「でも、ウルド様は子供は働かなくていいって」
「そんなこと言ってる場合か、ウルド様だって少しでも早く仕事が進むほうが喜ばれるに決まってる!」
「おい、ウルド様がお決めになったことにケチを付けるつもりか!?」
「そうは言ってねぇだろ、オレは――」
「落ち着かんか、みっともない。そんな大声出してウルド様に聞かれでもしたらどうするつもりだ」
あわや取っ組み合い、というほどに白熱しかけた口論は族長の落ち着いた声によって諌められた。面々に不満の色は見当たらない。
「それより今は計画の準備を急がねばならん。わかっているな?」
「もちろんだ、こっちはおおよその段取りは整っている」
「しかし、本当にこれで大丈夫なのか?ウルド様ほどのお方を前に果たしてこんなものが……」
「今は信じるしかないだろう、自分たちの力を」
「そうだな、決行は近い。皆気を抜くんじゃないぞ」
「「「おおッ!!」」」
緑色の光の下、オークたちの集会は遅くまで続いた。