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来訪のハイランドオーク

 俺はヒトのオス以来の知的生命体を前に途方に暮れていた。


 恐ろしいことだ。

 俺たちの洞窟は気がつけばハイランドオークと呼ばれる人型の魔物の一団に包囲されてしまっていたのだ。


 ……罠もある。こちらから打って出ない限りは少なくとも袋叩きにされたりということはないだろうし、こちらとしては籠城しても不都合はないので今の所実害はないのだが、こんな状況はどう考えたっていい気はしない。


 出方を伺うため、タヌさんを後詰に暫くの間入口付近から様子をうかがうこと数刻。


「ここを乗っ取るつもりだろうか……?」


 念の為イボイノシシトカゲたちや、随時増やしていたコウモリや蜘蛛などの小型の配下も呼び寄せて、かくなる上は総力戦と言った構えで待機している。


 相手は二十体ほど。入口の大きさから想定される洞窟の規模を考えれば、何かしら巣食っていても十分に勝機はあると考えたか。だとすればつけ入る隙はある。相手の戦闘能力は未知数だが罠に誘導してうまく立ち回れば勝てない数ではないはずだ。

 最悪入り口を閉ざして出入り不可能にしてもこちらに不都合はない。


「ここの主はおられるか?」


 しばらくの後、意外なことに相手側から声がかかった。

 膠着状態を破ったのは一匹の特に毛足の長いハイランドオークだった。一団から数歩進み出ると、図体に見合った大きな声でこちらに呼びかけてきた。

 どうやら対話の意志はあるらしいと判断した俺は素直に冷たい岩の陰を出た。もちろん警戒は怠らない。


「私がそうだ」


 舐められないようになるべく厳しい声で言った……つもりだ。

 向こうさんはどうやら本当に何者か出てくるとは思っていなかったらしく、あるいは俺の姿に驚いてかあたりはにわかにどよめきに包まれる。


 別に主だとか思ったことはないけど、状況的にはそうなるだろう。パワーバランスで言えば今やタヌさんのほうが上かもしれないが、タヌさんはきっとそんなことで気分を害するタヌキではない。


「皆、静まれ。……主よ、まずは突然の訪問を許して欲しい。ただ我々の状況は逼迫している。どうか話しだけでも聞いてはいただけないだろうか」


「……いいだろう。ただしそれより近づくことは許さない。この距離でなら話だけは聞こう」


 存外に紳士的な態度に毒気を抜かれ緊張が緩んだせいか、俺は自分でも少々以外なほどあっさりと胸襟を許したのだった。


 彼らの話をまとめるとこうだ。

 彼らはここより北西の方にある高原で暮らしていたらしいが、村をワーウルフの一団に襲われ、ここに来たのはなんとか逃げ落ちた村の生き残りを可能な限りまとめた集団だということだ。ワーウルフの追撃を恐れて(ひら)けた場所では安心して眠ることもできず、ほうぼう探し回ってたどり着いたのがこの洞窟だったらしい。

 つまり彼らの要望はここで暮らしたいというものだ。


 なんというか、まさしく棚からぼた餅という感じだ。

 こちらとしても人員はほしいところだし、しかもこの状況はどうやらこちらが願いを聞いてあげる立場――つまりはこちら優位の交渉だ。この交渉を受け入れないという選択はなかった。

 ましてや意思疎通のできる相手というのはありがたい。

 あとはどの程度優位性を確保できるか、立ち回りが肝心だ。


「話はわかった。諸君らを我が住処へ迎え入れることは吝かではない。されどこちらとてただで住居を提供するわけにはいかない。多少の条件は飲んでもらうが、それでも良いか?」


「はい、我々にはもはや失うものはありません。少しの間でも屋根を借りられるのであれば多少の条件など問題ではありません」


「少しの間、ではない。まずは諸君らには私の配下へと入ってもらう」


「配下……ですか?」


「そうだ、しかしこれはいわば便宜上のようなもの。こちらのルールに従ってもらうという意味で受け取ってもらって構わない。今の所特別な場合を除いて私から命令することはないし、出入りも自由にしてもらって構わない。ただ許可なく一定以上ここを離れることはできなくなると思ってほしい」


 中には洞窟の規模を心配するものもいるようで、すし詰め状態で離脱もできないのではと心配する声や反論も聞こえたが長は片手で彼らを押し留めた。


「それでしたらもちろん構いません。しかし本当に出入りは自由で構わないのですか?」


「構わない」


 妙な質問だ。彼らからすれば洞窟を離れるのに許可が必要というのは不可思議に思いそうなものだが、ある意味ここに拘束されることになるということを長はなんとなく理解しているのかもしれない。


 いずれにせよ出入りに関しては特に問題はない。

 住んでみれば生活に馴染めない連中も出てくるだろうし、そういう者を置いておくとむしろ害になる可能性が高いので、命令するまでもなくそうなる前に自由意志で出ていってくれればむしろ丸く収まるというものだ。


 場所バレの可能性はあるが、それについてもそろそろ魔素資源となる魔物の呼び込みについて考えていたところだ。いつまでも洞窟の拡張ばかりでは進歩がない。とはいえこちらから打って出ることはできない上、可能だったとしてもそれは愚策だろう。そこで取るべき手段として能動的受動の一手としては理にかなっている。


「次に、侵入者があった場合には戦闘要員として戦ってもらうことになる」


「はい、それはもちろん。我々の(すみか)にもなるということなら」


「よし、では最後に、定住者には定期的に魔力を捧げてもらう」


 これが問題だ。果たして受け入れるだろうか。

 これはこちらとしては必須条件だし、上下関係をはっきりさせるためにも何らかの捧げ物は効果的だ。それに魔物にとってのMPがどれほどの価値になるのか把握するという意味もある。


「魔力……ですか」


「拒否するか?」


「いえ、ただどの程度を捧げればよいのでしょうか?栖のためとは言え行動できなくなるほどの量は……」 


 なるほど。妥当な意見だな。


 しかしこちらとしてもこれでは基準が見えない。まあ今回のところはギリギリを攻めるより、少なめに言って反応を見るにとどめておくか。


「そうだな……差し当たり3日で一割だ」


 族長の緊張が緩むのがわかった。やはりこの位の量なら問題にならないようだ。


「その条件、喜んで受け入れさせていただきます」


「よかろう、では歓迎しよう。私の後に続け」



 こうして交渉はまとまった。

 まずはこれから自分たちの栖となるこの洞窟について知ってもらうべく、案内をすることにした。


「住人から紹介しておこう。こちらはタヌさんの一家だ。決して昼寝の邪魔はするでない。あっちは配下のイボイノシシトカゲたち。それからゴーレム。あとは小型の魔物が数種類。これらが今此処に暮らすものの全てだ」


 舐められるかとも思ったがハイランドオークたちの態度はやはり紳士的だった。タヌさんに無礼を働く様子もない。


「ところで諸君らは農耕あるいは戦闘の経験はあるのか?」


「我々は戦闘を好む種族ではないので戦力としてはお役に立てるかどうか……ただ村では皆毎日のように畑に出ておりました。一応作物の種だけは持ち出したものの、洞窟ぐらしでは……」


 なるほど、確かに彼らから受ける知的な印象は温厚な性格を物語っている。

 経験者で持参の種まであるのなら適材適所、耕作を任せるのが順当そうだ。


「そうでもない。何かしら仕事はしてもらおうと思っていたが、それなら諸君らには畑を任せよう」


「畑……?このような場所に畑が?――いえ!今のは言葉の綾で……」


「よい、まずは見てもらおう」


 そう言って俺は仄暗い階段を上がり栽培窟へと彼らを案内した。

 階段を抜けるとオークの一団から歓声とどよめきが上がる。


「これは、上階から光が……?おお……」「これはなんと神秘的な……!洞窟内にこのような場所があるとは!」「綺麗……」「なんだか私涙が……」


 ずっと緊張を強いられてきたためか中には膝をついて呆然と涙を流す者までいた。

 さすがに想定外の反応だ。

 しかし考えてみれば村を襲われ過酷な旅の挙げ句見知らぬ相手に突然配下にされるされるのだから彼らの心労は計り知れない。そういう意味では安らぎの場所としてここは一級だろう。


「えー……諸君らにはここで作物の栽培をしてもらう。こうして今できている実は節度を保つならば食べてもらっても構わない。長旅の疲れもあろう、友好の印にいくらか食べていくといい」


 そう言って俺は手近にあった赤い実をもぎ取って隣りにいたハイランドオークに渡した。彼は一度視線でこちらを伺って果実に口をつける。


「こ、これは……!」


 少々大げさな反応に俺は眉をひそめた。そんなにうまかったのだろうか。いや、逃亡生活でまともなものも食べられなかったのかも知れない。

 正直俺は赤い方の実はどうにも食感が苦手なのだけど。


「美味いか?」


「こ、このような希少なものを分け与えてくださるとは……あなたは一体……?」


 希少?たかがヒトが食べ残した種からできた実だ。うまいのは確かだがそれほど希少なことがあろうか。そんな俺の考えを他所にざわめきはすぐに広がった。


「おい、お前も一口食ってみろ……!」


「こ、これは……」


「そんな……ワーウルフにやられた傷が……」


 その光景にはさすがに俺も目を丸くした。

 傷だらけだったハイランドオークたちの身体が見て分かるほどに回復していく。

 ……そうか、赤の実はHPを回復するのかも知れない。俺はHP自体が存在しないからその恩恵を受けられなかったのか。


「……気に入ったのなら良い。旅の疲れもあるだろう、今日は特別に1人3つまで食べてゆっくり休むといい。明日からは働いてもらうぞ」


 安堵のためかオークたちが泣き崩れる光景は、今まで洞窟の中でそうとも思わずに孤独に暮らしていた俺の目には奇妙に写った。


 落ち着いた彼らを地底湖、B2Fと案内して罠についても大まかに説明をした。

 彼らには高度な仕掛けらしい罠に目を丸くし、地底湖の管理計画について話すと彼らの尊敬の眼差しはもはや崇拝に近いそれになっていた。


 そして最後に居所となるB3Fを案内する――といっても俺自身全容をつかめていないのでバレないかと内心これにはヒヤヒヤした。せっかくの崇拝が台無しになってしまう。


「急なことで真っ暗だが危険はない。少々不便だろうがここを好きに使って良い。ただし散らばらず、なるべく固まって生活するように」


「ありがとうございます。皆、この辺りを使わせていただける事になった!3班に別れて使わせていただく!メンバーの決まった班から各自リーダーを報告に来るように!」


 なんというか、想像していたよりはるかに知的で統率の取れた行動だ。イボイノシシトカゲと同じ魔物とは思えない。


 しかし一部屋7人は多すぎるだろう。寝るスペースを考えると何も置けなくなってしまう。見たところ家族か近親と思われる者たちもいるようだし。

 現在この階層は50強の部屋数を有する――と少なくとも俺は思っている。各部屋はそれほど広くはないが、つがいとその子供くらいで暮らすならちょうどいいくらいの広さだ。


「それでは狭かろう。近親者はまとまって、独り身のものは二人でひと部屋使うといい」


「しかしそれではあまりにも部屋を使いすぎます。確かにつがいのものもおりますが5組ばかり……半数は家族とはぐれた独り身です」


「構わん。……では、族長は後ほど栽培窟へ来るように」



 オーク達を残し俺は一足先に栽培窟で待つことにした。

 というのも、何もかも突然だったので彼らに使わせる畑の割当などこれから決めるべきことも多い。

 全体を見ながら構想を練っていると、ある程度住処が整ったらしい族長が階段を上がってくるのが見えた。


「格別のはからい、どれほど感謝してもしきれません……無事皆各部屋へと移りました。本当にありがとうございます」


 しばらくして栽培窟に現れた族長は、跪いて移住の首尾と礼を口にした。


「そうか。まあそこに座れ」


 俺は滝のほとりに座り、ちょうど対面にある平らな石を族長に進めた。

 一応何か食べるものを用意したかったが、生憎まだ来客の準備は整っておらず、ろくなものはなかった。彼らにはその辺りを解決してもらえると助かるのだが。


 さしあたって今回は中級ゴーレムに作らせた大皿に食べるかわからないがGと、さっきは俺が示さなかったからか食べていなかった青い実を始めとする何種類かの果実を盛ってみた。これが会談の作法として正しいのかはわからないが今は良しとしよう。


「こんなものしかなかったが、食べられるものがあれば好きなだけ食べてくれ。私は食事を必要としないものでな」


「いえ、滅相もございません。過分なお心遣いを」


 幸いどれも食べられるものだったらしい。意外にも彼はGをありがたがった。もともと雑食だが戦闘や狩猟を得意としない彼らにとって昆虫は貴重な栄養源らしい。


「気に入ったのならその虫は後で他の者へもいくらか持っていくといい。……それでは、お前たちのことを話してもらおうか」


「はい、……何からお話しましょうか」


「そうだな、まずは名前を聞いておこうか」


「そうでした、これはとんだ失礼を……!私は族長代行を努めておりますアドラと申します。改めましてお見知りおきを」


 探索ゴーレムの働きで種族は割れているが、念の為本人たちの認識と齟齬のない情報が取れているか確認しておくか。


「ではアドラよ、お前たちはハイランドオークで間違いないか?」


「はい……。あの……我々はなんとお呼びすれば……?」


 ――名前か。


 確かに探索ゴーレムによればヒト族も個体を識別する名称を扱うということだった。知ってはいたがまさか自分に必要になるとは思っていなかったな。


「私に名はない……必要であれば好きに呼ぶといい」


「……では、バーゼルウルド様とお呼びしてもよろしいでしょうか?古い言葉でバーゼルは大地を、ウルドは統べる者を意味します。もともとはいにしえの神の名でもありますが、仲間の中にはすでにそうお呼びしているものもいるようです」


 そんな崇高なものではないが、そう思いたいのなら思わせておいたほうがいいだろう。大地というより地下に住んでいるけどそれもなんとなく洒落が利いていて気に入った。


「……いいだろう、ではこれからはその名を名乗るとしよう。ただし長いので呼ぶときはウルドで構わない。それでは話に戻るが、ここの設備を見てお前はどう思う?足りないもの、不要なもの、率直な意見を聞きたい」


「我々は魔物の中でも知能が高い種族であると自負しております。そもそも多くの種は居所を構えることはあっても農耕などを行うほどの知恵は持ちません。その我々から見てもここ設備には目を見張るものがあります。足りないものと言われましてもなかなかすぐには……」


「ふむ。ならばここまで設備を増やしてきたかいがあったというものだ」


 手持ち無沙汰に弄んでいた赤い実を齧る。

 やはり俺にはこの食感は少々厳しいものがある。フルーツの味がする生肉を食べているみたいだ。スカベンジャーローチの処理穴に投げ込むと一瞬にして種までうごめく黒い渦に消えていった。


「あの、こちらの洞窟はもとはどういったもので……?」


「ここは私がいちから築いた洞窟だ」


「な……失礼ながらそれは本当で!?」


 もちろん一瞬でできたわけではなく、長い歳月をかけてのことだが、俺が独力で築き上げたという点で嘘はない。


「無論だ。そして今も拡張は続いている」


 アドラは驚嘆の様子で、直径20メートルの円錐形をした栽培窟の天井をしばらく呆然と見上げた。


 その後、今後の彼らの身の振り様や、畑に使うべき区画などを少々打ち合わせ、アドラの疲労にも配慮してそう遅くならないうちにお開きとした。

 アドラは用意した食べ物を持ち帰りたいと希望し、あとで皿だけ返すように言うといそいそと地下へ降りていった。


「ああ……疲れた。」


 舐められないように精一杯偉ぶってみたが慣れないことはするものじゃない。そもそも会話すら普段録にしないというのにいきなりの過負荷に情報やらなんやらで頭が発熱しそうだ。


「それにしても……」


 いつもの傾斜の盛り土に横になろうとして思いとどまる。

 あれだけ支配者ぶっておいて寝床が通路の端の盛り土じゃ格好つかないだろ……。


 とは言え今日は疲れすぎた。今後自室も建造するとして今日はタヌさんの部屋にでも泊めてもらおう。そう思ってタヌさんを訪ねた俺だったがあえなく体当たりを食らって追い出されてしまった。

 思ったより縄張り意識強いんだな……彼の意外な一面を知ってしまった。


 昼間とのギャップでなんとも惨めな気分で、結局盛り土に落ち着いた。

 俺自身の感覚で言えば全然構わないんだけどね。


 そういえば俺って毛皮を少しばかり引っ掛けただけでほとんど全裸なんだよな。オークたちはちゃんとした毛皮着てたな。これからもこういうことがあるなら支配者としても威厳の意味でも何か服を作ってもらったほうがいいんだろうな。


「明日は見つからないようにオークたちが起き出す前に起きないと……」


 今後気疲れは増えそうだと少しげんなりして横になった。

 そんな日も盛り土の地面はひんやりと冷たい。




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