ヒト族
ヒト族と呼ばれる生き物たちがいる。
奴らはコロニーを作り、集まって生息していることが多いが、時々単独あるいは群れでこの近くの道を通ることがある。
そういうことが例の蜘蛛型探索ゴーレムの調査でわかってきた。
といってもごく近くの範囲までだが。
木の加工ができないことに気がついた俺は考えることをやめて、別のこと――すなわち情報収集に精を出していた。
俺が鉱石入れに使っているズタ袋もやつらが落として行ったのが風で流れ着いたものだということがわかった。
奴らはよく道沿いに現れる魔物を狩る。食べるためなのか、別の理由があるのか。その辺のところはまだわからない。それでも何かしらの理由で魔物を求めているのなら、ここにある程度魔物を集めれば呼び寄せることもできるかもしれない。
奴らは比較的強く好戦的な生き物で、魔物に負けることはあまりない。
ということはそれだけ多くの魔素を持っていると推測できるが、そうなるともし引き込むとなると揃える魔物もある程度の強さがないと魔素を奪うことはできないということだ。
あるいはそういうややこしそうな生き物とはかかわらず、魔物から地道に魔素を得るほうが得策だろうか?
いや、ダメだ。俺は遠くに行きたい。ずっと遠くの景色が見てみたい。こんな緑と茶色だけの景色じゃなく、もっと色鮮やかな風景があるはずだ。
そのためには地道に魔物から魔素を奪っているくらいではとても足りない。
多少リスクを取ってでも大量に魔素を獲得できる手段がほしい。
ともかく今のままでは何をするにも狭すぎる。
ということで、俺は洞窟の拡張を以前にもまして本腰で進めている。
そんな事を考えていた矢先、俺は人間と出くわすことになった。
そう、例の落とし穴で。
俺が異変に気づいたのは深部での掘削を終えていつも利用している休憩場所――例の土の傾斜のところだ――に返ってきたときだった。
「おや、何やら入口のあたりが騒々しいぞ」
俺は下ろしかけた腰を再び持ち上げて確認に向かった。
近くまで来ると落とし穴を掘ったあたりでスキル【わめきちらす】を使用中のタヌさんが目に入った。
いつになく興奮した様子だ。
「どうしたんだい、タヌさんや」
近づいてみると落とし穴のうち一つが踏み抜かれている。
「おいおい、マジかよ……!」
慌てて這いつくばって下の方を確認すると、まるでサイバイマンにやられたかのような体勢で気を失っている影が薄っすらと確認できた。
体毛の少ない身体に薄い布を纏った身体、およそ四足歩行には向かない作りの身体。
ヒト族だった。
「マジだ……」
正直これは不測の事態だ。
もちろん侵入者を想定して作ったトラップなわけだが、はじめはもっと知能の低い魔物なんかがかかると思っていた。よく日向で寝転がっているイボイノシシトカゲでも捕まえられればいいだろうくらいに思っていた。
しかしよりによってヒト族とは……明らかに面倒そうだ。
対応に苦慮した俺はとりあえずしばらくこのまま様子を見ることにした。
気を失ったままでは相手が敵性生物か否かも判別できない。
二日目の昼、どうやら穴に落ちたヒト族が目を覚ましたようだ。
下から何事か叫んでいる。
「おおーい!誰かーー!!上に誰かいませんかぁ!!助けてください!!」
助けを呼んでいる。
覗いているのがバレないように注意しながら観察を続ける。
しばらく叫んでいたようだが4日目にはどうやら諦めたらしい。ヒト族は壁にもたれてうずくまっている。
何やら鞄の中を漁っているようだ。脱出の糸口でも探しているのだろうか。
7日目。ヒト族はもう動かない。
餓死したのか、落ちたときに怪我でもして状態が悪化したのかもしれない。
大丈夫そうだと判断した俺は階段を降りることにした。念の為戦闘用ゴーレムを一体作って連れて行く。なにか思うところがあるのか腹が減っているのかタヌさんもついてきてくれた。
重い石戸を開ける。一見変わったところはないように見えるが、隅の方に例のヒト族が倒れている。
そういえば、こちらも観察していたのだが、穴に落として観察しているだけでは俺のMPは増えないらしい。
「生きてますか……?」
自分で見殺しにしておいてマヌケな質問だが最重要事項だ。
もちろん死んでいる前提だが万が一ということもある。
そして万が一のことが実際に起ってしまった。
「だ、誰……どなたですか……そこにいるのですか……?」
体調か怪我か生まれつきか。何れにせよそのヒト族は視力が極端に弱いようだった。
タヌさんが動き回るとそちらを向いてうわ言のように「どうか水を少し……」などと繰り返している。
その姿を見て俺はなんとなく気がついてしまった。
あるいは穴に落ちて即死でもしていれば気づかずに済んだことなのかも知れないが、多分俺は生き物を殺すことがあまり得意ではない。
こんなに惨めになっても生にしがみつく浅ましい動物とも取れるかもしれないが、もしかしたら守るべき何かがあるのかも知れない。それは例えば軍隊だとか俺にとって歓迎できるものではないのかも知れない。それでも俺はその人を助けることに決めた。
幸いここのところの掘削で水脈を掘り当てていた俺はヒト族をすこし深く掘った水溜場に連れて行って汚れを落として、水も飲ませてやった。
どうやら衰弱しているものの、大きな怪我はないらしい。まともな栄養が取れれば数日で回復するだろう。
念の為擦過傷には例の薬草を塗ってみた。
その日から俺は探索ゴーレムの探索のついでに食料の確保を行なった。
探索ゴーレムはそれほど機敏でも強くもないので主に樹の実を集めてヒト族に与えた。その間も行っていた探索ゴーレムの調査によると、そのヒト族はオスらしいことがわかった。ヒト族の場合メスよりオス個体のほうが体力が多いことなんかもわかってきた。
「あの、長居をしてしまい申し訳ありません。ここはどこなのでしょうか?あなたはここに住まれているのですか?」
「もう少し良くなれば街道へ送る。今は休め」
俺はヒト族の質問には答えなかった。
正直俺の姿はヒト族のそれとはかけ離れているので相手の目が良くないことは結構助かった。見えていれば間違いなく化物扱いされているところだ。ヒト族がグループの平均から外れてものを貶める動物だということを俺は学習していた。
そういった意味でも言葉が通じたのは助かった。
なにせタヌさんとお話することはできないのだ、言葉が通じない可能性は十分にあったはずだが、つまり俺はヒト族に近い存在ということだろうか。
数日後、歩けるまでに回復した男を探索ゴーレムに街道まで案内させた。
「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません、後日必ずお礼を持って伺います」
「構うな。もう行け」
「はい。本当におせわになりました。君が案内してくれるのかい?小さいのによくお父さんの手伝いをしているんだね」
ゴーレム相手に話しかけているあたり多分目は大まかな物の位置くらいしかわからないのだろう。
そして彼は何事もなく街道沿いに帰っていった。
いや本当に何事もなくてよかった。一応念を入れて探索ゴーレムにはあちこち迂回しながら街道まで送らせたが、あの視力ならここの正確な場所を特定することも難しいだろう。
あとは無事住処にたどり着ければいいが、さすがにそこまで面倒は見られない。
「食料が必要かもしれない……いや、必要だろうな……」
今回のことで俺は気がついた。
今回はそのまま送り出したが、捕まえておいてここで飼うこともできた。そうなると生かしておくためには食料が必要だ。まさか毎度探索ゴーレムに探しに行かせるわけにも行かない。効率が悪すぎる。
となると自分の手で生み出さなければならない。
俺が考えた方法は3つ。
まずいちばん簡単そうなのが植物だ。環境さえ整えば管理は圧倒的に楽なはずだ。
次が虫。俺は森によくいるスカベンジャーローチという虫に当たりを付けている。奴らは手のひらサイズの楕円形、茶色い色ですばしこい連中だが生命力が強く何でも食べる。かなり養殖に向いていると俺は考えている。
最後が魚だ。せっかく洞窟内を川が流れているので利用しない手はない。探索の結果、ここの水は最終的に地底湖へと流れ込むようで、そこをうまく隔離できれば魚を飼うことが出来るだろう。問題ははじめの数匹をどう入手するかだ。
最後に一応動物も考慮したがやはりどう考えても現状では不可能だ。食べる量も多く排泄もする。場所だって足りないだろう。
そんなわけで俺は手始めに植物の栽培場の建設に着手した。
まずは場所の選定。
一番容易なのは洞窟の外の野原に種を植えることだが、洞窟の外にしてしまうとどうしても管理に危険が伴うし、最悪それが目当ての危険な魔物を呼び寄せてしまうかも知れない。多分これは愚策だ。
要するに俺は何をするにも洞窟内で行うのが一番安全なのだ。
というわけでまずは洞窟の現在の最深部の辺りを上に向かって掘削することにした。天窓を作ろうというわけだ。
俺は発達した前足の爪を地面に突き刺した。
ちなみに足の爪で引っ掛けて天井部に張り付いている。なかなか厳しい体勢だ。
俺はしばらく直上へ掘り進むと、落盤の心配がないだけの厚みを取って途中で横穴を掘った。危なそうなところは口から出したデロデロで補強する。
そこから縁に螺旋状の足場を作りながら掘削を続けた。これなら天井に張り付かなくて済む。さながら俺自身がドリルヘッドになったような感じだ。
生産ゴーレムにも手伝わせて数日。
難航していた岩盤をどうにか掘り抜いた俺はついに穴の上部を地上部へと貫通させることに成功した。
バコッという音がして最後の土塊が天井から剥がれ落ちる。
「よっしゃああ!これで貫通どぉわこぼごごごおっっgwdg」
掘り抜いたと思った瞬間地上部から大量の水が洞窟内に流れ込んできて俺と生産ゴーレムは為す術なく掘ってきた穴を押し流されてもとの横穴に水流ごと打ち付けられた。
「イテテテテ……一体何が……」
見上げると次々に水が流れ落ちて掘った縦穴は長い滝と化していた。
どうやら運悪く掘り進んだ先が川だか池だかにつながってしまったようだ。
「……いや、待てよ。これはむしろラッキーじゃないか?」
よく考えれば植物を育てるには水がいる。掘った穴から落ちる雨水だけでは心もとないし、今ある水場は下層なので利用できない。できるのなら恒常的に自動で水を供給できるに越したことはない。
そんなわけで俺は予定通り縦穴の横幅を拡張して畑のスペースを確保して、その壁沿いを滝が流れ落ちる配置にした。これで少し工夫すれば簡単に水を供給出来るようになるだろう。
唯一の懸案事項は、水の流入口となった縦穴の外壁が水流で崩れないかと言う点だ。なにせ暫くの間かなりの土砂が流れて明らかに崩落していたのだ。
しかしそれも数日で止まり、今ではきれいな透き通った水が流れている。
あの苦労して掘り抜いた岩盤が水の勢いを受け止めているらしい。
横穴に流れ落ちた水は水路を作って地底湖に排出している。この水路は侵入者に毒を流されたりしてはたまらないので後ほど暗渠として隔離予定だ。
予想外の副産物として、滝から大量の水とともに植物プランクトンや魚の卵が流れ込んだようで、期せずして地底湖での養殖場があらかた完成してしまった。今はまだ小さな魚影を見かける程度だが種類によってはもっと大きく育つかも知れないので今後に期待したい。
あとは逃げ出さないように仕切りを作る必要があるだろう。
「にしても……綺麗な光景だな……」
栽培エリアからふと見上げると、貫通した縦穴から水しぶきとともに拡散した光が暗い洞窟にキラキラと降り注いでいる。とても幻想的な風景だ。
ライトに照らされたように切り取られた光が降り注ぐ畑エリアで俺は数日眠った。
で、最後に俺は栽培窟の端に半径3メートルほどの穴をほってスカベンジャーローチといくらかの草を入れて石で蓋をした。此処に作っておけば勝手に繁殖して、後々は生ゴミなんかを処理するゴミ処理穴としても使えるだろう。
因みに俺はスカベンジャーローチという名前が長いので単にGと呼んでいる。
一応コイツらも俺の配下ということらしくステータスを確認できるが無意味なのでやめた。
栽培窟に手始めにこの間のヒト族が食べ残した種を植えてみた。人族は果物の種を吐き出す習性があるらしい。
別に人体実験というわけではないが、少なくともこれは食べられる樹の実だと判明している。
あとはうまく育ってくれればいいが。