観覧車
展示物にいまいち興味が持てなかったため、男は城から出ることにした。
「最後の一ヶ所、観覧車へ行きましょうか」
メリーゴーラウンドから観覧車への道のりは、園内を横断するくらいに長い。ドリームキャッスルから行けば半分くらいの距離なので、巻き戻りが起こらないのは好都合だった。
「裏の観覧車ってどんな感じなんだ?」
「強いて言うなら、ジェットコースターに近い感じですね。元々の遊具としての機能を、裏の技術で強化した。こう言えば想像がつくのではないでしょうか」
ウラビィには気にかかることが二つあった。
ひとつは、男が観覧車を退屈に思うのではないかと言うこと。もう一つは、噂の元になったと思われる出来事に心当たりが無いこと。
「ここの『面白い』の基準は普通と違うからなぁ。退屈くらいがちょうどいいかもしれん」
「うーん、そう言われるとなんとも。乗って判断してください」
「それより、ここの噂だけ心当たりが無いのか。そっちの方が気になるぞ」
「確か、観覧車で『出して』と人の声がする、という噂でしたか」
ウラビィは、ここで行方不明になった人間は全て把握している。それは何故かと男は質問するが、七つ目の噂とも関連する事であるため、これについて詳しい事は後で話すという事になった。
どこで行方不明となったか、何が原因でそうなったかもある程度分かっているが、観覧車で行方不明者が出たという話はウラビィの知る限り無い。
「もし一人でもいたら、噂がある理由も想像がつくんですけどね」
「それは、俺も行方不明になる可能性があるって事じゃ?」
私が側にいる限りは、ありません。ウラビィはそう言って強く否定をした。
近くに寄って見る観覧車は、所々塗装が剥げてサビが浮いている。稼働するからと言って、これに乗るのは勇気が要った。
こう見えて、機能や安全性に問題は無いとウラビィは言うが、男はあまり信用していない。事故が起こっても、メリーゴーラウンドで巻き戻るから安全だ。そう言っている可能性があるからだ。
「アトラクション内で、設計上意図しない死亡は発生していません。ボロボロに見えるのは、いわゆるカモフラージュというやつです」
「本当かぁ?」
「信用してくださいよ。各アトラクションを手掛けた職人たちは、本当に優秀です」
「私を含めたスタッフと違って」とウラビィは小声で付け加えた。
表と裏のアトラクションを一つの施設にまとめているため、操作ミスをはじめとしたヒューマンエラーが非常に多い。ウラビィ自身、それに加えてメリーゴーラウンドがあるため、よくミスをすることを自覚している。
嫌な方向に進んだ話を中断し、ウラビィは観覧車を起動する。ゆっくりと回転するそれを見て、男にはある疑問が浮かぶ。
「これ、観覧車が廃園になっても動いてるって噂にならないのか」
「遠くから見ても分からないように、人間の目や耳をごまかす仕組みがついています」
そんなことよりも、とウラビィは彼にゴンドラへ乗るよう促す。
アクアツアーの時とは異なり、ゴンドラ内部は外観と比べてきれいな状態だ。
「乗っておいて何だが、夜に観覧車乗ってもなあ」
「普通だったらまぁ、あまり面白くはないでしょうね」
ある程度の高さまで昇った頃、窓の外に見える景色が変化した。夕焼けとはまた異なる、赤黒い空の下に廃墟が広がっている。
「高さが変化するのに合わせて、ゴンドラの内側が異世界へ飛び、様々な光景を見る事ができます」
予想よりもおとなしい内容に、男は少々驚きを感じていた。
水没した都市、ジャングルかと思いきや植物に覆われた建物がある場所。少し高さが変わる度に外の景色は切り替わっていく。
「ジェットコースターの時みたく、外の生き物に襲われるとか無いよな」
「そういう仕掛けはありません。ここは本当に、外の景色を楽しむだけです」
ウラビィの言う通り、危険な事は起こらなかった。しかし、ゴンドラが降りてきてあと少しで降りると言うところで問題が起こる。
「あれ? おかしいな」
「どうした?」
「一周したら元の世界に戻るはずなんですよ」
ゴンドラが観覧車を降りる位置まで来ても、外が元の世界にならない。そこを通り過ぎて、もう一度ゴンドラは上に上がり始める。
彼らは観覧車がもう一周するまで乗り続けたが、今度も降りられるようにはならない。
「もしかしてこれ、故障してないか?」
「おそらくは……」
ウラビィは自身の頭部を取り外す。別の場所へと繋がる穴から、男は元の世界へ戻す事にしたのだ。
それが頭部を持ち上げると、成人男性一人が通れる位に穴の部分が広がる。ウラビィは頭部を被せるような動作で、男を移動させた。
元の世界へ帰還すると、ドリームキャッスルの時と同じように、ウラビィは別の自分へと連絡を取る。しばらくの通話の後に、それは男の方へと向いた。
「噂の原因が分かりました」
「さっきのあれが原因なのか」
別世界、正確には差異の少ない平行世界で観覧車が故障し、閉じ込められた来園者がいた。先ほどと同じように、長時間降りることが出来なかったその人が助けを求める声。それがこの世界で聞こえた結果が、「助けて」という声の噂だった。
「もう閉じ込められていた人は救出しました。故障の修理と原因の確認は、これからになります」
ウラビィはアトラクションの構造に詳しくないので、故障のあった世界で製作者を呼ばなければならない。
男はこのトラブルを危険な物だと捉えているが、ウラビィはそう考えていなかった。それは人間とコミュニケーションの取れる知性ではあるが、生物と言い難い存在である。その違いからくる価値観、感性の差がウラビィにこう思わせた。
「アトラクションとしても地味ですが、噂の正体も退屈な物でしたね」
時間や世界を越えて移動できるそれにとっては、別の世界へ放り出される事も大したことではないのだ。