ドリームキャッスル
「次はドリームキャッスルにご案内します。今度は巻き戻しが起こらないようにしますが、そばを離れないでくださいね」
「頼むぞ本当に。アクアツアーみたいなドジも踏んでくれるな」
返事が『お任せください』ではなく『善処します』だったことが、男には不安でたまらない。
ドリームランド中央に位置するドリームキャッスル。表では城内での見学ツアーや各種イベントの会場として扱われていた。
「ここの噂は、地下に拷問部屋がある、というものでしたね」
「ああ。……拷問を楽しめるアトラクションがある、とかじゃないよな」
ここの価値観は外と異なる事を、これまでの体験で理解した男は、ふと思いついた嫌な想像を口にする。
そんな事は無いとウラビィは否定し、同時に彼の持つイメージを訂正しようとした。
裏のアトラクションは、生死に関する価値観が一般のそれと大きく異なってはいる。そんな裏野ドリームランドでも、拷問を娯楽として提供するというのは悪趣味な事だ。
「拷問されるのを……」
「やってません!」
ここはスリルを提供するテーマパークであって、苦痛は扱っていない。
「そういうのが好きなら、パズルボックスでもお土産に持っていきますか」
「あるのか?」
「お土産は冗談ですが、似たようなものはドリームキャッスルに」
城の中、営業していたときは自由に出入りできたエリアに彼らは来た。
ウラビィは壁のレンガを指差し数え、軽く叩いていく。
「何やってんだ?」
「秘密の出入口を出そうとしています」
あるレンガをそれが叩いた瞬間、一つの扉が壁に出現した。中には下へと続く階段があり、彼らはそれを降りていく。
朽ちてなおファンタジックな外観と違い、本物の城のような石造りの内装は拷問部屋があっても違和感が無い。
降りた先の部屋には拷問、あるいは処刑用らしき器具がいくつも置かれていたが、薄暗く息苦しいこの場所にピッタリだと男は感じた。
「おっかない感じの道具がたくさんあるが、ここは一体何なんだ?」
「オーナーのコレクションを展示した部屋です」
オカルト趣味のオーナーが集めた、いわくのある品々。ウラビィらの技術により、空間をねじ曲げて作られたこの部屋は、それらをテーマごとに納めた場所なのだ。
ここ以外にも、地下迷宮や隠し部屋などがドリームキャッスルには隠されている。
男もオカルト趣味ではあるが、こういった方面はあまり詳しくない。台の上に置かれた、何に使うのかよく分からない金属製の器具を手にとって眺める。
「あっ」
「触っちゃまずかったか?」
「いえ、それは問題ありません。ただ……」
ここに置かれた物の大多数は、真偽はともかく本物とされている拷問器具だ。イミテーションも混じってはいるが、男が今手にとっているのは本物、それも実際に使われた可能性が高い。
触ったら呪われる、死ぬといったあからさまな危険物は、もちろん排除されている。実害が無いとはいえ、そんなものを触って平気なのかというイメージの問題なのだ。
手に持っているものが何なのか言われて、忌避感を抱いた彼は器具を落としてしまう。
「しまった!」
一応それは金属製だが、破損する可能性はある。彼がすぐに拾って確認した限りでは、目立つキズ等はなかった。
「問題無い、よな」
「万が一何か壊しても、メリーゴーラウンドで直せるので心配はいりませんよ」
「責任とっていっぺん死ね、ということか?」
メリーゴーラウンドは乗った者の死に反応して起動するが、巻き戻しはそれ以外のタイミングでも発生する。アトラクションで遊び終わり、ここから帰る前。
「仮に何か壊しても、帰る前に無かった事になるんです。安心してください」
「ミラーハウスの時、それでどうにか出来なかったのか?」
メリーゴーラウンドの正確な原理を把握していないので、仮定の話だとウラビィは前置きをする。
うまくいけば、男のいった通り一度死なずとも戻れた可能性はある。その一方で、最悪の場合には彼がいなかった事になるとウラビィは予想していた。
「どういう理屈なんだ」
「あくまでもイメージですが、あれは乗った人の存在を降りた直後の時間に引っ張るんですよ」
帰る時は逆に、その時間、空間から乗った人間を引き離す。
あの時彼は、別の世界の自分と体が入れ替わっていた。異世界の自分と混じりあったような状態だったのだ。処置を間違えると存在そのものに無理な力がかかって、男は最初から存在しなかったという形に世界が再構成される。
「人間の一人や二人、簡単に消滅させられる。当園でも最高クラスの恐ろしい設備なんですよ。あれは」
思いがけず恐ろしい話を聞き、男は顔を青くした。とりあえずは、弁償の心配をする必要はないことも理解する。いわくのある道具には詳しくないので、ここの展示はあまり面白くない。
他にどんな部屋があるかだけ見せてもらい、ここを出ようと考えていた彼はあることに気がつく。
「今日、ここに俺たち以外誰かいるか?」
「いいえ」
「向こうから、誰かの声が聞こえないか」
そんなまさかとウラビィが耳をすませると、確かに人の声が聞こえる。高さからして、女性か子供の可能性が高い。
何故いるのかはともかく、迷っているのは確実なので保護しなければならない。彼らは急いで声の聞こえる方へと向かう。
薄暗い通路の途中にいたのは、小学校低学年か未就学と思われる男児だった。親とはぐれてしまったためか、今いる場所が怖いのか、声をあげて泣いている。
「良かった。とりあえずは見つかりましたね」
「どっから来たんだろうか。そもそも何でこんな時間に」
彼の疑問にウラビィはすぐ答えた。
ここは空間だけではなく、時間も歪んでいる。おそらくは、表がまだ営業していた時期から迷いこんだのだろう。
「秘密の扉、開閉が面倒だからと開けっ放しにするスタッフが多かったらしいんですよね。拷問部屋の噂が立ったのも、この子のように迷いこんだ人がいたからでしょう」
ウラビィは、遊園地が営業していた頃に表でも働いていた。小さな子の相手はお手の物らしく、すぐに泣き止ませ事情を聞き出してしまう。
その後、それは首の穴から電話機らしきものを取りだし、少しの間誰かと通話した。
「どこと話していたんだ?」
「この子がいた時間の私です」
時空間に干渉できる性質から、子供がいつ頃から来たのかウラビィは理解できる。時間を越えて親の下へ送り返すには、その時間の自分自身と協力する必要があった。
「おまたせしました。お父さん、お母さんのところに送りましょう」
ウラビィは自身の頭部をつかみ掲げる。首の穴が大きく広がると、それは頭部を振り下ろして穴の中に子供を入れた。穴の中は、送り先の時間にいる自身の首とつながっている。後は向こうのウラビィが親を探すだけだ。
「案の定、向こうで扉を閉め忘れたスタッフがいたそうです。すぐに保護できて本当によかった」
「長い間見つからなかった奴はいたのか?」
多数の異なる時間から出入りがあるため、誰にも見つからず長期間迷い続ける可能性は低い。万一救助に時間がかかった時のため、防災グッズまで置かれている。
「把握している限り、来場者に被害は出ていません。少し迷った人がいるくらいです」
その一方、スタッフが遭難して危うく死にかけるという出来事はあった。時空間の歪曲されたこの場所は、ウラビィのような力の持ち主といなければあっという間に迷ってしまう。
「ここに来る前、離れないようにと念押ししたでしょう? 餓死、衰弱死などでは、メリーゴーラウンドがギリギリまで動作しないらしいんですよ」
食事をせずとも死なないウラビィにとっては、どちらも無縁なものだ。
「苦しいらしいですね、時間のかかる死に方って」