ミラーハウス
「派手な激突、でかい生き物に食われる、……お次は何だ?」
なかった事になってはいるが、二度も死を体験した男はやけくそ気味に呟く。
「次はミラーハウスにご案内しましょう。あそこは死亡する可能性が低いですよ」
「無いとは断言できないんだな……」
とことん物騒なこの遊園地に辟易しながら、彼はウラビィの案内についていった。
ミラーハウスはメリーゴーラウンドから近い、屋内型アトラクションがまとまったエリアにある。移動に時間はかからず、ほんの少し歩くだけで到着した。
アトラクションの外観は、レンガ造りの二階建て西洋建築。いい具合に経年劣化が進み、いかにも幽霊が出てきそうな雰囲気だ。
「何か洒落たデザインだな」
「迷路なので、ウィンチェスター・ハウスをモデルにしたそうです。ご存知ですか?」
「あー、知ってる知ってる。幽霊を迷わせるために増築し続けたってあれだろ」
オカルト、特に心霊スポット系に興味のある男は、著名な幽霊屋敷であるウィンチェスター・ハウスの事をもちろん知っていた。霊障に怯えたウィンチェスター夫人が、それから逃れる為に作り上げたという大邸宅。
それをモデルとしたここは、もちろん本物ほど大きくは無いが、ミラーハウスとしては珍しく2階がある。
「あれがモデルって事は、ここは幽霊が出てくるのか」
「それが、例の仕様変更でそうでもなくなったんですよ」
詳しくは中で、とウラビィは入場を促した。
男の予想とは異なり、屋敷の中は鏡ばかりでは無かった。
いかにも洋館のエントランスといった感じの吹き抜け。内装として鏡が大量にあるものの、ミラーハウスと言われて思い浮かぶような場所ではない。
「元々の企画では、鏡の怪異を集めようというものだったんですよ」
死ぬ瞬間や数年後の自分の姿が見える。見えてはいけない何者かが映る。そういった鏡にまつわる現象や、特殊な鏡を集めた場所。このアトラクションはそうなるはずだったが、途中で問題が明らかになった。
現象が起こる条件を維持し続けられない。
『何時何分に~』、『~しながら』等、怪現象を起こすためには、満たさなければならない条件がある。企画当初はそれを捻じ曲げて展示していく予定だったが、準備が進行するにつれて手間がかかり過ぎるという事が分かった。
「一枚や二枚なら、現象の起こる状態を維持し続けられたんですけどね。何十枚ともなると予算がバカになりません」
どうするかとスタッフ達が考える中、こんな意見が出てきた。
「本物である必要は無いんじゃないか」
怪現象の条件を満たすよりも、鏡の起こす現象の結果を再現した方が、はるかに楽で安く済む。
オーナーからもその路線で許可をもらえた為、ここは『鏡にまつわる怪現象を様々な形で再現したアトラクション』となったのだ。
例えばこれ、とウラビィが一枚の鏡を指し示す。男が覗き込むと、白髪の老人が映っていた。
『数十年後の姿を映す』という現象を再現した鏡だ。
「けっこう髪が残ってるな」
「面白いところに注目しますね」
頭髪を触っていた男は、何気なく隣の鏡を見る。そこに映った、頭から血を流した自分の顔を見て彼は小さく悲鳴を上げる。
「これは……、死んだ時の姿が映る奴ですね」
「そういう鏡は隔離しておいてくれよ。心臓に悪い」
そろそろ本命に行きましょうと、ウラビィは彼の手を引き扉へ向かう。開けた先は、いかにもミラーハウスといった鏡の迷路だ。
男が先頭に立って進むが、意外な事に異常な現象は起こらない。
「ここは視覚に訴える怪異のある場所ですからね。注意深く見てみないと何が起こっているのかは分かりませんよ」
ウラビィのそんな言葉に、男は立ち止まって周囲を見回す。無数に映る鏡の像を注意深く見てみると、自分と着ぐるみ以外の人物や異形の怪物が紛れ込んでいた。
「何だあれ」
「鏡の魔物とか、そういう類の物です」
これも、本物が用意できないので別の手段により再現されたものだ。訳の分からないものが鏡に映りこむだけで、今までのアトラクションに比べれば格段に大人しい。
怪我ひとつ無く、彼らは迷路を抜けてエントランスに戻ってこれた。
「これで終わりか」
「いやいや、これだけじゃありませんよ」
意味深な発言をして、ミラーハウスから出るウラビィ。後を追って出てきた男に、それは手鏡を渡して覗くように言う。
鏡の中にあったのは、年齢と性別以外は全く違う別人の顔。ミラーハウスの中では異常は無かったのに何故。そんな彼の疑問にウラビィが答える。
「これが、ミラーハウスの噂の正体です」
別人のようになるというミラーハウスの噂は事実であり、本当に別人と入れ替わっていたのだ。
「遠い平行世界の同一人物なので、全くの別人という訳でもないんですけどね」
「これ、元に戻るんだよな」
もちろんとウラビィは答えたが、そこに「メリーゴーラウンドの機能が働いたら」と条件が付け加えられた。
「一辺死ななきゃ戻れないって事じゃないか!」
「いえ、あれは一定時間が経っても巻き戻しがかかります」
「一定って、どのくらいだ」
「三日ほどですね」
三日間もこのままかという男に対し、せっかくだから、少し違う自分を楽しんでくださいとずれた返事をするウラビィ。
「何とかすぐに戻れないのか」
「一応一つ手はあります」
「なら早くどうにかしてくれ」
「……良いんですね?」
それは、首の穴から金属バットを取りだして上に大きく振りかぶった。危険を感じた男が避けると同時に、バットは振り下ろされる。
「何すんだ!」
「メリーゴーラウンドを動かすんですよ」
大したことでは無いという体で、ウラビィは遠回しに『男を殺す』と告げた。
「それは嫌だって言っただろ」
「これくらいしか手段が無いんです。痛みは無いんだから、我慢してください」
頭を強打しようとバットを振り回すそれから、男は走って逃げ出した。
「甘いですよお客様」
男を追跡しながら、頭部を逆さに持つウラビィ。上を向いた穴から、同じ姿の着ぐるみが無数に出てきて追跡に加わった。
暗く複雑な廃墟の中を、明かりもつけずに男は走り抜ける。あれを相手に逃げ切れるかは分からないが、何もせずに殺されるのは御免だ。
「ばぁ!」
物陰から、ウラビィが両手を広げて飛び出してくる。男はそれを避け、別の道を通ろうとするがそこにもそれがいた。
増殖したウラビィに一つ、また一つと道を塞がれ彼はとうとう追い詰められた。
「お前何で増えてんだよ!」
「フフフ、時空間を操る力を少し応用すれば容易いことです。それ捕まえろ!」
彼と会話した一体の号令で、複数のウラビィは一斉に飛びかかる。男は捕獲され、胴上げのような形で運ばれていった。
「困りますよお客様」
「離せこの野郎!」
バットを持った、この世界のウラビィの元で彼は拘束されていた。
「痛みがあるなら私ももう少しためらいますが、痛いと思う前に巻き戻しがかかるから、痛くはないでしょう?」
「痛いとかそういう問題じゃねぇ!」
「しょうがないなぁ……」
ウラビィそう呟いた瞬間、男は目眩がして、気がついたらメリーゴーラウンドに戻っていた。
「ようやく戻ってこれました」
「おい」
何が起こったのか分からない彼は説明を求める。
「バットを持って立っていた私で気を引いて、後ろにいた私でメリーゴーラウンドを動かしたんです」
注射を嫌がる子供じゃないんだから、手間を取らせないで欲しい。
男はそれに言ってやりたい事があったものの、この言葉を聞きそれが馬鹿らしく思えてくる。
「ああもう、次! 次のアトラクションに案内しろ」