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ジェットコースター

「何か希望はございますか?」

「ここの噂にまつわるアトラクションが見たい」


 これから園内をガイドするにあたって、ウラビィは男の希望を確認する事にした。


「噂の内容は把握しているか?」

「はい、七つあるあれのことですよね。 ……もしかして、噂で当園に興味を持たれましたか?」

「いいや、廃墟として有名だと聞いたからで、噂の方は後から知った」


 返事を聞いたウラビィは、少しうつむいてあからさまに残念がる。こちら側への来園者が増えるかもと期待したからだ。


「いや、結構な人数がここに来てるだろ? 体験談をいくつも読んだぞ」

「夜間に、ですか?」

「ああ。明るい時間だけって話もあるが、夜に見に来たってのも少なくは無い」

「そうでしたか。……運が悪かったのか、こうしてお会い出来たのはお客様が初めてです」


 メリーゴーランドは毎日動かしているわけではない。間が悪く、ここを訪れた人々とそれは顔を会わせなかったのだろう。


「まぁ、こんなこと話していてもしょうがないですよね」


 後ろを向いてごそごそと、何かを探るようなしぐさをしたそれは、どこからかランタンを取りだして高く掲げた。


「まずは、ジェットコースターへご案内します」





 ランタンの明かりで照らされる中を、一人と一体は歩く。

 懐中電灯の指向性がある明かりと違い、ランタンは周囲を照らす。光源の移動による陰影の変化は、男に動くものの存在を錯覚させた。


「どうされました?」

「何か、違和感を感じる」


 照らし方の違いか、あるいは何か変化があったのか。彼は建物の中に何かがいるように思えてならない。


「……お客様は、霊感がある方ですか?」

「いるのか、この辺」


 他の部署から聞いた話だと前置きして、ウラビィは話しを続ける。


「どこかの遊園地で、秘密のマークが隠れている、みたいな話があるでしょう」

「ああ、聞いたことがある」

「うちでも、幽霊を使ってそういうことをしていると聞きました」

「マジかよ」


 彼はどちらかと言えば、怖い話を積極的に聞く方だった。この話も、普段なら面白い、あるいは下らないと思っていただろう。

 今の彼は、目の前にいる超常の存在から受けた衝撃により、少し臆病になっている。作り話が、突然現実と虚構の壁をぶち抜いてくるかもしれない。そんな不安を短い時間で拭う事はできなかった。


「私も別部署のスタッフには適当な事を言うので、真偽の程は分かりません。仮に本当だったとしても、いるのかいないのかもよく分からない、存在感のうすい霊なんかが生きた人間に危害を加えられないでしょう」


 それに、とウラビィは付け加える。


「あのメリーゴーラウンドの力には、どんなに強い悪霊、怨霊だって抗えません。だから、先の事なんて心配せずにアトラクションを楽しんでください」




 メリーゴーラウンド以外のアトラクションは、電源の供給を受けているように見えない。外観も通路も真っ暗だった。


 乗り場でウラビィが制御パネルの操作して照明をつける。

 廃坑をモチーフとしたこのアトラクションは、電源が供給されても薄暗い。壁に配置されたたいまつ型のライトとトロッコを模した車両の明かりが主な光源だ。


「まずは普通に運転します」


 ここは、表のアトラクションを知っていた方が楽しい。男をコースターに乗せたそれは、そう言って操作パネルをいじる。


 高低差やスピードの緩急は少なく、曲がりくねったコースを高速で駆け抜けていく構成。一つ珍しい特徴として、このコースターはコースの節目に扉があった。通過するギリギリまでコースの先を隠し、コースターの衝突により突き破られるような形で開閉される。前の座席に座れば、中々に怖い。


「いかがでしたか」

「正直、閉園した遊園地のアトラクションだからと期待していなかったんだが、悪くない。営業中に一度来てみたかったな」

「それは良かった」


 好感触な感想を聞けたウラビィは、パネルを操作し裏のアトラクションへと動作モードを切り換える。操作を済ませたそれは、男の隣の座席に乗り込んだ。


「あれ、お前も乗るの?」

「はい、訳あって同乗します」


 何でだと彼は理由を聞きたかったが、その前にコースターは出発してしまった。

 わざわざ『裏の』というからには、当然このジェットコースターも普通では無いはずだ。少なくとも、彼の横に座る着ぐるみと同じくらいには。


 その異常性は、すぐ男に示された。最初の扉を抜けた先には、先程と全く異なる光景が広がっていたのだ。

 岩壁の間を連続で上下左右に蛇行するはずのコースが、滝を水と共に降りるというものに変化した。周囲の光景も、廃坑というよりは鍾乳洞に見える。


「コースが、変わった?」

「いかがですか。平行世界のコースへランダムに移動する、当園のジェットコースターは」


 扉を通じて、屋内、屋外問わず様々なコースへと移動を繰り返す。整合性や一貫したテーマと言えるものは無い、混沌としたコースだ。扉の向こうがどうなっているのか、全く予想が出来ない。

 一度開けた箱の中身に面白みが無いように、扉のギミックも二度目以降はいまいちだと男は考えていた。だが、裏の場合は違う。乗る度に違うコースになるのだから、何度乗っても新鮮に感じられる。


「いいな、これ」

「まだまだ、これだけじゃありませんよ」


 その言葉を言うか、言わないかというタイミング。

 くぐった扉の先に、こちらに向かってくるコースターがあった。


 あまりの事に、一瞬放心状態となった男は驚愕で叫び出そうとしたが、その前に視界がが真っ暗になる。


「うわああぁぁああ!」


 一拍遅れて彼は声をあげた。そしてすぐに気が付く。自分がメリーゴーラウンドに乗っていると。


「初めての帰還ですね」


 息を切らした男に、ウラビィは意味の分からない事を言う。呼吸を整え、多少落ち着いた男は自分に何が起こったのかをそれに聞いた。


「メリーゴーラウンドを降りてからジェットコースターで事故にあうまでが、『無かったこと』になりました。出来事の記憶だけを持って、お客様はこの時間へと帰ってきたのです」


 これこそが、メリーゴーラウンドの持つ力なのだとそれは胸を張る。男の頭は未だに混乱し、説明を聞いても起こった事を理解しきれない。

 ウラビィは首の隙間に手を入れ、そこから水筒とコップを取り出した。


「お茶、飲まれます?」

「……一杯くれ」


 受け取った茶を一気に飲み、疑問や混乱で散らかっていた頭をリセットした男は再び説明を求める。あのメリーゴーラウンドは何なのか、自身に何が起こったのかと。


「分かる範囲でしか説明は出来ませんが……」


 そういってウラビィは話を始める。


 この遊園地では、心霊、呪物、未確認生物など管理するものの種類毎に部署が別れている。オーナーへ

 ウラビィが所属する部署で取り扱うものは、時空間の異常。

 ジェットコースターが扉を抜ける度に別の世界へ移るのも、着ぐるみの中から物品を取り出す事ができるのも、空間への干渉が可能だからだ。


「正常な表と異常な裏を一つにする都合上、ほぼ全てのアトラクションにうちの部署は関わっています」


 ここ、裏野ドリームランドが普通の遊園地として営業できていたのは、彼らの力による所が大きい。


「最初にも説明しましたが、ここを営業する上で問題になったのは『どうすれば来園者の安全を確保できるか』でした」


 当初は各部署毎に想定されるトラブルへの対応を用意するという事になっていたが、それでは人手と予算を食いすぎる。オーナーも相当な資産を持ってはいるが、出せる金額には限度がある。


「そこで手を上げたのがうちのボスです。私もあれがどういうものか分かっていませんが、一度稼動させればどんな出来事でも『なかった事』に出来る、そんな力があるのは確かです」


 恐ろしい事を引き起こす、強い力をもったものはここに少なからずあるが、因果律を無視出来るのはメリーゴーラウンドただ一つ。

 これを納められたオーナーは喜び、アトラクションを仕様変更するように依頼を出す。より危険に、来園者の死を前提としたものとなるように。


「あのジェットコースター、たまにひどい事故が起こるような設定になっているんです。死のスリルは、どんなに秀逸なアトラクションにも勝るからと」


 内容が食い違う事故の噂は、ジェットコースターとメリーゴーラウンドの性質により生まれた。

 ウラビィは男に問う。私が巻き戻る前の記憶を保持している事に疑問を抱いたかと。


 男は、巻き戻りが起こった事自体をはっきりと認識できていなかった。当然そんな疑問の抱くはずもない。

 それが男と同様に巻き戻る前を覚えているのは、それ自身の時空間に干渉する異常性と、メリーゴーラウンドの『巻き戻しの際、周囲の人物の記憶にも影響を与える』という性質のせいだ。

 乗った人間ほど明確ではないが、巻き戻りが発生する場所に居合わせた人間も、ある程度は記憶を保持する。


 人によって異なる事故の噂は、ジェットコースターが引き起こしたそれの記憶が、メリーゴーラウンドで目撃者に植えつけられた結果生まれたのだ。

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