メリーゴーラウンド
廃園になった遊園地『裏野ドリームランド』の噂。6つのアトラクションに一つずつ、園全体に一つで合計七つ。
いずれの噂も、いかにも怪談と言える荒唐無稽な内容だが、元となった出来事があったとしてもおかしくは無い。
この場所に興味を持ち、このように考えた男が一人。
廃墟探検を趣味とし、大規模で見ごたえのある場所としてこの遊園地を知った彼は、下調べをする内に噂を目にした。
許可を取れば簡単に入れる、昼も夜もそれぞれ違った雰囲気を楽しめる場所だということに加え、いわくまである。実際に現地を見てきたといういくつかのレポートによると、危険な場所でもない。少なくとも、立ち入り禁止になっている普通の廃墟に比べれば安全だ。
男は期待に胸を躍らせて、計画を立てた。
廃墟見物の当日、男は車で現地へ向かう。バスも一応使えたが、辺鄙な場所なので本数が少ない。営業していた頃のスペースをそのまま使えるので、駐車場に困ることはなかった。
車を停めた後は警備員の詰所へ行き、入場許可証を受け取る。申請者本人であること、注意事項の確認を経て、彼は園内に入れるようになった。
通常こういった場所は警備の目を盗んで忍び込み、侵入した後も人目を気にしなければならない。だが、ここは許可証さえ持っていれば堂々と敷地内を回ることができる。
多少の劣化が見られるものの、営業していた頃と大差無いゲートをくぐり、園内へ入る。
雑草が茂り、ところどころ舗装がひび割れた道。塗装の剥げやドアの外れた扉のある建物。男以外に人のいない状況もあり、明るい時間帯でも寂寥感を漂わせている。
「何か廃墟らしくないような……、気のせいか?」
どこが、何故かを問われても彼は答える事が出来ない。しかし男は、ここがまだ使われている場所であるという印象を受けた。
男は噂のあるアトラクションへ足を運ぶ。危険なので中に入る事は出来ない。あくまで外から眺めるだけだ。
事故があったのかなかったのか、定かではない室内型のジェットコースター。一部が屋外へ露出しているが、パッと見た限りでは噂のような大事故が起こったとは思えない。
「正面衝突が起こったとか、脱線して別アトラクションへ飛んでいったとか、とんでもないを通り越して胡散臭い内容だったな」
素人目にだが、簡単に事故が起こるような構造にも見えない。噂は一体どういう経緯で発生したのか。男には想像がつかなかった。
他のアトラクションも回ってはみたものの、特におかしなところは見られず、噂になるような場所とは思えない。
夜の雰囲気も知りたいという理由で、男がここに入場したのは昼過ぎだった。園内各所の散策を一通り終えた現在、辺りは薄暗くなってきている。
「メリーゴーラウンド、見に行ってみるか」
メリーゴーラウンドについて、日没後に回っているのを見たという情報がある。今日も動くかは分からないが、もしかしたら噂を確認できるかもしれない。
日が落ちて内部の見えない建物の間を、懐中電灯の明かりを頼りに彼は歩く。男の周囲に動くものの気配は無いが、暗い屋内に何かが潜んでいるのではと思わせる。
足元や周囲を見ていた男が、ふと上を見上げると何かの光が見えた。耳をすませると機械の駆動音や音楽もかすかに聞こえてくる。
アトラクションが動いている?期待や困惑、好奇心に駆られ男は走り出した。
「この噂は、本当だったのか」
メリーゴーラウンドは、噂の通り誰も乗っていない状態で動いていた。照明の明るさは抑え目で、他の施設と同じく多少の破損や劣化があるものの、それを含めて味があると思わせる。
男は周囲を見回す。明るい時間に確認した、メリーゴーラウンドの操作盤がすぐ近くにあるはずだ。そこに、これを動かしている誰かがいる。
操作盤のある小屋の中にいたのは、一体のウサギの着ぐるみ。メリーゴーラウンドの方を向いていて、男の存在に気がついていない。
アトラクションが本当に動いていたことと、それを操作する者の存在は確認できた。しかし、新たな疑問も同時に生じる。なぜこれを動かしているのか。なぜわざわざ着ぐるみを着ているのか。
男は、着ぐるみを着た誰かに直接確認を取ることにした。小屋の窓を軽く叩き、声をかける。
男に気がついた着ぐるみは、両手を上げる仕草で驚きを表した。
「ありゃ、お客様ですか?」
「……客と言えば客、かな」
着ぐるみの声は高く、少なくとも成人男性のものではない。客という単語に違和感を感じながら、男は入場許可証を見せた。
「あっ、そちらの方でしたか。ごめんなさい勘違いして」
着ぐるみの言葉に、男は訳がわからなくなった。許可証を見てそちらと言うからには、ここを廃墟見物以外の理由で訪れる人間がいるはずだ。
「何と勘違いを?」
「広く知られてはいませんが、当園はまだ営業しています。遊びに来て頂けたものかと」
着ぐるみの回答は意外なものだった。
「ここは廃園になったんじゃ?」
「はい、一般向けはそうなりました。ですが当園には秘密の、裏のアトラクションがあり、そちらは現在も営業中です」
入場許可証がチケットの代わりになるから、裏のアトラクションを見ていかないかと着ぐるみは男に提案する。ここの事をより詳しく知りたい彼としても、その提案は都合が良かった。
「これがチケット代わりになるなら」
「やったぁ。ご利用、ありがとうございます」
機嫌を良くした着ぐるみはまずメリーゴーラウンドを停止させ、男に乗るよう促す。
「何故だ?」
「安全性の問題、ですね。事情はもちろん説明しますが、少し長くなるので乗りながら聞いてもらって良いですか?」
よくわからない着ぐるみの答えに困惑しながらも、男は指示に従う。
木馬の一つに彼が乗った事を確認し、着ぐるみはメリーゴーラウンドを再度始動した。馬の上下動と全体の回転が始まったのを確認すると、着ぐるみは馬上の男に話を始める。
「お客様は当園のオーナーをご存知ですか?」
「とんでもない金持ちだ、ということくらいは」
ここについて情報を収集した際に、男はオーナーに関する情報も多少目にしていた。
着ぐるみの言うことによると、ここ『裏野ドリームランド』のオーナーは、資産家であると同時にオカルトに傾倒した人物でもあるということだった。テーマパークとしてのこの場所は、オーナーの「この国に大規模なテーマパークが欲しい」という意思により生まれたものだが、裏の面には彼のオカルト趣味が大きく影響している。
「オーナーが、財産やコネをフルに活用してかき集めた超自然的な存在や技術。同好の士にそれらを楽しんでもらうため、裏のアトラクションは作られました。裏表を一緒にしたのは、『怪しい秘密のあるテーマパーク』に惹かれたから、だとか」
オーナーのコレクションは性質上、扱いを誤れば恐ろしい事態を引き起こし、一部は正しく扱ってもなお危険だ。そんなものをテーマパークとしてこの場所を成立させるには、来園者の安全を確保しなければならない。
このメリーゴーラウンドは、その問題を解決する事の出来る物なのだ。当然これも、オカルトな技術の産物である。
「原理はさっぱりわからないんですが、最初にこれへ乗ってもらうことであらゆる危険からお客様を守る事が出来るんですよ」
「これが? どうやって?」
まずメリーゴーランドに乗る理由はわかったが、メリーゴーラウンドでどうして危険から身を守れるのかがさっぱりわからない。
「そこは、危険に直面してからのお楽しみと言うことで」
「危険な目に合うのが前提なのか?」
「はい。危険なものを安全に楽しむために、これが必要なのです」
メリーゴーラウンドの回転が終わる。停止の直後、男はめまいのような感覚を覚え、木馬から降りる際にふらついてしまう。
着ぐるみは制御室から出て男のもとへ向かった。
「これで準備はOKですね。ようこそ、裏野ドリームランドへ」
着ぐるみは名乗り、帽子のように頭部を外して礼をした。
「当園のマスコットにして裏側のガイド、ウラビィです。どうぞよろしく」
周囲には十分な照明があるというのに、着ぐるみの内部には闇が広がっている。内部が空のまま、それは動き回っていた。
「おまっ、お前それ……」
目の前の存在が、得体の知れないなにかだった事に男はうろたえる。
「あっもしかして、私の事を普通のスタッフだと思ってました?」
頭部を元に戻しながらそれは続けた。
「私も、ここにはたくさんある異常な存在のひとつなんですよ。オーナーのコレクションってわけじゃありませんけどね」