金の亡者、身を引く
まだ薄明るい町中を走る。
「なーんか、疲れたぁ」
「疲れたのはこっちだ。君といると物理的にも、精神的にも疲れる」
いつも追い掛け回してばっかだったもんね。忍び笑いを一つ漏らす。
「怖いから笑うな。ほら、顔拭きなよ」
緩慢な動きで差し出されるハンカチ。
「あっありがとう…ってぬるいっ!てか濡れてる」
彼は深々とため息をつく。
「察しが悪いな。病院で濡らしたはいいが、渡すタイミングが今になってしまったんだ」
車に乗って結構経ったんですけど?
「いや、そんなの察せるかっー!でも、ありがと」
すると、運転席から笑い声が響く。
「原木さんがいると明るくなりますな」
「ありがとうございます~。よく言われるんですよ」
「それって、遠回しにうるさいって言われてるんじゃないか?」
水を差す一言。
「そんなことないしっ!たぶん……」
「僕は寝る。着いたら起こしてくれ」
スルーですかいっ!
「かしこまりました」
間もなく、私も眠りに落ちてしまった。
車は静かに学生寮前に止まった。
「起きてください。原木さん」
羽田さんに揺り起こされる。
「すみません、寝てしまいました。送っていただきありがとうございました」
差し出される手を掴み、車を降りる。
「いえ、こちらこそありがとうございました。あんなに感情を表す坊ちゃんは久しぶりでございました。原木さんのような方が傍にいるのなら安心でございます」
「そんなに褒めてもなにも出ませんよ~。ただ、今後、傍にいるのかはわかりません」
全てを理解したように、静かに笑う羽田さん。
「では、おやすみなさいませ」
「さようなら、羽田さん」
去っていく車を見送る。今日の朝が遠い昔のように思えた。