お金持ち、告白する
「遅い。面会時間は短いんだ」
それにしたって、病室の知らない人を置いていくだなんて信じらんない!
「不服そうだな」
廊下を小走りでついていく。
「不服すぎる……」
あるドアの前に立ち止まり、ノックする。
「入る」
個室のドアの先、ベットに横たわってたのは女の子だった。
「男の子かと思ってた」
綺麗な女の子、守ってあげるたくなるタイプの子。
「差別だな。新しい花を持ってきたよ」
ちょっと、ちょっと。私と話すときと対応、違いすぎでしょ。
備え付けてあるシンクで花を入れ替えている。
「大まかなことは聞いているだろうけど…」
唐突に話し始める。差し替えた花瓶をもとの位置に戻す。イスを出し、彼女に寄り添うように座った。
「イスってもう一脚ないの?」
「ない」
予定外の来客には対応してないと……ちょっとイラつくなぁ、この塩対応。
「話を戻す。ことが起こったのは小学6年生のとき。当時、僕の周りは媚を売る連中であふれていた。親に教えられていたんだろうな。ここにいる彼女もその中にいた。正直に言うと、僕は彼女を好いていた。静かだけれど、華やかな笑顔が好きだった」
一旦、言葉を区切り、彼女の手を握る。
「だから、あの中にいることに失望しながらも、僕は彼女と仲良くし始めた。恋は盲目とよく言うが、本当の事だな。程なくして、お互いの家を行き来するようになった。あるとき、彼女の家で聞いてしまった。彼女に向かって「よくやった」とホメる彼女の親の声を。千年の恋もなんとやら。所詮、連中と一緒だったんだと思い知った。そして、学校で言ったんだ「近づくな、この操り人形。君が大っ嫌いだ」とね。そのとき、「家なんて関係なく誠君が好き」と言ってくれた彼女の言葉を信用するべきだった。と今更、後悔するよ。彼女は僕といるようになって虐められていたんだ。それが、僕の一言で拍車がかかった。目に見えて虐められるようになったんだ」
淡々とした彼の言葉とは裏腹に、彼は、彼の手が白くなるほど彼女の手を握りしめていた。
「怖くなって、どうしたらいいかわからなくなって逃げ出した。学校から、彼女から、周りから。それから何が起こったのかは知らない。程なくして、彼女が自殺を図ったということが耳に入ってきた。そして、連中はこぞって僕を首謀者に祭り上げた。僕の親は何も言わず、金で事をもみ消し、彼女の治療費を今も払い続けている。初めて、ここにいる彼女を見たとき、血の気のなさに死んでしまったのかと思ったよ。しばらく何もする気になれなくて、僕も死にかけた」
ハハッ、乾いた笑いを発する。
「僕が傷ついたってどうにもならないのにな。彼女はリストカットをした。傷はとっくに治っているのに、目を覚まさない」
彼は彼女の手の、傷があったであろう場所を優しくさすった。
私は思わず、自分の右手首を握りしめる。
「もしかして、今の学校に通い続けているのは彼女のため?」
「8割正解で2割不正解。植物状態の人には話しかけるといいっていうからね、だから話題作りに学校に行ってる。学校が好きだった彼女に代わってね。でも、臆病な僕はクラスに入れなかった。本当は、誰もいない教室に入ることさえ足が震える行為なんだ。いつも、でっち上げて学校の話をしている。君をおかしいと言ったけど、僕のほうが相当おかしい。それから、同じ学校に通い続けるのは自分への戒めさ。もう、誰も傷つけないように」
限界に達した涙の堰が崩れた。
「そんなの、間違ってる。逃げるところ、違うよ。ただ苦しんで、人と話せないなんて意味がないよ。学校を変えるべき。そこで同じようなことが起これば、今度こそ、逃げなければいい。本当は教室に引っ張りだしてやるとか思ってた。でも、私の力じゃ無理なことがわかったよ……」
あのタブー扱い、きっと元に戻れない所まで一人歩きしてる。なまじ、本人が語らなかっただけに。
悔しいけど、どうにもできないっ……
「やっと、諦めたか」
彼は、気の抜けたような声を出す。
「夏希、人に話すって楽になるものだね。ごめん、少し楽になっちゃたよ」
夏希さんって言うんだ。
「夏希さん、こんにちは。夏宮さん…いや、誠君の友達の原木爽果と言います。誠君は不器用だけど、とっても優しい人なんですね。好きな子限定みたいですけど。好きになる気持ちが少しわかります。彼は夏希さんの笑顔が素敵だと言います。私も見てみたいので早く起きてくださいね。泣くほど、夏希さんが好きみたいですよ」
彼女の手を濡らす涙に気づいたのはついさっき。本当は触れないでおこうと思ったけど、ちょっと色を混ぜて伝えてみた。
「なにでっち上げているんだっ!?」
「だって、そのほうが早く起きそうなんだもん。恋のパワーは女子の原動力ってね!」
彼は宇宙人を見たかのような顔つきをする。
「バカバカしい。夏希、また来るよ。早く起きないから、君の好きな桜が散ってしまったよ」
「ほーう、桜が好きなんだ。ザ・女の子って感じだね。そういう子がタイプなのか~」
「うるさいっ!」
否定はしないっと。
「夏希さん、私もまた来るからね。そのとき、おしゃべりできたらいいね」