鬼、捕まえる
屋上の1件から、夏宮さんとの鬼ごっこの日々が続いた。
「なんで学校には来るんだろう……」
追い掛けてわかったことは、必ず学校には来ることだ。ため息を飲み込む。
「そういえばさ、探し人の名前って何さん?」
今は昼休み。連日、探し回っていたので今日はお休みだ。ななみんとお弁当を囲む。
「夏宮誠」
教室の時が止まった。ピタリとななみんの箸が止まる。
「……なんで、そうちゃんがその名前を知ってるの?関わらないほうがいいよ」
声のトーンがあからさまに下がる。
こんな怖いななみん、初めてだ。
「なんで?」
虐めていた、と言っていた言葉を私はまだ信じ切れていなかった。
「小学生の時、あの人は同級生を自殺未遂まで追い込んだの」
ドクン、心臓が跳ねる。
虐めていた、という現実が胸に刺さる。こんなにも胸が痛いのはなぜだろうか?
「この話はおしまい!!そうちゃんの卵焼き美味しそうだね、一つ頂戴?」
重々しい空気を一掃するかのように手を鳴らし、普段の声のトーンに戻る。それと同時に、教室の時も動き出した。
「う、うん」
その後の記憶はない。放課後、気づけば屋上へ来ていた。
「小学生で、自殺未遂まで追い込むとか…どんだけ酷かったの。でも……」
夏原さんのあの豹変した態度を思い出すと、虐めていたことを受け入れている自分がいる。一方で、どうしても信じられない自分も隅にいる。
本人の口から詳しく聞きたい。なんで虐めたのか、その理由を。
「よいしょっと。まぁ、いないよね」
去り際、給水タンクの後ろを覗く。
「帰ろ……ってカバン持ってないや」
教室に戻り、カバンを持つ。窓を見ると桜が目に入る。
そっか。子猫を助けようとしたから。助けようとなんてする人だから。だから、信じきれないんだ。
「夏宮誠……」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
ドアの閉まる音が響く。
「待ち伏せ?よく、ここに来るとわかったね」
あきれた声色。
「ただの、偶然だよ」
彼は一直線に自分の席へと向かう。
「もう、僕のことは諦めたのかと思った」
「お金が掛かってるから諦めるなんてしないよ。夏宮さんが、授業受けて、クラスの輪に入って、健全な学校生活を送ってくれないと。報告書、書けないし」
彼は自分の机をあさり、プリントを引っ張り出す。
「そんなもの、ねつ造すればいいのに」
彼は鼻を鳴らす。
「確かに、そんなことも頭をよぎりましたけどっ!私がアンタを見ているとイラつくから構ってんの!」
「そっ。どうせ、君みたいな奴にも監視を頼んでいるみたいだから、教師なんてとっくに買収されているんだろうな。僕が何も言われないってことはねつ造しているんだろうね」
プリントを整理しながら会話を続ける彼。
確かに、うちの担任若いから買収されてそう。じゃなくて、
「ありのままの事を書いてやる。お金なんて、お金なんて、どう…どうでもぃぃんだから!私はどうしてもアンタが虐めたなんて信じない」
お金のくだりだけ尻すぼみになる。
「君の正義感に同情を覚えるよ。それから、お金ほしいのに嘘は感心しないね」
プリントの整理が終わったのか、教室を去ろうとする。
私は彼の背中ばっかに話しかけている気がする。
彼の正面に回り込む。
「教えてくださいっ!何がきっかけで、何の理由で虐めたのかを」
「いいよ。それで僕に構わなくなるなら。ついてきて」
そう言って気だるそうに歩き始める。
「あのさ、邪魔」
「ごめん、ってよければいいじゃん」
「君が、ドア塞いでるの。よけるとかの問題じゃないから」
「言い方ってのがあるでしょーよ」
後ろがドアだって忘れてたぁ~。
「やっぱ、君ってバカだね」
「バカっていうほうがバカだねっ!この学年1位様に向かってバカとは恐れ多いと思いなさい」
「何キャラだよ」
フッ、相変わらず鼻での笑いだったけれど、彼のまとう雰囲気が緩んだ気がした。
運転手付きの車に乗り、向かった先は病院だった。
自殺未遂に連れてこられた病院。つまり、
「植物状態、とか?」
「よくわかったね。君にしては察しがいい」
病院の入り口前で車は止まる。
「誠様、花束でございます」
運転手の羽田さんがドアを開け、花束を彼に差し出す。
「いつもありがとう、羽田さん」
羽田さんと会話しているときの彼はいつも素直だった。なんでも包み込むような優しい空気をまとっている羽田さん。彼は、羽田さんには信頼を置いているらしい。
花束を受け取るとスタスタ行ってしまった。
「ちょっ……」
「お手を」
スッと差し出された手に動作が止まる。
「素直につかまればよいのですよ。坊ちゃんを頼みます。私では立ち入れないこともあるので」
下げた頭は白髪だらけで、うっすらと禿ていた。きっと、彼が小さい頃から一緒なのかもしれない。
「任せてください。手、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
羽田さんは柔らかい笑みを浮かべて私を見送ってくれた。
私は急いで彼を追い掛けた。