お金持ち、提案する
「「「お兄ちゃん、バイバーイ」」」
「またな」
帰りは羽田さんの車に乗せてもらう。
「羽田さん、お久しぶりです。ヤナイビルってところまでお願いします」
「お久しぶりでございます。また、お会いできましたね」
柔らかい笑みを浮かべる羽田さん。また会うことを知っていたかのようだ……
「いやぁ、子供たちにすっかり気に入られちゃって……正直、嫉妬。でも、遊んでくれてありがとう。男の人ってあまりいないから嬉しいんだよね、思い切り遊べて」
「別に。なめられてる原木さん見るの楽しかったし」
くぅー、一番なめてんのはアンタじゃボケ!こめかみがピクピク動く。
「スマホ、出して。コネクト交換しよう」
「あぁ、うん」
うかつにも目の前で操作したことを、私はすぐに後悔することとなる。
スマホを突き合わせ、連絡先を交換した。
「これからバイト行くわけ?」
「そうだよ。突然なにさ?ずっとバイトしながら生活してきた。これからもバイトしなきゃ生活できないし」
それに、1人の家は好きじゃない。高校のときは、部屋にルームメイトがいた。でも今は……
1人は嫌いだ……
「ねぇ、メイドしない?」
「はい?」
夏宮さんを凝視する。
「大学さ、遠いいから部屋借りる予定なんだけど。管理できないから、住み込みでメイドしない?バイト代も出す。だから、バイト止めなよ」
思考が停止する。こんな事言い出す男だっけ?言ってる意味わかってんの?てか、夏希ちゃんっていう存在がいるだろうに……出した結論は
「先生に何か言われたんでしょう!それから、夏希ちゃんって存在がいるんだからそんなこと言ったらだめだよ!」
彼はキョトンと瞬きを1つする。
「……なんで夏希が出てくんの?」
「え?付き合ってんじゃないの?」
沈黙が下りる。
「何勘違いしてるか知らないけど、付き合ってないから。告白は確かにされたけど、妹みたいにしか見えないって断った」
……
「ええぇぇえぇえええ!あんな可愛い子を、ムグッ」
口で手を塞がれ、身体ごと密着する。
「うるさい。決定ね」
そう言うと私のポケットからスマホを引き抜く。
「ん!んんんっーーー」
難なくパスワードを解除するとどこかへ電話をかけ始める。
なんでパスワード……さっき見られたんだ!!
「もしもし、原木は今からバイトを辞めさせていただきます」
「もしもし、原木は……」
コイツ、片っ端からバイト先に掛けてるっ!!
「ぷはぁ、何してくれてんのっ!何やってるか、わかってやってる!?」
お金がなきゃ、お金、お金、お金、お金、お……
「さいぃいっていっ!!!!」
パシッ
殴ろうとする手を掴まれる。
「目の前に金持ちがいるんだっ!なんで頼ろうとしない?」
真剣な瞳に射抜かれる。
「……だって、もう会わないと思ってたし、迷惑なんて掛けられる間柄じゃないし…」
それに…ずっと1人でやってきた。
「じゃないし?言いたいことは全部言え」
「人に、人に頼ったら負けだと思ってるの!!親がいないからってバカにした奴らを、そいつらよりいい暮らしして見返してやるって。だから、そんなこと言わないでよ。みじめじゃん……」
ムカつく、ムカつく、ムカつく……ムカつきすぎて涙出てきた。
空いている手で彼の背中を叩く。
「じゃあ、どんな間柄なら迷惑かけてくれんの?どうしたらムカつかない?」
私を落ち着かせるよう、子供をあやすように背中をさすってくる。人の温かさ。そんなのを感じてしまったからか、私は素直に言ってしまった。
「家族……家族になら迷惑かけてもいい。あと、アンタからお金を貰うのはイヤだ」
ポンポンと私の背中を二回ほど叩く。
「わかった、じゃあ家族になろう。お金は借金ってことで、社会に出たら返して。羽田さん、近くの役所に行ってくれる?」
「かしこまりました」
そうだ、羽田さんがいるんだった。頭が冷える変わり、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「って、羽田さんっ!下してっ!」
「それはできません。誠様のご命令にしか従えませんので」
おのれ、羽田さんめ!貴様もグルかー!
「本気で結婚するつもり!?愛がない結婚は認めない!愛が薄れゆくとしても。てかいろいろ問題があるでしょうよ」
「じゃあ好き。問題なんかないし、出てきたらテキトーに解決するからいい」
そう言って私を抱きしめ、ささやく。
「君の先生と約束した。君を引き受けるって」
なんてことを約束させるの、先生はっ!
「そんな約束破っていいっ!好きが軽いっ!私は大っ嫌い、今嫌いになった!」
抱擁を解き、目と目を合わせる。
「それは嘘だね。自分からはズカズカ、人の事情に突っ込んでくるくせに、自分はダメなんだ」
コツン、お互いのデコとデコが合わさる。
距離の近さにドギマギする。
「助けさせてよ……好きなのも本当。涙もろいとこ、わかりやすい表情、あと考え方が好き」
目を見て、一言一言ゆっくりと紡ぐ。
本気なのがよくわかった。
身体の力を抜き、彼に預ける。
「私より先に死んだら許さないから」
「わかった、ほかには?」
「お金は、足りない学費分だけ、衣食住代だけは稼がせて。それから、自力でお金持ちになる」
「バイトは完全にやめてほしかったけど、わかった。これからよろしく、爽果」
「よろしく、誠」
人の温もりって安心する。私は意識を手放した。