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邂逅

 私、原木爽果はらぎそうかは春から高校生そして、メイドになる。

 

 私の両親は早くに事故で亡くし、施設に預けられた。18歳には出ていかなくてはならなかったので、全寮制かつ、奨学金制度の整っているある私立高校に入学し、施設をでた。そして、生活費を稼ぐためにメイドになった。仕事内容は、一緒の高校に通う同学年の男の子の世話である。

 夏宮誠なつみやまこと、身長166センチ、長すぎる前髪にヒョロヒョロな体型まさに、オタク臭がするような容姿だ。実は、本人には会っていない。というのも陰から彼を支えてほしいと言う依頼だからだ。確かに、写真で見る限りでは対人に難がありそうだ。これで、月一回の報告書を提出して、月12万円も貰えるのだ、素晴らしきかな。学費諸々は特待生で全てタダだし、バイトを掛け持ちすれば大学費用も貯まるはず。親がいなくたって大学に行くことも夢じゃない!もちろん、バイトは内緒にしないとだけど。

 

 と、意気込んで入学式から1日経って現在。同じクラスであるはずの彼は登校していなかった。まるで、彼の存在がいないかのようだ。友達作りは始めが肝心なのに、大丈夫かなぁ。

「では、今日は解散になります。明日は実力テストがあるので、しっかり準備をしてきてくださいね。気を付け、礼。さようなら」

担任教師は熱意あふれる新人女教師。はつらつとした声が耳に響く。

「「「さようなら」」」

後ろで窓側の席の私からは、ソワソワとした初々しいみんなの表情がよく見えた。次々とグループが出来上がっていく。夏宮 誠よ、なぜいない。

「木原さん、難しい顔をしてどうしたの?」

話しかけてきたのは隣の席の綾笠七実あやがさななみさん。黒髪ロングでいかにもお嬢様っぽい人だ。

「コネクト、交換しませんか?」

コネクトとは、無料通信アプリのことだ。

「あーと、今さ、携帯持ってないんだよね」

そっか、高校生になったら携帯とか必要だよね。今まで諦めてたけど、月12万もあるから買おうかな?今じゃ格安スマホとかあるし。

「そっか、今は持ってないんだ。じゃあ、今度交換しようね~」

そう言って別のほうへ去っていった。

 ふと、窓の外を眺めれば散っていく桜が目に入る。

「んっ!?」

あの姿は夏宮 誠!なんで、木の上になんかいるんだろう?

 急いで駆けつければ、結構な高さまで登っていた。

「なに、を?」

声を掛けようとしたとき、一匹の子猫が足元をすり抜けた。

なるほどね。

「ねぇっ!降りられそう?」

彼に聞こえるように大きな声で話しかける。すると、フルフルと首を横に振る彼。よく見ると若干震えているようにみえた。

「子猫、助けようとしたんでしょ!待ってて、ハシゴか何かを持ってくるから!」


 「全く、何をやっているんだね君は。危ないから木登りなんてしちゃだめだよっ」

「すみません……」

用務員のおじさんを捕まえ、なんとか無事に彼は木から降りることができた。が、説教をくらってしまった。

「なんか、ごめん。怖いおじさん呼んじゃって」

若干の気まずさと共に謝罪する。

「べつにいいよ、自業自得だしね」

あら、意外といい声してる。

「ハシゴ、ありがとう」

さぁーっと春風が吹き、彼の暗幕のような前髪を払う。ちょうど、彼が去ろうとしていたので横顔しか見られなかったけど、結構なイケメンだったと思う。

「前髪、切るか上げればいいのに」

遠ざかる彼の背に向かってつぶやいた。


 彼に会って、実力テストで見かけて以来、彼に会っていない日が4日も続いている。これはまずい、実にまずい。もしも、彼に会えていないことがバレて、月12万がパァになったらどうしよう。てか、学校来てくれないと報告書も書けない。

「はぁー」

思わず、ため息をこぼす。

「そうちゃん、そうちゃん!すごいねぇ、学年一位だよ」

「え?私が?」

そうそう、綾笠さんとはあだ名で呼び合う仲になった。彼女は仲良くなった人に自分なりのあだ名をつけるタイプらしい。

「結果が張り出されてるから見に行こう?」

この学校は今時珍しくテストの結果を張り出す。しかも、ピンからキリまで。つまり、赤点の人もだ。よくもモンスターペアレントが騒がないものだ。

「いいよ」

 結果が張り出されている掲示板から無意識に夏宮誠の名前を探す。

げっ、もう少しで赤点じゃん。

「ほらっ!一番目にそうちゃんの名前があるよ…ってなんで渋い顔してるの?」

「あっそう?気がつかなかった」

いかんいかん、顔に出てしまったようだ。

「嬉しくないの?」

「いいや、嬉しいよ。うん、勉強の甲斐があったよ」

嬉しいけど、なんとなく彼のひどい成績を見たら嬉しさが半減した。


「もしかして、恋わずらい?」

教室に戻る際の会話、突然の話題転換に驚く。

「いや、わずらってないよ。なんで?」

「だって、ため息とかよく付いてるし。あと、そうちゃんの瞳が人を求めてるって感じだから」

意外と鋭い。

「恋はわずらってないけど、人は探してるね」

会話しながら席に着く。

「誰なの?教えて。もしかしたら私の知っている人かもしれないし」

彼女は、ななみんは顔が広い。よく彼女と行動しているといろんな人に声を掛けられているのを見る。笑顔が絶えなくて、明るい性格の彼女ならばわかる。しかも、かわいい。

彼女なら、何か知っているかもしれない。

「授業を始めます。号令をお願いします」

ちょうど授業が始まる。

「あとでね」

「わかった」

彼はどこで何をしているのだろうか。

先生の音読を聞くうちに、段々と先生の声が遠ざかっていく。いつの間にか、夢の世界へ旅立っていた。


 「そうちゃん、そうちゃん。起きて!次、体育だよ」

体育?ぼやけていた視界がクリアになる。

「寝ちゃった!えっ!あと5分しかないっ」

困り顔のななみんが目に入る。

「そうだよ、なかなか起きないんだもん」

急いで着替え、校庭に向かう。一段飛ばしで階段を下りているとき、廊下をどことなくダルそうに歩く男子の後ろ姿が目に入る。

あの長い髪、ヒョロイ体型は夏宮誠に違いない!

「ごめん!探し人が見つかったの!体育の先生には適当に言っておいてほしい。お願い!」

突然のことにキョトンとこちらを見つめる彼女。

「大事なこと?」

ええ、今後の生活が掛かってますから!

「うん!」

やばい、あと少しで視界から消えそう……

「わかった。いってらっしゃい」

「ありがとっ!」

私は、元来た道を引き返し猛ダッシュした。


あと少し、返事が遅かったら見失ってた。着いた先は、

「屋上?」

屋上に続くドアは上部がガラス張りになっていて、外がある程度見渡せた。

「あれ?いない……確かに入っていったはずなのに」

恐る恐るドアを開け、屋上に出る。キョロキョロと周りを見渡すが彼の姿は見当たらない。

「都会だなぁ」

遠くに立ち並ぶビル群を目に、つぶやく。

いつか、大手企業の本社に勤めて、貧乏とおさらばしてやるんだから。

「僕に何か用?」

突然降ってきた声に肩を飛び上がらせる。

「どこなの?どこにいるの?」

前後左右を素早く見渡すが、姿は見えない。しばらくウロウロしても、彼は見つからない。

「夏宮さん、だよね?なんで授業受けないの?」

もう一度声を掛けるが、返答は返ってこない。次第にイライラが積もる。

「ダンマリですか。そーですか。このっ、社会不適合者めっ!」

やばい、言い過ぎた……!つい、イライラをぶつけてしまった。

空しく自分の声だけが響いた。

「……別に、不適合でいいよ。困らないし」

出ていこうと、出入り口に身体を向けたとき、声が降ってくる。

視線を上にすると、大きな給水タンクが目に入った。出入り口の上にある給水タンク、そして、登れるハシゴ。文字通り、声は上から降っていたのだ。

「まさに灯台下暗し……」

ハシゴを登り、給水タンクの所へ行くと、彼はタンクの傍らに座り、寄りかかっていた。

相変わらずの長い髪、ヒョロイ体型、ダルそうな雰囲気を見てイライラする。

「前髪切りなさいよ、授業でなさいよ、お金持ちのくせにっ!恵まれているんだから生活を謳歌しなさいよ。なんだって出来るのに。お金に苦労して、学校にさえいけない人がいるのに!」

沈黙が流れる。

「君、頭おかしいって言われたことない?初対面に言われる筋合いないんだけど。僕の何を知ってそう言うのかな?僕、君になにかした?してないよね」

うっ……!つい、日々の鬱憤うっぷんをぶちまけてしまった。

「君、怖いよ」

そう言って、ノッソリと立ち上がり、私の横を通りすぎる。通りざま、分厚いカーテンの隙間から見えた目は揺れていた。

私は、彼を傷つけてしまったのだ。チクンとした痛みを感じる。心の柔らかい場所を突かれたみたいだ。

彼のハシゴを下りる音が遠くに聞こえる。

「私が動揺してどうするよ……待ってっ!」

下を覗くと、ちょうど彼が下りきったところだった。チラリと私を見たように思えたが、スタスタと歩いて行ってしまう。

「止まって、止まってください!」

急いでハシゴを下りるが、足を滑らせて尻もちをつく。ドスンと大きな音が響く。

「イテテテテ」

それでも止まらない彼の歩み。

普通、大きい音がしたら止まらない?

ドアを開けよとしたところで彼を捕まえる。

「捕まえたっ!さっきはごめんなさい。でも、教室に行こう?授業受けよう?つまんないよ、1人なんてっ」

「気にしてないから、離して」

「いやだ」

彼の腕をつかむ手に力をさらに込める。

「ぐっ、本当に、女子なの、か?」

私の手を振り払おうとするが、やがて抵抗を諦めて脱力する。

「僕は、自分の正義だけで全てを測って、正義を押し付けるしか能のないヒーローになるくらいなら、悪でいい。なんで、僕にかまう。あの時も放っておけばよかったのに」

遠回しに批判する彼。でも、あの時のこと、覚えていてくれたんだ。

誤魔化すべきか。陰ながら支えなきゃいけなかったのに。

「私が夏宮さんに構う理由は、」

言葉に詰まる。イライラしているのが伝わってくる。

呪われそうだなぁ。正直に言ってやるわっ!

「お金のため。バイト探してたらメイドの募集があって、応募したら貴方の親に、貴方を支えてほしいって頼まれたの」

「お金か」

感情が読み取れない声が耳朶を打つ。

「あのねっ!私は金の亡者だって自覚はあるの。だけど、みんながそうじゃないと思う。この学校とかお金持ちの子が多いから、お金目当てで付き合う人少ないと思うよっ!」

「見る目ないんじゃない?」

こちらをバカにしたような雰囲気が醸し出される。

「え?」

「お金持ちだからこそ、お金に媚びるんだよっ!チッ、外れないか」

初めて見せた、明確な怒り。再度振り払おうとするが、私は逃がさない。

「わかった!昔、いじめられてたんでしょ。だから人と関わりたくないとか?」

バカにした鼻笑が返ってくる。

「君さ、見る目ないうえにバカだし、しつこくて最悪だね。逆だよ、ぎゃぁく」

つまり、

「虐めてた、んだ」

打って変わった獰猛な雰囲気に呑まれた私は、手の力を緩めてしまった。

「あーあ、君のせいで腕、アトついちゃったじゃん。どうしてくれようか」

制服をまくり、見せつけるように腕を突き出してくる。

「ごめ、ん」

やばい、喉がカラカラ。

ふと、子猫を助けようとしたことを思い出す。

「夏宮さんは、イジメなんてでき、ない人だ、と思う。そん、な人が子猫を助けようと、するわけがない」

つっかえながらも声を絞り出す。

「そう」

一言発すると彼は私に背を向け歩き出す。

「私から見れば、夏宮さんは不器用なだけの人に見える。たとえ、虐めていたとしても、それは人の付き合い方がわからなかっただけだよっ!人を傷つけずになんて生きられないんだから……」

彼の背に向かって言葉を投げつける。そこには、会話のキャッチボールなど皆無。

さほど、彼の事を知らない私が彼について語っても届かないのは百も承知だ。ただの怖い女だ、それでも言葉の濁流を彼にぶつけた。

私の言葉に一切反応せず、ついに視界から姿が消えた。

「諦めてやらない。怖かったけど、イライラする。教室に引きずり出してやる……」




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