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姫の馬車ツアー

ある日。

ベリーズ王国の城門の前に、人だかりが出来ていた。


集まっていた人たちは、普段城下町でパン屋やアイテムショップを営んでいるベリーズ王国の住人達だった。

こんな朝っぱらから仕事もしないで、城門の前に集まっている理由。

それは、王女「セーラ姫」との馬車ツアーがあるからだった。


ベリーズ王国の第一王女であるセーラ姫は、艶やかな金色の髪とお人形のような顔立ちの美しい少女だった。

そのため民衆からの人気は凄まじく、ファンクラブもできる勢いだった。


そんなセーラ姫が馬車ツアーを行うという「お達し」が出たのは、一週間前。


「セーラ姫と馬車に乗って、遠へお出かけ。姫からのサプライズ企画あり。参加費、一人17000ゴールド」


庶民にとっては法外な値段だったが、そこはファンクラブも出来るほど人気のセーラ姫。


100人の定員に対して5000を超える応募があり、セーラ姫立ち会いの下、厳正な抽選が行われた。

しかし実は抽選というのは嘘で、事前に大臣に渡した「甘いお菓子」の多い順に100人の参加者が選ばれているという黒い噂もあった。


とまぁ、それはさておき、馬車ツアーの参加権をゲットした100人は、ワクワクと眠れない夜を過ごし、当日も出発時間の2時間前には城門前に全員が集合しワイワイガヤガヤしていた。



城門の片隅にテントが張ってあり、そこに行列が出来ていた。


テント内ではセーラ姫の近影やら演説を収録したフォトブックや姫のペットの犬をあしらったフェイスタオル、キーホルダーなどが販売されていた。

値段は、どれも足下を見てるんじゃないか!? というくらい高めに設定されていたが、それでも飛ぶように売れていた。



さてさて、そうこうするうちに出発時間の午前9時になった。

カランカランと鐘が鳴って城門がゴゴゴゴゴと開く。


その向こうの石橋の上に十数台の馬車が待機していて、そこにセーラ姫が護衛兵と共に登場した。


「ウオオオオオ」「尊い!」「ほうっ!」


参加者から歓声が上がる。


「皆さん、馬車ツアーへようこそ! 今日は楽しんでいってくださいませっ!」


セーラ王女は歓声にも負けないほど大きな声で言って、先頭の馬車に乗り込んだ。

続いて参加者達も護衛兵の誘導のもと、それぞれの馬車に乗ってツアーがスタートした。



馬車はベリーズ王国を出発して、しばらく平坦な道を進んだ。

その間、参加者達は購入したパンフを見たり、隣の人と雑談したりして馬車に揺られていた。

そして、出発してから一時間経過した頃。


馬車は街道を外れて、少し開けた広場のような所で停止した。


「なんぞなんぞ」と参加者がざわついていると突然先頭の馬車、セーラ姫の乗っているサラブレッド馬車の荷台の後方扉がパカッと開いた。


扉の向こうの荷台には、にっこり笑顔のセーラ姫と楽器隊。


姫はペコリと頭を下げると、楽器隊の奏でるメロディに合わせて歌い始めた。


その音程はちょいと外れていたが、歌声は愛嬌があり、熱狂した観客達はたちまち馬車から降りて、タオルをクルクルしながら「はい、はい、はい、はい!」。


一緒に踊ったり、コールをしたりして大いに盛り上がった。



十分後。


「ありがとー!」


セーラ姫は、額にポツポツと浮かんだ汗をぬぐいながら頭を下げた。


この日、姫が歌った歌は全三曲。

時間にしたら本当に短時間だったが、参加者は汗びっしょりの満足顔で馬車に乗り込み、ツアーは再びスタートした。

そして太陽が真上に昇った頃、馬車はルメール地方の小高い丘の上で停車した。


先頭の馬車から降りた護衛兵や従者達がテキパキとテーブルや椅子を並べ、


「それでは、皆様。ただいまより昼食です」


という声と共に、参加者達は各々が好きなテーブルに着席した。


この日のメニューは、サンドイッチとコーンスープだった。

バカ高い参加費に比べれば貧相な食事だったが、それを打ち消すほどの嬉しい出来事が参加者達の身に起こった。


「今日は来てくれてありがとう。心から感謝するわ」


なんとセーラ姫自らが、参加者達のテーブルを回ってコップにミネラルウォーターを注ぎ始めたのだ。


憧れのセーラ姫にミネラルウォーターを注いでもらえるなんて!


参加者の中には、注いでもらっている途中に緊張のあまり水をこぼす者や、サンドイッチを喉に詰まらす者までいた。


そんなこんなで大満足&大混乱の昼食を終えた参加者達は再び馬車へ。


姫とツアーの参加者を乗せた馬車は、また街道をパカパカ行く。


馬車の中の参加者達は、昼食で姫に水を注いでもらった余韻に浸り半ば放心状態になっていた。




どのくらい経っただろう。


日も西に傾きかけた頃、馬車はルメール地方の西端にある崖へたどり着いた。


崖の上に大きな城が建っていた。


フリードリヒ城。

かつては貴族が住んでいたが、魔王直属の部下キングデーモンによって滅ぼされて以来、城はキングデーモンおよびその部下たちの"ねぐら"になっていた。


こんなところで一体何を??


オロオロする参加者をよそに、セーラ姫は颯爽と馬車から降りると大きな声で言い放った。



「あなたたちには、今からこの城を制圧してもらうわ」



唐突な姫の言葉に参加者は絶句。


「この城がキングデーモンの根城になっているのは、知っているわね。でも、それも今日までよ。あなたたちが、この城を悪魔から取り戻すの!」


拳を突き上げ、姫は意気揚々と参加者に告げる。

しかし参加者は普段、街で肉屋やアイテムショップを営んでいる一般人だ。


悪魔から城を取り戻す、なんて言われても「お、おう」といった感じである。


もちろん、そんなことは百も承知のセーラ姫。


馬車から剣やハンマーといった武器を下ろすと、参加者一人一人に手渡しながら、


「私のために戦ってくださいませ、勇者様」


上目遣いで瞳をウルウルさせて、お願い。


高い金を払って馬車ツアーに参加するほど好きなセーラ姫に、勇者様なんて言われて奮起しない男はいない。女もまた同様である。



「いくぞおおおおおおおお!!」



セーラ姫の激励に心打たれた参加者一同は、武器を高く振り上げながらコミケのごとくドドドと魔王城に突入。


姫の「勇者様(上目遣いウル~)」によって戦闘力がブーストされているのか、あっという間に場内のモンスターを殲滅し、BOSSのキングデーモンまでも討伐してしまった。


ちなみにキングデーモンの首を取ったのは、本屋の店主だった。



「みんな、よくやったわ! あなたたちは、ベリーズ国民の鏡よ」


セーラ姫は、城を制圧し戻ってきた参加者一人一人に労いの言葉をかけて堅く握手を交わした。


姫の小さく柔らかい手に触れた参加者は、魔物達との戦闘の疲れなど一気に吹っ飛びヘブン状態でバスに乗り込んだ。


「以上でプログラムは終了よ。けどけど帰るまでが馬車ツアーだから、みんな気をつけてお帰りになってね♪」


参加者を乗せたバスは、セーラ姫に見送られてパカパカと元来た道を引き返していった。



その馬車群を眺めながら、大臣と姫が言葉を交わした。


「姫様、とうとう城を取り戻しましたね」

「ええ、しかしこれで終わりではないわ。世界にはまだ魔王軍に支配された場所がたくさんあるの。」


そう言って馬車を見つめる姫の瞳には、強い意志のようなものが宿っていた。



セーラ姫にとって、今回のバスツアーの最大の目的はライブでも食事でもなく、フリードリヒ城の奪取であった。


ベリーズ王国は、魔王軍の度重なる侵略により領土を狭めていた。


事態を重く見たセーラ姫は、バスツアーと称して王国の住人を集め、大型モンスターの討伐やダンジョン攻略によって魔王軍に立ち向かうことを決意。


馬車ツアーの参加費は全て装備品や遠征費に当て、自らの私利私欲のために使うことは一切なかった。

またツアーのために公務の間を縫って、ライブのダンスレッスンや参加者の魔物討伐に対するモチベーションの上げ方や話術の習得などに努めた。


そんな姫のツアーに対する真摯な努力の話は、瞬く間に民衆に広まり、馬車ツアーの応募は毎回増加。



セーラ姫の年間の馬車ツアー回数は、100回にも登った。

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